Data.65 弓おじさん、神雷と流星

 俺の放った最初の弓は、ゼウスの左胸に命中した。

 電脳世界に現れた最高神といえど、形自体は人間と変わらない。

 無意識に心臓を狙って撃ってみたが……どうなんだろうか?

 HPゲージは見えない仕様だ。風雲竜とかと同じ超レアモンスター扱いなのだろう。


 とりあえず、心臓はそもそも高い位置にありすぎる。

 もっと下の方にある弱点を狙うべきだが……。

 相手は強敵だ。ためらっている場合ではない。

 俺は無慈悲にも股間を狙った。


 キリリリリ……シュッ!


 全年齢向けのゲームなので当然衣服に覆われているが、それでも何か当たれば気にするはずだ。

 神といえど男……。しかし、ゼウスは特に反応を示さない。

 好色で子どもも多いゼウスにとって、股間は弱点ではなくストロングポイントなのかもしれないな……。


 それにしても、ゼウスは少しずつ俺に向けて歩くだけで攻撃を仕掛けてこない。

 こちらとしてはありがたいが、不気味でもあるな……。


 ゴロ……ゴロゴロゴロ……


 雷鳴……!

 空はどこもかしこも黒い雲に覆われている。

 ゼウスがハッキリ見えるほど明るいのは、雷雲が常に稲光を起こしているからだ。

 そして今、その稲光の1つが地上へと落ちた。


 落ちたのは俺から少し離れた位置。

 だが、その爆音と威力の恐ろしさを知るには十分だった。

 ここにワープする前に見た巨大な黒焦げのクレーターが、そっくりそのまま出来上がっていたのだ。


 実際に食らってみないことにはわからないとはいえ、この感じだと電気が弱点であるガー坊どころか俺も即死しそうだ……。

 いや、前向きに考えるんだ。

 この雷の威力なら食らった時点で終わりだから、ガー坊の弱点を気にする必要はない。どちらにせよ死ぬ。


 それにこれで攻撃方法は判明した。

 ゼウス自身が巨体ゆえ動きがゆっくりである代わりに、天から雷を降らせて攻撃してくるのだ。

 正直あの巨体で接近戦を仕掛けてくるのが一番怖かった。

 飛び道具対飛び道具ならこちらも対抗できる。


 武器を持っていないことも助かった。

 神話上でゼウスは恐ろしい武器の数々を所有しているが、目の前のゼウスは白い布をまとっているだけだ。

 つまり、あの雷さえ何とかなれば……。


 とはいえ、落ちてくる雷を見てから避けるのは無理だ。

 注意すべきは雷鳴……ゴロゴロという音。

 さっきの落雷の前にも音はしていたが、少し遠く感じた。

 ゴロゴロという音が遠いと、落雷の位置も自分から遠くなる。

 ならば、近い時は近くに落ちるのだろう。


 幸いゼウスはデカいので矢を外すことはない。

 目よりも耳に意識を集中して、とにかく攻撃を続けるんだ。


「弓時雨! 裂空!」


 15分という制限時間がある以上、クールタイムが存在する奥義は早めに使わないと発動できる機会が減ってしまう。

 再使用が可能になったら、またすぐに発動することを忘れてはいけない。

 ただでさえ相手のHPが多そうで、俺の火力は足りていない。

 奥義をどれだけ発動できるかが勝敗を分ける。


 それはガー坊も同じだ。

 【オーシャンスフィア】や【赤い流星】【8連装ミサイル】などの強力な奥義から先に使っていく。

 俺は射程特化だが、ガー坊のステータスは攻撃特化だ。

 火力面で必要不可欠な存在なので大事に扱いたいところだが、今回ばかりは少し賭けに出る。

 ガー坊が一番火力を出せるのは間違いなく接近戦だ。

 なので、ゼウスの『足』に突撃させる……!


 ガー坊は空を飛んでいるように見えるが、実は浮いているだけでホバークラフトに近い。

 だから、あまり地上から離れたところには行けない。

 接近戦を仕掛けるには足を狙うしかないのだ。


 まあ、【オーシャンスフィア】発動状態のガー坊を蹴飛ばせるほどゼウスは素早くない。

 それにゼウス周辺には雷が落ちていないことに気づいた。

 灯台下暗し……とは少し違うが、案外危なそうな位置ほどガー坊には安全のようだ。

 しかし、それも【オーシャンスフィア】で海の中と同じスピードを得ている間だけ。

 効果が切れたら俺の近くに戻す。


 とにかく、こういうHPゲージというゴールが見えない敵と戦う時には、先のことを考えてはいけない。

 目の前の攻撃を避け、一発一発攻撃を当てることだけを考えるんだ。

 ゴールは見えないだけで存在する。

 マラソンだってゴールは見えないほど遠くだが、やることは一歩一歩足を前に出し続けることだけだ。

 そうすれば時間はかかってもいずれたどり着く。


「問題はそこまで生き残れるかってことだな……」


 落雷の位置はランダムっぽいので、ゼウスの機嫌次第で回避だけに集中しなければならない時もある。

 そうすると攻撃の手が止まってしまう。

 こればっかりは運次第。まさに神に祈るしかないってことか……。




 ◆ ◆ ◆




 視界の端っこに表示されている残り時間が3分を切った。

 俺もガー坊も生き残っているが、ゼウスも健在だ。

 しかし、その見た目には変化が起こっている。

 服がボロボロになっているのだ……。

 なぜ男の神にこういうシステムを搭載しているのかとツッコミたくはなるが、ダメージが通っていること自体は喜ばしい。


 だが、同時に攻撃の手も激しくなった。

 落雷の頻度が増え、同時に3つ落ちるようになった。

 さらに落ちた後、電気が爆発するようにスパークする。

 このせいで何発か体を電気がかすった。

 俺の場合は装備が魔防に優れているので、かする程度では致命傷にはならなかったが……。


「ガー坊! 戻れ!」


 【オーシャンスフィア】の効果が切れたガー坊を近くに呼び戻す。

 本当は効果が切れる少し前に戻さないと、ノロノロ移動することになって危険なのだが、俺も落雷を避けていたので命令が遅れた。


 ゴロ……ゴロゴロゴロ……


 音がかなり近いが、これなら少し後ろに下がれば当たらな……あっ!?

