Data.76 弓おじさん、己との戦い
「…………っ!」
パシャ……。
水面から引き揚げられた釣り針には何もかかっていなかった。
「はぁ……はぁ……!」
口から出そうになった『助けてくれ~!』を飲み込む。
それを言ってはまるで成長していないみたいだ。
俺は間違いなく成長している。
その証拠に☆4の魚を1回釣り上げることに成功した。
『メダリオン・オオナマズ』という名のナマズで、体の側面にメダルのような模様が7つあるのが特徴だ。
しかし、そいつを釣り上げて以降☆5を狙い続けるも、☆4すら釣れない状況が続いている。
それはただ単に運悪く大物が来ていないからではない。
この試練は確定で☆5チャレンジを起こすことが出来るからだ。
その方法は……ドンピシャなタイミングで魚を釣り続けること。
まずプレイヤーが針を釣り堀に投げ入れると、しばらくしてその針だけを狙う魚影が発生する。
この釣り堀は特殊で、遠めに見れば魚がたくさん泳いでいるのだが、近くに来てみると水の中にまるで魚がいないのだ。
決して詐欺ではなく、プレイヤー同士のいざこざを起こさない対策だ。
もし普通に水の中にデカい魚が見えていたら、みんなその近くに針を投げ入れて混乱すること間違いなしだが、このシステムなら針を投げ入れてからそのプレイヤー専用の魚が発生する。
場所の取り合いは起こらないというわけだ。
うろうろ場所を変えているプレイヤーは、あまりに上手くいかないので流れを変えるためか、なにか大物が釣れる隠しスポットがあるのではないかと探しているのだろう。
さて、針を投げ入れ魚影が寄ってきたら、後は食いつくのを待つだけだ。
食いついてウキが沈んだら竿を素早く上げる。
そして、上げるのが早ければ早いほど、次に発生する魚のレア度が高くなる。
つまり、☆1で簡単に釣れる小魚でもしっかりタイミングを合わせて釣れば、次に☆2……場合によっては☆3の魚が発生する確率が上がるのだ。
後は☆3を上手く釣り続ければ☆4、☆4を上手く釣ればいずれは確定で☆5が食いついてくる。
逆に言えば、常に集中して釣り続けなければ☆5を釣るチャンスすら与えられないということだ。
一応、常に低確率で☆5は発生するらしいが、運任せなところは否めない。
確実にご褒美を狙うなら、やはり☆1から集中力を切らさずに釣り続けるしかない。
だが……だがぁ、集中を乱す罠は意図せずにそこらへんにばらまかれている。
この試練は己との戦いと思いきや、人との戦いにもなっているのだ。
「やったああああああああああああ!!! ☆5が釣れたああああああああああああ!!!」
「うっ……!?」
パシャ……。
水面から引き揚げられた俺の釣り針には何もかかっていなかった。
その向こうで☆5のどデカい魚を釣り上げて喜んでいる人がいる……。
素直に拍手を送ろう……みんなそうしている。
内心どう思っているかは知らないけど……。
これが集中力を乱すトラップの1つ……『歓喜の叫び』だ。
みんな非常に難易度の高い☆5を釣ろうと躍起になっているわけで、釣れれば思わず喜び叫んでしまう。
だが、いきなり他人に叫ばれたら集中力が途切れる。
それがウキが沈むタイミングに被ったら……このように失敗する。
しかし、注意することなどできない……。
ここにいる誰しもが、釣れたら自分も叫ぶと思っているからだ……!
「くっ……集中……集中!」
針を投げ入れる。
さっきは☆3まで来ていたが、失敗したので☆1からかもしれない。
でも、心を乱されてはいけない。良い流れが来ている……。
目を閉じてふぅーっと息を吐く。
よし、バトル再開だ……!
「おっ……!」
思わず声が出た……!
魚影がデカい!
これはまさか……☆4が運よく来てくれたか?
釣らねばならない……さあ、来い……!
「来たッ!」
パシャ……。
水面から引き揚げられた俺の釣り針には何もかかっていなかった。
「よっしゃぁ! ☆4が釣れたっ!」
俺の隣で他のプレイヤーが☆4を釣り上げている。
……自分のウキと見間違えてたぁぁぁぁぁぁ!
