Data.78 弓おじさん、白羊の試練

 目の前には羊が8匹。

 赤かったり、青かったり、黄色かったり、太っていたり、透明だったり、銃が付いていたり、燃えていたり、メカだったり……。

 さらに羊を選択するとステータスウィンドウが展開される。

 赤い体毛を持ち、主人公っぽいキリッとした顔をした羊を選択してみると、以下のような物が表示された。


 ・レッドスターシープ

 スキル:ダッシュ 奥義:スーパーダッシュ

 妨害耐性:小 特徴:とにかく速い

 ダッシュを巧みに操れば妨害も回避できるが、熟練の操作と敵の攻撃を読む直感が要求される。


 ……作りこみ過ぎじゃない?

 え、この説明が8匹分あるのか?

 すでにマッチングは終わり、数十秒後にはレーススタートだ。

 全部は読んでられないし、まずはこいつで一戦走ってみるか……!


 レッドスターシープを選択し、背中に乗り込む。

 そして、バイクのように角をハンドルにする。乗り心地はかなり良い。

 流鏑馬の時の馬と違って、リアルな動物の乗り心地を再現していないようだ。

 何度も挑戦する覚悟だし、これはお尻が助かるな。


 ――ゴーグルを装着!


 ぽんっと手元に現れたゴーグルを装備する。

 レンズ部分には『妨害耐性』『Sゲージ』『SSゲージ』の3つのゲージが表示されている。


 ――コースに転送します!


 俺とシープは草原に用意されたスタート地点にワープする。

 俺以外にライバルが11人、この手のレースゲームにしては珍しく横一列に並んでいる。


 彼らの腕前はわからないが、ほぼ全員スタート前から正面だけを見据えている。

 俺のようにキョロキョロ周りを見ていないし、レースを何度か経験してる人が多いのかも。

 このレースは厳しいものになるかもしれない。

 とりあえず操縦に慣れつつ一周走ることを目標にしよう。


 空中に設置されたシグナルが青色のランプを灯す。

 レーススタートだ……!


「いけっ!」


 俺のレッドスターシープは……進まなかった。

 エンジントラブルではない。羊にエンジンはないからだ。


「えっと、こうか……?」


 ハンドル代わりにしている角を少し回す。

 俺のシープは加速を始めた。

 右の角を回すと加速、左の角を回すとブレーキらしい。

 角が回ってもシープは表情一つ変えない。痛くないようだ。


 角と角の間には、バックモニターウィンドウが表示されている。

 これで後続の様子をチェックしろということだな。

 ちなみに俺の後ろに人はいない。

 初動でもたついたので当然最下位だ。


 だが、レースはコースを3周する必要がある。

 走らなければならない距離は長い。

 ライバルに追いつくことは不可能ではないはずだ。

 特に俺のレッドスターシープは速いらしいからな。


「少し慣れてきた……!」


 最高速を維持しつつコースアウトせずに走れるようになってきた。

 コースといってもリアルのレースを行うようなサーキットではなく、完全に自然の中だ。

 光の壁に囲まれた場所がコースで、その外に出るとスピードが極端に落ち、あまりコースから離れすぎると謎の力によってコースに転送される。

 まずコースアウトしないように走れなければ、上位に入るなんて夢のまた夢だろう。


「……ん?」


 コース上に……『干し草ロール』が浮かんでいる。

 刈り取った牧草を干し、ぐるぐる丸めて冬場のエサとして保存しておく……。

 あの干し草ロールの少し小さい版がコース上に浮かんでいる!


