仙山の章

Data.67 弓おじさん、西へ

 傷ついた装備を着たまま初期街に帰還した俺は、目指すべき西方の山脈『霧深山脈』を探し始めた。

 チャリンはその山脈には『きっと』レア装備を直せる職人がいると言っていた。


 ちなみに職人はNPCだ。プレイヤーが職人の代わりを務めるための、いわゆる生産職というものが存在するのかは知らない。

 存在したとしても、このゲームは通常時からイベントまで戦闘の連続なので、戦闘能力が低い代わりにアイテムを作れる職業の需要は低いだろう。

 強い装備品も割とモンスターからのドロップで手に入るし、普通に考えたらやっぱり存在しない気がするが果たして……。


 まあ、生産職の有無は置いておこう。

 重要なのは『霧深山脈』の位置だ。

 チャリンはざっくり西と言っていたが、この広いフィールドをそのヒントだけで探すのは無理だ。

 だが、チャリンは『仙人が住むような霧深い高山』という重要な情報を教えてくれている。

 つまり、西の方角にある高くて霧がかかっている山を探せばいい。


 俺は風雲竜と出会った時のように【ワープアロー】で雲の上に乗った。

 高い山を探すなら、高いところからってね。

 そこから目当てのものらしき山脈を見つけるのに、時間はかからなかった。


 初期街より西に、白い霧が山肌を覆っている山脈があった。

 山頂付近に至っては雲に覆われていて見えない。

 そして、その雲や霧は流れていくことはなく、ずっと山の周囲にとどまっている。

 あれが『霧深山脈』で間違いなさそうだ。


 さて、どうやって向かおうか。

 このまま雲に乗って移動……というのは楽だが現実的ではない。

 まず雲が流れる方向は風任せだし、たまに雲はちぎれて分裂する。

 油断すると乗っていられないほど小さくなって落っこちてしまう。


 ここはズルをせず陸路を行こう。

 初期街からは各方面に『街道』が伸びている。

 南に向かう際もこの街道を利用し、迷うことなく港町にたどり着くことが出来た。

 まあ、あの時はアップデート後の新要素に出会いたくて、少し道から外れたこともあったけど……。


 街道の近くには道の駅的な小さな村が点在していて、そこでは回復やアイテム購入、ログアウトが可能だ。

 しかも、街道はモンスターが現れにくいようになっている。

 傷ついた時や夜になってしまった時には、まず街道を探すことで生き残る確率が上がる。

 行ったことがない地域に向かう時も街道を利用すべきだ。

 その名の通り街につながる道なので、どこかしらの街にはたどり着ける。


 道なき道を行く当てのない旅というのもカッコいいが、それは今回のイベントで十分楽しめている。

 十二迷宮は一部例外を除いて街ではなくフィールドに存在する。

 だから、そこに近道してたどり着こうとすると、道なき森の中を進んで迷ったりしてしまうのだ。

 おかげで隠し試練を見つけられたけど、今は装備を直さないといけない。

 今回は安全な道を進んで、敵と戦うのは出来る限り避けたい。


 旅の方針が決まったところで、俺は初期街を出て街道を進み始めた。




 ◆ ◆ ◆




 最近のNSOはなかなか評判が良いようで、フィールドを行くプレイヤーの数は増加傾向にあると思う。

 みんな駆け足で街道を進む中、俺は景色を楽しみつつ歩いていく。

 ときおり乗るのに手ごろな雲を見つけてはそこにワープし、山脈の方角を確認してから分かれ道を進む。


 そうして、俺は『霧深山脈』のふもとの街ダーパンにたどり着いた。

 霧に覆われた山の近くなだけあって、空気がひんやりしている。

 港町にたどり着いた時とは逆の感想だ。


 街並みは……中華ファンタジー風だな。

 煌びやかな感じではなく田舎町っぽいが、軒先にカラフルな飾り物がぶら下げてあったり、独特な雰囲気がある。

 ところどころに笹の木が生えていて、風が吹くとさらさらと揺れて涼しげだ。

 まあ、涼しいというか肌寒いのだが……。


 他のプレイヤーの姿はあまり見えない。

 良い職人がいる街ならそれなりに利用する人がいそうなものだが……。

 まさか……この街じゃない?

 いや、霧深山脈方面に伸びる街道は、俺が通ってきた道しかないはず……。

 街道で繋がっていない街があるのか?


