Data.71 弓おじさん、空上の職人

「ガハハ! こんな僻地へきちの工房によくもまぁ来たもんだ!」


 霧幻峰むげんほうに住むとされる凄腕の職人ウー・シャンユーさんはすぐに見つかった。

 煌びやかな街の中で一軒だけ無骨で堅牢な作りの建物があったので入ってみたところ、白い髭の老人がいた。

 柳のように流れる長い髭はまさに仙人。

 会話を交わす前にこの人が職人だとピンときた。


 工房の中は鍛冶の道具やら、裁縫の道具やら、とにかくなんでも扱えますよと言わんばかりに物であふれていた。

 そして、仙人ウーさん以外にも美しい女性が数名仕事をしている。

 彼女たちは天女のごとき羽衣を羽織っているので、やはりここは桃源郷なのではないかと錯覚してしまう。


「ああ、やっぱり気になるかい? 何を隠そうこいつらは天女だ! 天上の世界から俺の技術を盗みにきた困った女たちでよぉ!」


「やだぁ~、弟子になれって言ったのはお師匠様からじゃないですかぁ~。お陰でこんなにこき使われて……」


 最後の方はガチな愚痴に聞こえたが、彼女たちが天女というのは本当のようだ。

 ネクスタリスには天上にも世界があって、そこにも何らかの種族が住んでいるらしい。

 彼らは割と頻繁に地上に降りてくるので、天上と地上の中間にあるこの霧幻峰を中継ポイントとして利用し始めた。

 つまり、霧幻峰は交通の要所として発展したわけだ。


 ウーさんは彼らがここに建物を作るのを手伝い、報酬を受け取った。

 その後はウーさんもここに住み、さらに天上の種族の中でもはぐれ者たちが隠れるように住み着くようになったので、霧幻峰は完全に街として完成した。


「私たちは天上の種族と人間の間に生まれた子供なのです。だから、どちらの世界にも住みにくくて……。面倒を見てくださるお師匠様には感謝してるんです。ただ、忙しくて……」


 愚痴りたくてしょうがない様だが、聞いてしまうと耳が痛い。

 だって、俺たちはさらなる仕事を持ってきたのだから。

 でも、こんな僻地の工房にそんなにたくさん仕事が来るものなのか?

 その疑問はサトミも感じていたようで、彼からウーさんに質問が飛ぶ。


「僕たちも装備の修理をお願いしに来たのですが、お忙しいようですね。ちなみにどこからの依頼でしょうか?」


「そりゃ天上からよぉ! ここは地上から登るのは大変だが、上からならストンだからよぉ!」


「なるほど、こんな僻地では仕事は来ないというのは地上に住む人間の勝手な思い込みで、実際はお得意様の近所に店を構えていたわけですね」


「そういうことだ!」


 稼ぎは天上の種族から十分貰えているのだろう。

 そりゃなかなか地上に降りてこないわけだ。

 お弟子さんも美人だし、なんだかんだウーさんを慕っているようだしな。


「とはいえ、わざわざ地上から来てくれた客を追い返したりはせん! そのボロボロの装備は全部ワシが直してやろう! なんといってもワシ自身は暇しとったからな!」


「も~、お師匠様ったら! なら手伝ってくださいよ~!」


「お前らにやらせてる仕事は並の腕の職人なら簡単にこなせるものばかりだ! だが、今回の仕事はワシでなきゃ出来ん! 腕がなるってもんよぉ!」


 ウーさんはやる気なようで良かった。

 『ムサい男の仕事は受けん!』なんて言い出しそうでちょっとヒヤヒヤしていたのは秘密だ。


「まずはこっちのわらしの装備からだな」


「童ではなくサトミです」


 ウーさんはサトミの装備を目視で確認していく。


「ほう……これは変則的な法衣のような物だな……。聖なる力で守られていて、見た目以上の頑丈さを感じる。こりゃ地上の職人では難しいのもうなずける」


「直せそうですか?」


「あたりまえよぉ! ここは天女の集まる工房! 聖なる素材などいくらでも置いてある! ちと高くつくがな」


「お金はあります。お願いします」


「よし、引き受けた! さて、次はこっちのおっさんの装備をだな……」

 

 ウーさんは俺の装備をチェックする。

 なんだか、じっと見られるってくすぐったい……。


「なんと、竜の力を宿した装備か! 風と雲を司る雄大なる空の守護者、風雲竜から授かったものとみた!」


「そ、その通りです」


「頑丈でありながら柔軟、魔道の類にも強い素晴らしい装備だ……。竜の技能を複数宿しておるな……」


「直せますかね?」


「ワシの腕なら直せる! だが、素材が足りんなぁ……」


「え?」


「ワシの鍛え抜かれた眼力でお前さんの所持している物品を覗いてみたが、この風雲装備の修理に使えそうな物品はなかった!」


 あ、アイテムボックスを覗けるのか……。

 熟練の職人おそるべし……。

 それより、素材が足りないだって!?


