Data.68 弓おじさん、霧の山脈
「はいはい、こっちだよパンダさーん」
未開の地への冒険に心躍らせていた俺だが、その前にあるクエストを受けてしまった。
それはこのダーパンの街へのファストトラベルを解放するクエストだった。
ならむしろ良かったじゃないかと多くの人が思うだろう。
実際その通りで特に解放することに問題はない。
だが、絶対に今する必要があるかと言うとそうでもない。
仮に俺が山脈でキルされてもちゃんとダーパンの街に送り返される。
蒼海竜にキルされた時、港町トナミの砂浜に打ち上げられていたように、死ぬ直前に立ち寄った街に強制送還されるのだ。
これが初期街に飛ばされるとかならファストトラベルを解放してないと大きな時間のロスになるけど、ダーパンからならまた最短距離で山にアタックを仕掛けることが出来る。
とはいえ、解放しておけばいざという時ダーパンから初期街まで一瞬で帰れるし、良いじゃないかと思ってこのクエストを受けたのだが……。
「パ、パンダさーん……。笹だよ~……」
クエストの内容は、とある女性の飼っているパンダが逃げ出したので探して連れ戻すというものだった。
パンダだらけのこの街に1匹だけ背中にハートの模様があるパンダがいるらしく、それを探し出してからさらに女性の家まで連れ帰らなければならない。
パンダたちは仰向けに寝転んでいたり、壁にもたれていたりするので、まず背中の模様の確認が大変だった。
時間をかけてやっと見つけたと思ったら、そのパンダは丸々太っていてとても持ち上げられなかった。
これ……攻撃にステータスを振っていればパワーがついて持ち上げられたりしたのだろうか?
残念ながら非力な俺は、『笹の葉』というアイテムを買ってパンダを家まで誘導することにした。
しかし、これが本当に難しい。
最初は興味を示してついてくるものの、そのうち街中に生えている方の笹を食べて満足してしまった。
それでもしばらくするとまた俺の持つ笹に興味を示すのだが、今度は疲れたのかぐでーんと寝始めたりする。
でもどこか憎めないのは見た目のせいか。
外交のカードに使われていただけのことはあるかわいさだ。
とはいえ、流石に我慢の限界が近くなった俺は、最後の手段を使った。
攻撃特化でパワーがあるガー坊に押してもらうのだ。
それにガー坊は一見非常に怖い姿をしている。
人に刺さるほど鋭い魚のダツを機械兵器にしたような見た目だからな。
今となっては愛らしさを感じるけど、敵として出会った時は俺も恐ろしいと思った。
そんなガー坊に軽くでも突っつかれれば、パンダとてのほほんとはしてられないだろう。
まあ、軽く突っついてもガー坊のボディだと痛そうなので、最初は鳴き声で威嚇してみよう。
「ガー! ガー!」
近くで鳴き声を上げる魚に驚いたパンダはてくてくと歩き出した。
その後、パンダは突っつかれることなく無事飼い主の元へとたどり着いた。
なかなか帰ろうとしなかったクセに、飼い主を見ると甘えだすんだから不思議な生き物だなぁ。
まあ、人間にもそういうところはあるか。
クエストをクリアしたので、このパンダだらけのダーパンにファストトラベル出来るようになった。
同時にダーパン周辺の地図が描かれる。
そう、風雲山と同じくあくまでもその地域周辺の地図だけだ。
港町トナミの時とは事情が違う。
俺も最近ハッキリと仕様を把握したのだが、クリアすることで広い地域のマップが描かれるクエストと、ファストトラベルを解放するだけのクエストは違うらしい。
港町トナミの際は南の広い地域の地図が描かれ、それに付随する形でトナミへのファストトラベルも解放された。
その広い地図を見て俺はマップ上で目立っていた『鏡石の洞窟』を見つけ、そこを冒険してネココと出会った。
このように広いマップを描くクエストをクリアすると、行ったことがない地域の情報を得られるので、冒険できる場所が広がる。
逆に今回のような場合は、街のファストトラベルを解放した結果、その街をファストトラベル先に選択するためのシンボルとして街が地図に描かれたということになる。
せっかくクエストをクリアして一瞬でワープできるようになった街が、その地域の地図を埋めていないという理由で真っ黒表示だったら『どんな町だったけ?』となるし、単純に不便だ。
風雲山にある『風雲の隠れ里』もまだその地域の地図を描いてもらっていない場所にあるので、地図上では黒い大地の中にポツンと高い山が存在することになっている。
だが、その街がどんな場所にあるどんな雰囲気の街なのかは一目でわかる。
ややこしいので、ザックリまとめると……。
・大きい街には広い地域の地図を描いてくれるNPCがいて、描いたついでにその街ファストトラベルも解放される。
・小さい街や村はファストトラベルが解放されるおまけに狭い周辺地域の地図がついてくる。
実際、今回描かれた地図は狭く、霧深山脈のふもとだというのに山脈の情報がまるでない。
やはり、まったく情報のない状態で冒険することになりそうだ。
明日から……な。
パンダめ……相当な時間泥棒だ。
かわいいからたちが悪い。時間を無駄にしてもぜんぜん気にならなかった。
まあでも、今日は天秤の試練をクリアして、ゼウスと戦って、チャリンの助言を聞いてからこのダーパンまで来ている。
パンダに構うことなく、山に入っていたら中で夜になっていたかもしれない。
そういう意味では救われたのかもな。
「焦りは禁物だ。時間はたっぷりある」
言い聞かせるようにつぶやく。
朝を待って山にアタックを仕掛けることにしよう。
◆ ◆ ◆
翌日の早朝、俺は有言実行で山を登り始めた。
最初は何の変哲もない山道だ。
というか、未開の地なのになんで山道があるんだ……?
その疑問の答えを俺は知っていたが、思いだしたのは切り立った崖の前に立つ看板を見つけた時だった。
看板にはこう書かれていた。
――我が工房を訪ねる際には、この崖をお登りください。ウー・シャンユーより。
そうだよな、山の上まで登ってきた人の依頼しか受けないとはいえ、誰も来ないでは困るものな。
職人さんだって仕事がなければお金を稼げない。
当たり前のことに気づいた俺は、言われた通り崖をよじ登りだした。
【ワープアロー】や【浮雲】などのスキルで楽をしてもいいが、現在地からでは崖の終わりが見えない。
ここは登れるだけ登って、区切りが見えたらスパートにスキルを使おう。
ボルダリングなんてシャレた趣味は持っていない素人の崖のぼりだが、プレイヤー特有の身体能力により何とかなる。
だが、両腕装備の『雲穿の弓懸』は柔軟性がいまいちなので、弓を引く動作以外には向かないのかも。
ここは山だしゴリラこと『森の賢者の拳』に切り替えるか。
……うん、やっぱこの装備は動かしやすい。
何気に毛皮がすごいので指先の防寒にもなる。
「良いですね、ゴリラの手の装備。バトロワの時も装備してましたよね」
「ええ、そうですね……って、え!?」
俺の隣にはいつの間にかサル型モンスターがいた。
しかも、その背中にはボロボロの装備をつけた銀髪の少年を背負っている。
少年は死んだかのようにピクリとも動かない。
わけのわからない光景に脳が機能停止しそうになる。
そのせいで危うく落っこちかけたが、何とか体勢を立て直す。
「ここでお話はキツそうですね。山頂についてからにしましょうか」
サルはどんどん崖をのぼっていく。
流石サルだ……なんて言ってる場合じゃない!
ツッコミどころが多すぎる……。山頂まで我慢しろなんて生殺しだ。
なんとか追いついて、話を聞かせてもらうぞ……!
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