Data.64 弓おじさん、野獣の試練
隠し星座? 野獣の試練……?
迷宮の数は黄道十二星座と同じく12個ではないのか?
そもそも、おおかみ座ってどんな星座だ?
『おおかみ座はてんびん座の近くにある星座だにょん! だから、この迷宮も天秤迷宮の近くにあるにょんねぇ~』
なるほど、だから天秤迷宮から処女迷宮に向かう道を間違えた俺が偶然見つけることができたのか。
ながら歩きもたまには悪くない。リアルでは危険なのでやってはいけないが。
「ここの試練って……どういう扱いなんだろう?」
聞きたいことが多いものだから何から聞いていいのかわからず、漠然とした質問になる。
『おおかみ座は黄道十二星座ではないにょん! だから、この迷宮は『隠し迷宮』なんだにょん! 試練を受けても受けなくてもいいし、メダルも存在しないにょん! 最終の試練であるサーペント・パレスでの私との戦いにも影響しないにょん!』
存在したらカッコよかっただろうなぁ。
『あー! 露骨にガッカリした顔してるにょん! 気持ちはわかるけど、オマケ要素だから仕方ないにょん。流石に主役である十二星座と同じ扱いには出来ないにょん』
確かにここは他の迷宮に比べて殺風景だ。
他の迷宮はピラミッドだったり、射的場だったり、専用のダンジョンだったりと作りこまれているのに対して、野獣迷宮は黒焦げのクレーター1つしかない。
本当にオマケ要素なのだろう。
それに本筋である12の迷宮の出来が悪いと判断された場合、オマケが作りこまれている方がかえって非難されることがある。
どっちに力を入れているんだ……とか、あの星座の迷宮は手抜きだから実質おおかみ座が十二星座だ……とか。
最悪、迷宮の出来の良さで星座に順位をつけられ、NSOにおける『星座カースト』を生み出しかねない。
学校で下位の星座の少年少女がいじめられてしまう……ほどNSOがキッズのコミュニティに浸透しているとは思えないのでそこは安心だな。
ただ、掲示板では煽りあいだろう。大人も子どももゲームとなると大差はない。
まあ、実際の黄道十二迷宮はよく作りこまれていると思うので非難の声は聞こえない。
しかし、作っている側からすれば、作った物がどう判断されるのかは実際に出してみないとわからないし、悩むものなんだ。
『でもでも! メダルはないけどご褒美はあるにょん! それも通常の迷宮よりレアな物を2つプレゼントだにょん!』
「2つも!?」
『通常の迷宮におけるメダルのポジションをアイテムに変えてるんだにょん! 試練をクリアすればアイテムを1個プレゼント! 試練の中である条件を満たせばさらにもう1個という形だにょん!』
メダルの代わりにアイテムというわけか。
カッコいいとはいえメダルの役割はスタンプラリーのスタンプと同じだ。
集めることに意味があり、それそのものに効果はない。
だが、アイテムは違う。一見使い道がわからなくても、実装されているわけだから何かしらの使い道がある。
戦力強化の観点で見れば、貰えるアイテムが多い隠し迷宮は得というわけか。
「それで試練の内容はどんな感じになってるのかな?」
『試練を受けると決めたなら教えるにょん! この試練は正直難しいにょん。失敗すればデスペナルティは避けられないにょん』
「そ、そんなに?」
これまでの試練は受ける前にチャリンからの説明が聞けた。
あれのおかげで作戦を立てつつ動くことが出来たのだが……。
「どれくらい難しいか教えてくれない……よね?」
『うーん、クリアは出来るかもしれないにょんねぇ。でも、ボスがとんでもなく強いからなぁ……。時間内に倒しきれるかなぁ……』
ちらちらとこちらを見ながら、わざとらしくしゃべるチャリン。
これが彼女の精一杯のヒントだということはすぐにわかった。
俺の予想は……ズバリ、時間内生き残ることを目的としたバトルだ。
クリアは出来るかもしれないけど倒せるかわからないということは、倒すことはクリア条件ではないということ。
強いボスがいて、そいつから逃げて生き残ればクリア。倒しきれればご褒美。
死ななければクリアなのだから、当然失敗はデスペナルティを伴う死となる。
「せっかく見つけた隠し迷宮だし、挑戦もせずに逃げるのは俺の主義に反する。それにイベントの期間は長いし、一回くらいデスペナルティを食らっても問題ない。俺は野獣の試練を受けようと思う。お願いできるかな?」
『もちろんだにょん! さっきのはあくまでも忠告で、こちらとしては多少手抜き……じゃなくてシンプルな作りでも実装したものは誰かに遊んで欲しいにょん! では、試練の場にワープ!』
「……ワープ?」
今までの試練はダンジョンに入ることはあっても、ワープはなかったような……。
そんな疑問を抱いている間に、俺はだだっ広い草原に飛ばされていた。
草原での戦闘は割と経験があるが、今回は雰囲気が全然違う。
なんというか、2人のサムライが決闘を行うシーンに出てきそうな風の吹きすさぶ草原だ。
空は暗雲に覆われ、ときおり稲光が走る。
少し湿気を含んだ大気の匂い……雨が降りそうで降らない時のようだ。
明らかに危ない雰囲気の戦場だが、それより俺が気になったのは無数の犬たちがうろうろしていることだ。
ざっと数えても50匹近くいる。彼らは味方なのか……?