「そう困った顔をするな。必要なのはこの霧幻峰の雲海に住む『雲蜘蛛くもくも』が落とす『雲の糸』という素材だ。雲のように軽く伸縮性があり、蜘蛛の糸のように頑丈でもある。天空に住む竜から授かった装備を直すには、やはり高いところに住む魔物の素材が必要なのだ」


 俺は素直にうなずく。筋の通った話だ。

 装備を直すにそれに見合った素材が必要なのは、ゲームどころかリアルも一緒だ。

 ブランド品をそこらへんの素材で直しても、そのブランド品の価値は維持できないだろう。


「それにしても、雲海ですか……」


「ああ、そうだ。その名の通り『雲の海』がこの霧幻峰の周りを取り囲んでいる。今から案内する『雲海の砂浜』には小舟が置いてあるから、それに乗って雲海を進め。しばらくすると小島が見えてくるから、そこに上陸し木の上に潜んでいる白い蜘蛛を倒すのだ」


 高い山の上には桃源郷があって、雲の海に取り囲まれている。

 その雲の海に砂浜があって、小舟で進むと島もあるとな……。

 非常に幻想的なワードの数々だ。

 まあ、言ってることは要するにおつかいクエストなのだが。


「僕も手伝いますよ、キュージィさん。僕は装備の修理の目処が立ちましたが、この説明を聞いたら僕だって雲海を見てみたくなります。それに新しいモンスターのデータも集まりそうですしね」


「モンスターのデータ?」


「ええ、僕のスキル【モンスタースキャン】はモンスターを調べ、そのデータを蓄積し、図鑑のようにまとめてくれるのです。まあ、調べる系統のスキルはすべて一度調べたデータは蓄積されるようになっているのですが……」


 そういえば、俺の【レターアロー】もそういう仕様だったな。

 一度矢を当てて見た情報はいつでも確認できる。

 同じモンスターとまた戦う時には便利だ。


「僕のスキルはかなり優秀で、属性や使うスキルはもちろんのこと、倒すと落とすアイテムまで記録してくれるんです。今回みたいに装備を直すとなった時、あの素材が足りないと言われれば、僕は図鑑からアイテムを検索して落とすモンスターを狩りに行けばいいというわけです」


「いちいちログアウトしてネットでアイテムを落とすモンスターを検索するみたいな手間がないわけか……。そりゃあ楽だね」


 VRじゃない頃のMMOでも、いや場合によってはオフラインゲームでも素材集めは地獄の苦しみを味わうことがある。

 過疎ってたりマイナーだったりするゲームはネットで調べても何がどれを落とすかわからぬまま、ただただ彷徨さまよい続けることになる……。


「というわけで、僕は新天地に来た時にはその地域のモンスターをある程度狩って回ってるわけです。データは多い方がいい。それにモンスターを知ればあらゆることで有利に……自論語りはこれくらいにしておきます」


 こちらとしては手札を明かしてくれても構わないんだけどね。

 まあ、場合によっては同じ幽霊組合ゴーストギルドで戦う機会もあるかもしれないし、やたら詮索するような真似はしない。


「味方がいる方が楽にデータを集められるので同行するという打算的な行動ですので、もし僕がキルされて直せたはずの装備がぶっ壊れても文句は言いませんのでご安心を」


「ああ、こっちも味方が多い方が助かるし、どんな理由であれありがたいよ」


 ウーさんの案内で俺たちは雲海の砂浜に向かう。

 その道中でこの霧幻峰の街は『空上郷くうじょうきょう』と呼ばれていることを聞いた。

 天上と地上の間にあるので『空上』。

 非常にわかりやすい。


「おい、お前さん」


「あっ、何でしょう?」


「その弓は……今から使うわけだな?」


「ええ、モンスターを討伐するわけですから、使いますよ」


「なら、いま話すべきではないか……」


 ウーさんは自分だけ納得して話を終えてしまった。

 き、気になるじゃないか……。

 『風雲弓』は見た感じボロくなってはいない。問題ないと思うが……。

 頭を振って、思考をリセットする。

 後で話してくれそうだし、気にしないでおこう。


 空上郷は雲より少し高いところにあるから、雲と接する雲海の砂浜に向かうためには少し山を下る必要がある。

 自然のままの坂道で転びそうになりつつも、なんとか俺たちはそこにたどり着いた。


「うわぁ……本当に砂浜だ」


 手で触れてみると……普通に砂だ。

 だが、その砂の先に広がっているのは青い海ではなく白い雲だ。

 本当に小舟で進むことができるのか……?

 普段から雲の上に乗って戦っている俺が言えたことじゃないが……。


「この小舟を使うのだぞ。言っておくが溺れて沈むと雲を突き抜けて地上に真っ逆さまだ! そのつもりでな!」


 ちょっと楽しそうなウーさんは、それだけ言うと険しい坂道をひょいひょいと登って帰ってしまった。


「どうやら、小舟を使えという助言は嘘じゃないようですよ、キュージィさん」


 サトミはすでに小舟を雲に浮かべ、乗り込んでいる。

 船をこぐオールは休憩を終えたゴチュウが持っている。

 俺も恐る恐る小舟に乗ると、ギィと船が軋み揺れる。

 同時に水に波紋が広がるように雲が震える。


 ずぶずぶと沼のように沈んでいく感じはない。

 これは問題なさそうだ。


「では、出発しましょう。ゴチュウ、頼みましたよ」


「うききゃ!」


 小舟は雲をかき分けて進み始めた。

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