 とにかく、探すだけ探してみるか。

 チャリンの言う通り、そもそもレア装備や素材を持ってないから職人を利用する人がまるでいないだけかもしれない。


「あっ、そうだ。ここならガー坊を出してあげてもいいかも」


 俺は合体奥義のクールタイムから復帰したガー坊を召喚する。

 本当は移動中にクールタイムは終わっていたが、移動中に召喚すると他のプレイヤーの目につくし、勝手に街道の外にいるモンスターに攻撃をしかねないと思い、少し待ってもらっていた。


「ガー! ガー!」


「無事でよかったぞ、ガー坊。あの時はありがとうな」


「ガー! ガー!」


 やはり、言葉を理解してるのかはわからない。

 戦闘に関する動きやスキル発動を伝える言葉は全ユニゾン共通で通じるようになっているが、それ以外の言葉に関しては不明だ。

 でも、バラバラになって合体したからといって変化がないようで安心した。

 ついでに、再発動可能になった合体奥義も再チェックしておこう。


 ◆流星弓

 赤く輝く無数の矢を流星のごとく放つ。

 クールタイム:1時間


 カードゲームのテキストは短くシンプルなほど強いなんて言われるが、それはこの奥義も同じようだ。

 無数の矢を放つが、一本一本の威力もバカにならないので高防御の敵にも通用するだろう。

 クールタイムは長いような、短いような。

 威力を考えれば妥当だが、発動後1時間はガー坊の協力を得られないとなると長いか。


 どちらにせよ、1回の戦闘で使えるのは1回と考えた方が良さそうだ。

 そもそも1時間も同じ敵と戦うことはないからな。

 風雲竜すらそんなに長くは戦っていない。


「これからもよろしくな、ガー坊」


「ガー! ガー!」


 ガー坊を連れて街の中を探索する。

 その結果、パンダはたくさん見つけることが出来たが、腕の良い職人を見つけることは出来なかった……。

 この街、いたるところにパンダがいる。

 建物の壁にもたれて笹食ってたり、道端にぐでーんと寝転がってたりするので危うく踏みそうになった。

 パンダもクマの仲間なんだから、放し飼いは危険だと思うが……そこはファンタジーだ。


 しかしながら、腕の良い職人が見つからない。

 通常の職人はいたが、やはり風雲装備は扱えないようだった。

 くぅ……やはり別の街にいるのか……。

 山脈というだけあって、その範囲は広い。

 周辺に別の街があってもおかしくないし、もしかしたら山の中にも街が……。


「あんたの装備を直せる職人はそういないさ。でも、山脈の頂上付近『霧幻峰むげんほう』に住むあのお方なら……直せるやもしれん」


 悩む俺に答えをくれたのは、他でもない通常の職人さんだった。

 区別するために仕方ないとはいえ、『通常の』という言葉が申し訳なくなる。


「その人のこと……もっと教えてくれますか!?」


「いいぜ。他の職人を紹介するのは職人として本来情けないことだが、あのお方にはかなわねぇ」


 その職人の名は『ウー・シャンユー』。

 山脈の頂上付近、鋭く尖った無数の岩山が並び立つ領域に住んでいるという。

 この街にはたまに下りてくるが、仕事は『霧幻峰むげんほう』まで登ってきた者からしか受けないらしい。


「霧深山脈はその名の通り霧が深くて日も当たりにくいし、獰猛な魔物も生息している。頂上に近くなりゃ、今度は雲の中さ。好き好んで住む奴なんていないのに、あの方は変わり者だ。まあ、俺もそんな山のふもとに住んでるから、人のことは言えないがな!」


 職人さんの話では、山脈の近くにダーパン以外の街はないらしい。

 また、山脈の中にもウーさんの住む『霧幻峰むげんほう』以外には人はいないとのこと。


「自分の目で確認したわけじゃないから、間違ってたらすまんね。山は広いから隠れ住んでいる奴もいるかもしれん」 


「いえ、ありがとうございました」


 チャリンはやはり俺に見つけやすい職人を教えてくれたようだ。

 このデカい山脈の中を彷徨さまよわないと見つけられないなら、なかなかサディスティックな女の子だと思ったが、山脈周辺の街が1つで、その街で情報が手に入るなら、迷うことのない一本道で職人にたどり着けると言ってもいい。


「問題はその一本道が相当険しそうなことくらいだな……」


 街で聞き込みをしても、霧に覆われた山脈の中がどうなっているのかを知る人はいなかった。

 つまり、まったく未知の世界に挑むことになる。

 リアルで見知らぬ高い山を地図も情報もなしに登るなら、それはもう自殺だ。

 しかしこれはゲームだ。そんな危険な冒険も楽しむことが出来る。


 最近はイベントのために用意されたルールの決まった試練にばかり挑んでいたから、こういう未開の地への挑戦は正直ワクワクする……!

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