『おおかみ座のモチーフとなった人物リュカオンは、全知全能の神ゼウスの怒りを買い、狼に変えられてしまったにょん。またあるいは、怒りを買ったせいで一族を滅ぼされ、逃げ出したリュカオンがおおかみに変えられたという話もあるにょん』
「へぇ……知らなかったなぁ」
神話はゲームを作るうえですごく役に立つ。
もはや今の世の中だと欠かせないと言ってもいい。
どれだけ神々や歴史上の人物をモチーフしたキャラが生み出されてきたことか……。
先人への感謝は忘れてはならない。
敬意をもって扱えば、女体化も寛大な心で許してくれる……はずだ。
『私も今回のイベントに際して調べただけだにょん。神話って多いし複雑だし網羅できるものではないにょん!』
「全面的に同意します」
『さて! あなたはゼウスの怒りを買って狼に変えられたうえで殺されようとしているにょん!』
「二重苦だな……」
と、冷静に突っ込んでいると頭はむずむずしてきた。
触ってみると……犬耳が生えている!?
手足は……よかった。普通のままだ。
流石に手が犬になると弓が引けなくなる。
ゴリラは器用だから大丈夫だったが……。
『あなたはこれからゼウスと戦ってもらうにょん! そして、15分生き残ればクリア! ゼウスを倒せばご褒美だにょん! 難易度はソロ用になってるけど、そうそう勝てる相手じゃないにょん!』
強敵と戦う覚悟はしていたが、まさかよりによって雷の力を持つ最高神か……。
あの大きな黒焦げのクレーターは、雷が落ちた跡をイメージしてたんだな。
手抜きのようでしっかり試練内容を示唆していたわけだ。
ポセイドンの名を冠するモンスターとは戦ったことがあるが、あいつもとんでもない強敵だった。
ソロ用に弱体化されているとはいえ、本当に死を覚悟して挑まねばならない相手だな……。
『ちなみにこの犬たちは神話にあるリュカオンの50人の子どもだと思って配置したんだけど、そもそも狼に変えられたのはリュカオンだけなんだから、子どもたちは普通の人間のはずだにょん! 解釈違いだにょん! こうやって間違いも受け継がれて神話は増えていくにょんねぇ~』
誤訳で謎のモンスターが生まれてしまったという話は聞いたことがある。
人って案外適当だ。
『とにかく! この犬たちは味方だにょん! 勝手に戦うからデコイにでも使うといいにょん! では、野獣の試練スタート!』
チャリンの姿が消えると同時に、体が飛び跳ねるほどの地響きが起こる。
その原因はすぐにわかった。
天から巨大な神が降って来たのだ。
「ちょっと……デカすぎるかな……」
その顔が空に浮かぶ雷雲に隠れて見えないほどの大きさ。
これを今から倒せというのか……。それもソロで15分以内に……!
「ガー! ガー!」
そうだ。俺にはガー坊がいる。
決して一人ではない。それに犬たちも……。
ワンッ! ワンワンワンッ!
犬たちはゼウスの『足』に向かっていく。
巨大さゆえ、接近戦を仕掛けようとすると足に攻撃するしかないのだ。
だが、相手は神だ。足だって動く。
犬たちはどんどん蹴飛ばされて勝手に消えていく。
「…………」
『
また賢くなったな、俺。
「ガー! ガー!」
そうだ。俺にはガー坊がいる。
決して一人ではない。
でも、ガー坊って魚かつ機械だから電気がすごく苦手だったような……。
「……大丈夫なのか? これ、勝てるのか?」
ガー坊は言葉を話さない。チャリンはもうアドバイスをくれない。
だから自問自答する。
……大丈夫か?
「大丈夫だ!」
一喝。
自分に気合を入れ、俺は神に弓を引いた。
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