Data.70 弓おじさん、五里霧中
実体化したミストタイガーは、白と黒の体毛を持つホワイトタイガーのような見た目をしている。
リアルの虎の時点で恐ろしいが、モンスターとしてより巨大かつ凶悪なビジュアルを持つ猛獣に囲まれるというのは肝が冷えるな……。
前方の虎は実体化しているので矢による攻撃もしやすいが、後方からも唸り声がする。
まさに
「ガー坊! 後ろは頼んだ!」
「ガー! ガー!」
崖登りの時は引っ込めていたガー坊を召喚する。
そして、
霧の中に突っ込んでもらう。
何も考えなしに突っ込ませたわけではない。
霧も言わば水蒸気だ。海水をまとったガー坊に触れれば、巻き込まれてミストタイガーが実体化するのではと考えた。
そして、その予想は的中した。
姿を現した霧の虎に、ガー坊は突進やら光線やらミサイルを浴びせていく。
ユニゾンモンスターは通常のモンスターよりステータス面で優れている。
ボス相手でもない限り押し負けることはほぼない。
「そちらがウワサのガー坊くんですか。サカナ型モンスターだというのに陸上でもこれだけ戦えるとは恐るべき存在ですね」
「ユニゾントレーナーから見てもそう思うかい? ガー坊は攻撃特化でいつも俺の足りない火力を補ってくれてるんだ。物理耐性も優れてるし、毒にも強い。スキルも遠近揃ってる。とんでもなく電気が苦手なことと、奥義の効果が切れると動きが鈍くなるのが弱点だけど、それでも頼れる相棒さ」
ガー坊のことなので素直に自慢してしまった。
自分のことだと褒められても謙遜が先に来てしまうが、相棒を褒められると素直に嬉しい。
それがユニゾンのことをよく理解しているプレイヤーからともなれば特別だ。
「でも、僕のゴチュウもなかなかですよ。今は僕が【
「そういえば君も装備がボロボロだったね。俺も気をつけないと大事な装備が完全にぶっ壊れてしまいそうだ」
「キュージィさんの装備……見たことない奴ですね。相当レアなモンスターから手に入れたと見える。まあ、僕も似たようなものです。かに座の試練でヘマしましたが、完全に破壊されなくて良かったです」
「かに座か……。まだ行ってないなぁ」
「ネタバレはしないのでご安心を」
「それにしても、ユニゾンメインで試練攻略って大変じゃない? 試練によってはユニゾンが禁止されてるところもありそうだし……」
「そこは問題ありません。ユニゾントレーナーの特権でどこでもユニゾンは持ち込めます」
特権ときたか……。
まあ、そうでなければおかしいか。
『弓使い』から弓を奪うみたいなものだからな。
「僕はこの特権を使って、いて座の試練をゴチュウにクリアしてもらいました」
「えっ? 的当てだけじゃなくて……流鏑馬も?」
「ええ、そうです。一発では無理でしたが、流鏑馬もクリアしてくれましたよ。ゴチュウは猿なので弓を使うよりは石投げとか手斧投げの方が得意なのかもしれませんが、やはり弓は花形って感じがしますからね。僕も動画投稿をやってますから、見栄えを重視したかったんです」
お猿さんが馬に乗って矢を射るのか……。
そりゃ見栄えが良いし、動画も再生してみたくなるってものだ。
しかし、生でも見てみたかったなぁ……。
「とはいえ、すべてユニゾン任せといかないこともありますし、僕も最悪の事態を想定して装備などは良いものを揃えるようにしてるんです。この【
「俺も反撃を食らわないように射程を伸ばしてるけど、なかなかそうもいかない時もあるからなぁ。装備やスキルに妥協はしてないよ」
「やはり、楽をするのも楽じゃありませんね。だけど、人は楽をするために努力すべきだ。楽するのはいけないことという考えを僕は良しとしません」
サトミinゴチュウがミストタイガーと格闘する。
他の虎を仕留めつつ彼らの動きを見ているが、ぎこちなさをまったく感じない。
どういう方法で体を操作しているのかはわからないが、人が猿の体を完璧に動かすのは容易ではないはず。
生物学上では近い存在であっても、体の構造がまるで違うからだ。
それをこなしてしまうのは、彼の才能か、情熱か……。
「サトミくん、どうやらこのミストタイガーたちは戦ってる間にもどんどん集まってきてるようだ。霧だけにキリがない」
「くくっ……え、ええ、そうですね。ここは奥義で派手に霧を吹き飛ばして、その隙に先に進みましょう」
サトミinゴチュウが手に持った杖を頭上で回転させる。
こちらはガー坊がバラバラに分解し、弓と合体する。
「奥義・
「合体奥義・流星弓!」
隕石のごとく降ってきた赤々と燃える岩石と、流星のごとく放たれる赤く輝く矢が霧を消し飛ばしていく。
ミストタイガーは霧ではなく、光の粒子となって消滅。
視界が開け、山頂へと伸びる山道が姿を現した。
「今のうちです。どうやら、ミストタイガーは立ち止まって迷っている者を襲うようですから、動き続ければ囲まれることはないでしょう」
透明状態から戻ってきたサトミをゴチュウが背負い、駆け足でその場を離脱する。
合体奥義を使ったので1時間はガー坊の力を借りることはできない。
今度ミストタイガーに囲まれたら危険だ。
強力な奥義な分、やはりデメリットも重い……。
それにしても、サトミは合体奥義には特に反応を示さなかった。
まるでよく見知った物を見たかのように……。
やはり、彼もユニゾンとの合体奥義を持っているということだろう。
ネココが目をつけるのは、変わり者だが自分のスタイルを貫くプレイヤーだ。
しかし、そこには実力が伴っていることが大前提。
彼はまだいくつもの切り札を持っている……。
俺、普通に張り切って見せちゃったな……最近手に入れたばかりの最強の切り札。
まあ、これが俺らしさか。
◆ ◆ ◆
「まったく……どうして職人さんはこんなところに住んで……るんだ!」
「同感ですね……! 職人だって仕事を受けて稼ぎを得ているから生きているはずなんですが……。こんなところに依頼人など来るはずがないと思います……!」
俺たちはまた崖を登っていた。
ゴチュウが疲れてしまったのでサトミも自力で登っているが、動きがとんでもなくぎこちない……
まさか、運動苦手なタイプか……?
「もうすぐで頂上だ……! 頑張れ……!」
上を見ずに無心で登っているが、俺もそろそろ体がキツイ……!
一か八か【ワープアロー】を限界まで高く飛ばして楽しようかと思ったその時、ついにその手が頂上の地面を捉えた。
「やった……! 頂上だ……!」
そこで俺たちを待っていたのは、予想外の光景だった。
てっきり僻地に住む職人ということで、質素な小屋にでも住んでいると思っていた。
冷静に考えれば、腕の良い職人の工房はそれだけ設備も揃っているだろうし、質素な小屋なわけもない。
だが、今回はその『冷静な考え』すらも超越した光景が広がっていた。
そこは小さな街だった。
なんだ……高い山を登りすぎて天国にまで来てしまったか……!?
「ここが目的地で間違いないと思います……。看板の通りに来ましたから……。でも、とにかく、僕はへとへとです……! 間違っていてもいいので休ませてください……!」
サトミは街に入っていく。
そうだ、落ち着こう。今までこのゲームで予想通りの光景が広がっていた方が少ないじゃないか。
きっと、この街に職人はいる。
探し出して、風雲装備を直してもらわなければ……!
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