みんな貸し出された釣竿だから、ウキも同じデザインなのだ。
これが結構他の人のと見間違える……!
特に失敗して1回集中力が途切れた後とか普通に見間違える……!
俺自身が他の人に間違えられてた例もあった。
『見間違え』……むなしさを伴う厄介なトラップだ……。
だが、何より一番危険なトラップは……己自身にある。
「しゅ、集中力がなくなってきた……」
集中しようと思っても、頭に『もや』がかかったみたいにボンヤリする時間が来る。
こうなると、タイミングがなかなか合わなくなる。
☆2までは余裕だが、☆3辺りからは釣れてもタイミングが合っておらず、なかなか☆4を発生させてくれない。
こうなると、一度竿を置いて休むしかない。
子どもの頃の集中力ってとんでもなかったんだなぁ……。
大人になってから遊んでみると難しすぎるし、そこまで面白いわけではないアクションゲームとかを普通にクリアして良い思い出にしてしまっている。
難しい仕掛けやストーリーは大人になると理解できるようになるが、シンプルな2Dアクションとかなら間違いなく集中した子どもの方が上手いと思う。
川のせせらぎに耳を傾けつつ、そんなことを考えて精神を休める。
そして、また竿を投げてウキを見つめる。
この繰り返しで、気がついたら世界はもう夜になっていた。
川辺に設置されたかなり明るい
俺は朝からログインして、夜にはログアウトのリズムでやって来たから、夜になると体が『もうそろそろ……』って思い始めるのだろう。
ふっ、まるで日が暮れたら家に帰る子どものようだ。
だが、今日はもう少し粘らせてもらうぞ……!
ここからタイミングよく釣り続けて連鎖を起こし、どこかで失敗した時には今日のクリアはすっぱり諦めよう。
「すぅ……ふぅ……」
ウキを見失わないように目を開けたまま深呼吸をする。
すると、不意に見える世界が狭まり、ウキと水面の魚影だけが目に映った。
ウキが沈んだら、上げる、沈んだら、上げる……。
単純作業をひたすら正確に繰り返す。
何度繰り返しただろうか。失敗は一度もない。
今度も……失敗しない!
「あっ……!」
無心で振り上げた竿の先に、とんでもなくでっかい魚がくっついていた。
そのまま俺は下敷きになるような形で仰向けに倒れこむ。
「な、なんだこの魚!?」
とにかくデカイし、日本にはいなさそうな魚だ。
頭部のおデコあたりには巨大な金メダルがくっついている。
まるで武将の兜の飾りみたいだ……なんて思っていると不意に魚が消えた。
ま、まさか逃げたとか……!
『苦しそうだったからお先に回収させて貰っただけだにょん! 今の魚はメダリオン・ピラルク! 文句なしの☆5だにょん! ということで……まずはこちらをプレゼント!』
手渡されたのは
久しぶりのメダルゲットだが、やはりデザインの法則性は以前と変わらない。
表面は宝石が星座のように並びうお座を作っている。
裏面はリアルな魚が2匹描かれている。
なぜ2匹でうお座にしたのか、昔の人は不思議だ。
『そして、ご褒美は『魔法魚の化石』だにょん!』
うお、なんだこれは……。
確かに名前の通り魚の骨が岩に埋まっている化石なのだが、どう使うんだこんなの?
スキルは覚えられないし、装備はできない。
でも、魚ということはガー坊に何かプラスになりそうだが……ウーさん案件だな。
今日は流石に疲れたから明日にするけど。
『ねえねえ! さっき釣った魚と記念撮影しない? もちろんお代はいらないにょん!』
「うーん、せっかくだしお願いしようかな」
巨大魚『メダリオン・ピラルク』を2人で持ち上げて記念スクショを撮った。
良い写り具合だったが、チャリンの方が釣り人としてしっかりした装備なので、初心者装備の俺は完全におまけに見える。
なんだか、テレビの撮影で来た金髪美女珍獣ハンターを怪魚の住処まで案内した現地ガイドさんみたいだ。
何はともあれ、最大の試練をクリア出来たのですべて良し!
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