Data.69 弓おじさん、意外な同行者
猿の赤い尻を追いかけてとにかく崖を登る。
俺にしてはかなり体を動かせている気がするが、やはり動物の身体能力に人間が勝てるはずもない。
それも崖のぼりとなれば当然だ。その差はどんどんと開いていく。
しかも、霧が出てきた。このままじゃ見失ってしまう……。
と、あきらめかけたその時、猿の赤い尻が急に消えた。
霧で見えなくなった……わけじゃない。
おそらく、崖を登り切ったんだ。
「浮雲!」
足元に雲を作って、崖からそちらに移動する。
そして、【ワープアロー】を山なりの軌道を描くように撃つ。
こうすることで崖を登り切った先の平らな地面に真上から刺さるはずだ。
俺の体はほどなくしてワープした。
すぐに足に硬い地面の感覚が伝わってきた。
どうやら作戦は成功したようだ。
お猿さんはすでに銀髪の少年を背負ったまま先へ進んでいる。
ここにも看板が立っていて、この道を進めと指示が書かれていた。
道と言っても、何度も歩いて足で踏み固められた土の道だが、雑草が生えていたり石が転がっているところよりは歩きやすいのでありがたい。
それにしても、お猿さんは山道を進むスピードも速いな。
まあ、地元みたいなものだし当然か。
追いつくにはやはり長射程から放たれる【ワープアロー】しかない。
ズルっぽいけど、別に徒競走をしているわけじゃないんだ。
ただ、お話が聞きたい……!
「ワープアロー!」
クールタイムを終えた【ワープアロー】をお猿さんの進むであろう道に先回りするように打ち込む。
ワープした俺は、通せんぼしないようにちょっと道の端っこに寄ってから声をかけた。
無視されたらその時はその時だからな。
「あの……」
お猿さんは立ち止まってくれた。
さて、何から聞こうか?
いくらでも聞きたいことがあるぞ……と思っていたら、先に口を開いたのは向こうだった。
「そのワープスキル……優秀ですね。流石陣取りのMVPといったところでしょうか。いや、陣取りの時はワープスキルは禁止されてましたし、関係ありませんね」
猿に背負われていた銀髪の少年が目を覚まし、自分の足で地面に立つ。
やはり、彼はプレイヤーだったか。
なら猿の方は……。
「お察しの通りこっちのサルはユニゾンです。マジックモンキーのゴチュウと言います」
なんか……ギリギリのネーミングだ。
「うきゃ!」
ゴチュウと紹介された猿はペコリと頭を下げるが、しゃべらなくなっている。
というか、さっきまでのしゃべり方と声が少年と同じなので、なんらかの方法で代わりにしゃべらせていたのだろう。
「そして、僕はサトミ。ユニゾントレーナーのサトミです。女みたいな名前ですが、れっきとした男です」
こっちもこっちでギリギリのネーミングだ……。
「俺の名前は……」
「知ってますよ。第2職『弓使い』のキュージィさん。天下三分の陣取り合戦のMVP。アンダー
「いやぁ、あはは……」
「スタイルは射程極振り。常人離れした命中率を誇り、遠距離からの射撃で敵を難なく倒せる。現在のイベントも順調に進めているところが目撃されている。有名人ですよ」
こんなに自分のことが知れ渡っているのか……。
人気者は辛いなぁ、なんて言葉を自分が使うことになるとはな。
「それに僕はあなたと同じイベントを戦ったことがありますからね」
「同じイベント? 陣取りの時かな? あれだけ大人数だったから、一人一人の顔は覚えてないなぁ……」
「まあ、陣取りにも参加してましたけど、出会ってはいません。僕が言ってるのはバトロワですよ。キュージィさんが3位で僕が2位、そしてネココさんが1位だった時のね」
「あっ……!」
顔も名前も覚えていないが、その存在は覚えている。
俺がキルを158も重ねて3位なのに、0キルで2位だったプレイヤーがいたはずだ。
それが彼だというのか……。
「あの時、僕は逃げも隠れもしていました。戦うのは最後の2人になった時だけと心に決め、チップだけは集めつつひたすらスキルの力で隠れていました。まあ、最後の奇襲に失敗してネココさんに首を切られましたがね」
サトミが首を切るジェスチャーをする。
なるほど、死に方は俺と一緒だったわけか。
「ネココさんはその後しばらくして、僕にある話を持ちかけてきました。変わり者同士のギルド『
「あ、その誘い俺のところにも来たよ」
「受けましたか?」
「ああ、受けたよ。いつかフレンドやギルド単位でしか受けられないクエストやイベントが来るという彼女の予想は正しいし、その時のために緩い縛りのギルドを用意しておくというのは面白いと思ったからね」
「なるほど、確かに合理的な判断です。得体の知れないギルドでヘコヘコしながら過ごすよりは気楽でいいでしょうしね。でも、僕は少し考え中です」
サトミは『それはなぜか?』と聞いて欲しそうな顔をしている。
「それはまたどうして……」
「彼女の奥底に流れるゲームへの情熱についていけるか不安だからです。僕のスタイルはいわば『楽』極振りですからね」
「楽……ラック……運ですか?」
「面白い発想ですが違います。僕は……楽して遊びたい!」
「えっ……!?」
急に話が変な方向にいったぞ……!