 触れてみるとシープがもぐもぐと吸収した。

 そして、ゴーグルのレンズに表示されている『Sゲージ』『SSゲージ』が少し上昇する。

 この2つのゲージは『スキル』と『奥義』を使うものだろう。


 レッドスターシープのスキルは【ダッシュ】、奥義は【スーパーダッシュ】。

 効果は間違いなく『加速』と『すごい加速』だ。

 さらに何個かロールを取ってゲージが溜まったので【ダッシュ】を使ってみよう。

 左の角についているボタンをポチッと押す。


「うぐっ……!」


 シープが尻から火を噴き、のけぞりそうになるほどの加速が数秒間続いた。

 危うくコースアウトしかけたが、効果自体は想像通りだ。

 単純な加速……アイテムのあるレースゲームだとこの手のアイテムはハズレ扱いされがちだが、レースゲームで速く走ることが弱いはずない。

 すべては使い方次第だ。玄人はみんなこういう加速の使い方が上手い。


 奥義は……まだ使えないか。

 スキルは『Sゲージ』が満タンじゃなくても必要な量溜まれば使えるが、『SSゲージ』は満タン時限定のようだ。

 最高速を維持しつつ、干し草をたくさん集めることも意識しないとな。


 シープは草原を駆け抜け、森の中へと入る。

 木にはちゃんと判定があって、ぶつかると衝撃でぶっ飛ばされたりはしないが止まってしまう。

 幸いコース上の木は多くない。

 もっと慣れれば回避しつつ最高速度のまま駆け抜けられると思う。


 森を抜けると山に入り、頂上に向かって斜面を登っていく。

 映画で見たようなまん丸い岩石が転がってくるので、避けつつ加速する。

 もう基本的な操縦は問題ない。

 後はライバルを見つけ、溜まった『SSゲージ』を解放して追い抜くだけだ!


 コースは山の頂上から伸びる虹の橋に移り変わる。

 そして、虹の橋の中腹辺りを進んでいるライバルを発見した。

 ここが奥義の使いどころだ……!

 右の角のボタンをポチっと押し、奥義【スーパーダッシュ】を発動する。


 ロケットを思わせるような加速のGに耐えるため、前かがみになり角を握りしめる。

 シープは顔色一つ変えない。

 何も知らない人が見ればシュールすぎる光景だろう。


 だが、俺にとっては熱い勝負の瞬間だ。

 【スーパーダッシュ】中はとてもハンドル操作ができない。

 緩いカーブならまだしも、急カーブは絶対に曲がれない。

 だが、虹の橋は長い直線だ。

 ハンドルをまっすぐに固定して、ただ加速に身を任せればいい。


 前を走る黄色いシープに乗ったライバルの背中がぐんぐん近づき……ついに追い抜いた!

 やった! 最下位脱出だ!

 このまま6位以上に入って、とりあえずメダルは頂いておこう!


 シープたちのホームグラウンドである雲の上にコースが移る。

 普通のプレイヤーならあまりの高さに震えるかもしれないが、俺にとってはもはや第二の故郷と化している雲の上だ。

 恐れるどころかテンションが上がってきた……!

 それにスピードというのは人を変える。

 気分だけなら1位も狙えそうだ!


「もっと加速……! 加速……?」


 ブレーキをかけていないのにスピードが落ちていく。

 同時にゴーグルに見慣れない文字が表示される。

 【マグネットパワー】ってなんだ……?


 その答えを俺はすぐに知った。

 バックモニターにさっき追い抜いた黄色いシープが、ピカピカに光り輝いている様子が映っている。

 おそらく、あのシープの奥義だ!

 他のシープを磁石のように自分に引き寄せる効果がある……!


 黄色いシープがどんどん迫ってくる。

 だが、焦る必要はない。

 奥義の効果が切れればすぐに引き離せる。

 俺のレッドスターシープは基本速度がそもそも速いからだ。

 ゲージは温存して、他のライバルを追い抜くのに使えばいい……。


 その考えは甘かった。

 黄色いシープはスキルを発動。

 自分の周囲にスパークを発生させたのだ。


 レッドスターシープは最初のうちは耐えていたが、『妨害耐性』のゲージが空っぽになると同時に大きくスピンして停止した。

 黄色いシープが俺を追い抜いていく。


 これで終わり……ではない。

 レッドスターシープは立ち直り、再び加速を始めた。

 そんなに離されていない……!

 まだまだレースはこれからだ……!




 ◆ ◆ ◆




 結果、このレースで俺は10位に入った。

 黄色いシープを追い抜いて、スパークを使うタイミングを読んで【ダッシュ】を使って回避するなど、このレースにおけるテクニックは学べたが、シープは他にもいるのだ。

 バルカン砲を撃ってきたり、岩を落として道を狭くしてきたり、メカだったり……。

 とにかくそれぞれの特性を覚えなければ始まらない。

 結局、ゲームの上達とは学習なのだ。


 ゲームばかり遊んでいると頭が悪くなると大声で叫ばれなくなって久しい世の中だが、ボケーっとゲームをただ遊ぶだけならば確かに頭は悪くなるかもしれない。

 だが、友達に勝ちたいとか、強いボスを倒したいとか、上達を望んで遊ぶのならばその限りではない。


 なぜなら、上達は学習なのだから。

 計算や暗記をしてるわけではないから、成績は良くならないかもしれないけど、頭が悪くなることはないと……俺はそう思いたい。


 次のレースへのエントリーを宣言し、マッチングを待つ。

 シープ選択に移ったら、まずは8匹のシープの特徴を覚えよう。

 このレース、適当にやって勝てそうなほど甘くない。

 そのうち単品で売り出そうとしているのではないかというほど作りこんであるぞ……!

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