 ちょうど今、ガー坊が俺の方にまっすぐ戻ってきているところだ……!

 このスピードだと直撃する……!


 しかし、通常のフィールドにいる時のようにガー坊を引っ込めることは出来ない。

 ここが試練のための空間だから、何かしらの制限を受けているのかもしれない。


「ガー坊! ストレイトダーツ!」


「ガー! ガー!」


 あまり使わないガー坊の突進スキル【ストレイトダーツ】。

 これを連発すれば普通に泳ぐよりは速い。

 ガー坊はギリギリ落雷を避け……きれなかった。

 直撃は免れたが、落ちた後の爆発的スパークが体をかすめたようだ。


「大丈夫か!? ガー坊!」


 明らかに元気がなくなっているガー坊。

 かすっただけでもこの状態なんだ。やはり、電気はガー坊の天敵だ。

 すぐに回復アイテムを使ってガー坊のHPを回復する。


 残り時間は2分弱……。

 本来ならば奥義がクールタイムに入り、大した火力を出せなくなったガー坊は置いておいて、攻撃に集中すべきなんだろう。

 だが、無意識に回復を選んでいた。

 ユニゾンはキルされても失われるわけではない。

 蘇生すれば元通りだが、見捨てる気が起きなかった。


「時間は少ないが、さらにゼウスの服がボロボロになっている。ありがたくないが、ありがたい。最後まで頑張るぞ、ガー坊!」


「ガー! ガー!」


 ――ぴこんっ! ユニゾンとの『絆ポイント』が一定数を上回りました。『合体奥義』を解放します。


 アナウンスが脳内に流れる。

 『絆ポイント』ってなんだ?

 そんなポイントはステータスに表示されていなかった。

 まさか……マスクデータという奴か?

 プレイヤーには見えざる数値が……。


 その時、ガー坊がバラバラになった。

 『呆然ぼうぜん』という言葉はここで使うのか……。

 なんて考えている場合ではない!


「なんじゃこりゃあああああああああ!!!」


 バラバラになったガー坊が『風雲弓』と合体している……!?

 風と雲をイメージした空色と白色の弓が、赤と黒の装甲で覆われている!


 ――ぴこんっ! 新たな合体奥義【流星弓りゅうせいきゅう】を獲得しました。


 情報が多すぎる。

 ちょっと落ち着いて……いるような時間はない。

 残り時間は1分を切っている。

 ええい、物は試しだ!


「流星弓!」


 放たれたのは赤く輝く無数の矢。

 【弓時雨】の比ではないほど大量に、【裂空】に迫るほどのスピードで、矢がゼウスに殺到する。

 まるでガー坊の【赤い流星】の力が矢に宿ったように……。

 まさに流星……いや、流星群!


 残り時間はあと少し。もうこの奥義だけが希望だ……!

 雷が落ちてくることは考えず、ひたすら矢を放つ。

 体が自分の物ではないようだ……。あまりに早すぎて矢を撃つ腕の残像が見える。


 残り5秒、4、3、2、1……。


「……止まった?」


 残り時間がゼロを刻むことはなかった。

 ゼウスがしゃがみ込んだかと思うと、そのまま天へと跳躍し消えた。

 雷雲が消え去り、青空が顔を出す。

 勝った……のか?


『おめでとうだにょん! まさか本当に倒しちゃうとは思わなかったにょん!』


 チャリンが紙吹雪をまきながら現れる。

 電脳世界の紙吹雪はいくらまいてもカゴからなくなることはなく、地面に触れると消えるから便利だな……なんて、どうでもいいことが気になってしまう。

 他に気にすることがあるだろうに。


『生き残るとは思ってたけど、時間内に倒しきるには火力が足りないんじゃないかなぁ……と思ったら、まさかこのタイミングで合体奥義を獲得するとは! ビックリだにょん!』


 そうだ。ガー坊のおかげで俺は勝つことが出来たんだ。

 バラバラに分解されて装備と合体していたが、無事だろうか……。


「あれ? ガー坊がいないぞ?」


 引っ込んでいるのかと思ったが、再召喚も出来ない。

 ま、まさか……。


『合体奥義はユニゾンとの絆の力だにょん。発動後ユニゾンは力を使い果たしてしばらく行動できないにょん。普通の奥義で言うところのクールタイムに入るにょんね』


 強力無比な効果を発揮する分、発動するとしばらくの間ユニゾンの協力を得られなくなるのか……。

 手数で勝負する時は、普通に戦ってもらった方が良いかもしれないな。

 今回のように瞬間的な火力が必要な時には、本当に頼りになる切り札だ。

 後で詳しい効果をチェックしておかないとな。


 それにしても、本当にガー坊には助けられた。復活したらお礼を言おう。

 言葉は理解できないから自己満足かもしれないけど、それでもいいさ。


『ではでは、元のフィールドに再ワープ! ご褒美もそこで渡すにょん!』


 晴れ渡る草原から、黒焦げのクレーターの中に戻ってきた。

 さて、神を退けたご褒美はどんなものか……。

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