サトミは『ドヤッ』という顔をして話を続ける。
「楽って素晴らしいんです。同じ結果を得るならより楽な方法がいい。当たり前の話です」
「まあ、それはそうかな」
「例えばバトロワがそうです。僕は戦わずに隠れていましたが2位でした。楽して結果を出しているんです。あ、別にキュージィさんのバトルスタイルを否定してるわけではないんです。そもそも、根っこは同じ思想だと思いますから」
確かに俺の射程極振りスタイルも体を動かすのが大変とか、動かず遠くの敵を倒したいとか、反撃を食らいたくないとか、楽したくて選んだとも言えるな。
「ただ、楽をするのも楽じゃありません。バトロワのルールだと比較的容易ですが、本来のMMOは時間をかけて強くなっていくことが基本ですからね。お陰で陣取りではあまり活躍できませんでした。しかし……救いの神はいた!」
サトミはお猿さん……じゃなくてゴチュウを撫でる。
「それはユニゾンの実装です! 僕は運良くゴチュウに出会い仲間になってもらい、特殊職ユニゾントレーナーになれた! 戦闘スタイルはユニゾンに任せ、あくまでも命令を出したり、スキルやアイテムでサポートするのみ! それがユニゾントレーナー!」
サトミは一気にまくし立てる。
「とはいえ、やはり、それでも、楽をするのは楽じゃありません。元ネタのモンスター同士のバトルはあくまでスポーツみたいなものですが、NSOにおけるモンスター同士のバトルは殺し合いですからね。ユニゾンがやられればユニゾントレーナーはエサです。元ネタのアニメ版のように頑丈ではありません」
元ネタって言っちゃった……!
まあ、確かにユニゾンに戦闘を任せる職業ならば戦闘能力は低いのだろう。
ユニゾンがキルされたらそのまま運命を共にする……。
他力本願と言うよりは、一心同体と言うべきか。
それにしても、ユニゾン実装が陣取り後なワケだから、それを操る特殊職である『ユニゾントレーナー』も同時期の実装になるはず。
かなり最近のことなのに、すでにクラスチェンジしたうえに使いこなしているとは恐れ入る。
よほど自分で戦うのが嫌いなのだろう。
何事であれ、自分のスタイルを貫ける者は強い。
「ユニゾントレーナーは最近実装された特殊職なので、初期からある職業より特殊なシステムやスキルを多く持っています。僕はキュージィさんをリスペクトしているので、それなりに情報をお教えしたいのですが……後にした方が良さそうですね」
「ああ、そのようだね……」
俺たちを深い霧が取り囲んでいる。
ただの霧ではない。
中から獣の唸り声がする。
「モンスタースキャン」
サトミの手からパッとライトのように光が放たれ、霧に光を当てていく。
それが終わると、彼の前にウィンドウが展開された。
「こいつらはミストタイガーです。霧状になれる特殊な体を持っているので、物理より魔法攻撃が良いかと」
俺の【レターアロー】に似たモンスターを調べるスキルか。
『ユニゾントレーナー』はユニゾンモンスターを扱うことを専門にした職業だから、もしかしたら性能は圧倒的に上かもしれない。
しかも、霧は見えてもまだ虎はハッキリと見えない。
彼のスキルは範囲内のモンスターなら見えなくても調べられるのかも……。
「申し訳ないけど、魔法はあまり得意ではないんだよね……。爆発を起こす矢とかはあるけど」
「そういえばそうでしたね。では……」
サトミが目をつぶり黙る。
すると、彼の体がスゥ……っと透明になった!
同時にゴチュウがくわっと目を開く。
「僕がメインになって戦いましょう。ゴチュウは本来マジックモンキーというモンスターです。この名前はネタではなく、ちゃんと魔法攻撃を得意とした猿なのです」
ゴチュウの方からサトミの声がする。
「これは
「いえ、僕の体は【
彼も奥義送りの経験者か……。
まあ、流石に動かなければ無敵のスキルは強すぎるし妥当だろう。
「ゴチュウを操っているのはまた別のスキルの効果ですが、後にしましょう。今は虎狩りが優先です。透明化が解除されるまでに全滅させたいのでね」
サトミinゴチュウは長い棒状の杖を構える。
如意棒……ではなく魔法の杖か。
「
爆発的に燃え上がった炎が、蓮の花の形になる。
美しく赤々と燃える炎の花が霧を消し去り、ミストタイガーを実体化させる。
「追撃お願いできますか?」
「ああ、任された!」
こうして謎多き人と猿のコンビとの共闘が始まった。
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