Data.3 弓おじさん、現実を知る

「はぁ……はぁ……! 待ってくれ~!」


 体が……思うように動かない!

 俺ってこんなに走れなかったのか!?

 女の子たちは軽快にモンスターを追い、ズバズバと退治しているというのに!

 若さか? 若さなのか!?


 そもそもゲームなのにリアルの運動能力が関係あるのか?

 それとも、単純に俺の運動神経が衰えていて体を上手く操作出来てないのか?

 確かVRゲームの中には神経の伝達からリアルの運動能力を測定して、結果が悪いプレイヤーにはすぐに息が切れたり動きが鈍くなったりするなどのハンデを与えることもあるとか……。


 このゲームがどういう仕様なのかはわからないが、とりあえず俺の体の動かし方はお気に召さないらしい。

 まあ、リアルでも運動なんてご無沙汰だったからなぁ……。

 元いた会社の社風が古臭いおかげで、毎日通勤時に歩く必要があったのが幸いだ。

 ネットを使った在宅勤務だったら、歩くことすらしんどかったかもしれない。

 いや、言い過ぎだ。在宅勤務の方、すいません。


「キュージィさん、そっちに敵行きましたよ!」


「はぁはぁ……任された!」


 向こうから来てくれるなんて良いモンスターだ。

 ウサギ型なんで、なかなか動きが速い。

 顔とか前歯のデザインがかなり凶悪なので倒すのに罪悪感はない。


「うおりゃぁ!」


 ブンっと片手剣を振るう。

 スカッと標的を外し、空を切る。

 ガブッと首筋を噛まれた。


「いてえええええええええ!!!」


 い、痛いぞ!

 本当に首を噛まれた時よりはマシなんだろうけど!

 それでも痛いは痛いぞ!

 いくらリアルな表現が求められる時代だからって、これは過激すぎる!


「ファイアボール!」


 首元に火の玉がヒットする。

 これは熱……くない!

 パーティを組んでいると、味方の攻撃は当たらないらしい。

 つまり、パーティの誰かが助けてくれたんだ。


「あ、ありがとう……」


「キュージィさんもしかして痛覚設定してないんですか? デフォルトはかなり痛い設定になってますよ?」


「つ、痛覚設定? やってないや……」


 すぐにウィンドウを開いて設定をいじる。

 今の痛覚設定で大体ゲージの7割あたりなのか!?

 これ以上痛くする理由はあるのだろうか……。

 聞いてみよう。


「痛覚設定って、高いことによるメリットってあるんですか?」


「うーん、なんか痛覚以外の感覚も敏感になってより精密な動きが出来るようになるって、上手いプレイヤーさんは言いますけど、私にはわかりません。でも、実際始まったばかりのこのゲームでも目立ってるプレイヤーさんはみんな最大値らしいですよ。おかげでイベントのランカーさんなんてみんな叫びまくりです」


「そ、そうなんですか……」


 や、野蛮だ……。

 最新の技術を使って野蛮だったころの人類に逆戻りしているとは……。

 いや、なんでも否定から入るのは良くない。

 良いところを探そう。


「でも、叫びながら戦うって、バトル漫画の世界に入ったみたいで楽しいかもしれませんね。私はやりませんけど」


「ふふっ、確かにそうですね。上手い人のプレイは本当にファンタジーでカッコいいんですよ。まあ、私もやりませんけど」


「じゃあ、痛覚設定を調整してもう一戦ということで……」


「いえ、キュージィさんには長い時間付き合ってもらいましたし、これ以上は申し訳ないです」


「え、まだ一戦しか……」


「ありがとうございました! またの機会に!」


 最後に回復魔法のようなものをかけてくれた。

 首の痛みはなくなったが、心が痛くなった。

 ここでも役立たずなのか俺は……。


 いや、最初の一戦だ。

 失敗することもあるだろう。

 痛覚設定を低めにして、鈍感になろう。

 人生、鈍感な方が良いこともある。


 また街に戻って、パーティに誘ってもらおう。




 ◆ ◆ ◆




 街に戻った俺を待っていたのは地獄だった。

 前衛職は難しいのではないかという気の迷いから『魔法家』に切り替えてみたところ、すぐに新たなパーティに誘われた。

 『魔法家』は早くからレベルアップにより回復魔法を覚えられるので、初心者パーティに重宝されているようだ。

 必要とされるのは気持ちがいい。


 ここまでは良かったのだが……。


「あのぉ、その位置で詠唱を始めると攻撃をもらうって……理解できませんか?」

「タイミングが遅いです。もっと早めの回復を心掛けてください」

「僕の言ったこと……覚えてますか?」


 そのパーティを仕切っていた少年風のプレイヤーにお説教を食らいまくった。

 まるで年下の上司に怒られる感覚。

 自分が無能だから悪いのだが、なんとも言えない屈辱感……。

 俺は自分からパーティを離脱した。


 やはり前衛職こそゲームの花形と思い直し、再びの『戦士』。

 キャラメイクがかなり良かったのか、またすぐに他の初心者パーティに誘われた。

 だが……。


「動き悪ぃなぁ!? 現実でもジジイなのか!?」

「空振りすぎだろ!? どこに目をつけてんだ!?」

「お前後衛職の方が向いてるわ! 前衛はやめとけぇ?」


 戦闘に入るとキャラが変わるヤンキーに罵倒されまくった。

 それだけではなく、システムにも馬鹿にされた。


 このゲームはレベルアップやモンスター討伐だけでなく、プレイスタイルによってスキルを獲得できる。

 俺はヤンキーと一緒に戦闘している時に【空波斬】というスキルを獲得した。

 剣を振る衝撃で風の刃を起こすという正統派な剣術スキルだが、この獲得理由が俺でも笑ってしまうものだった。


 ◆獲得理由

 『決死の素振り』

 戦闘中にもかかわらず素振りをし続けた。


 俺の真剣な攻撃は、ゲームにも攻撃と認識されていなかったようだ。

 ヤンキーは腹を抱えて大笑いした後にこう言った。


「でも、俺なら一生ゲームをプレイしても手に入らなかったスキルかもしれねぇ。やるじゃん、おっさん」


 馬鹿にされているのか、褒められているのか……。

 まあ、馬鹿にしてるだろうな。

 街に戻った後、俺はこのパーティも抜けた。

 オンラインゲーム……怖いよぉ……。


「おい、おっさん!」


「は、はい!」


「さっき前衛は無理って言ったが、後衛でも魔法職はやめときな! あれは楽しくねぇ。特に回復職は奴隷みたいな扱いだわ」


「はぁ……」


「射手でもやってみな! かなり不人気だが、後々化ける可能性もある。責任は取らねぇ! じゃあな! ゲーム辞めんなよ! でも、俺のパーティには来るなよ!」


 ヤンキーは言うだけ言って去っていった。

 根は悪い奴じゃないんだろうが、言葉が悪いなぁ。

 まあ、陰湿じゃない分オンラインゲームの世界ではマシと聞く。


 しかし、射手か。

 不人気らしいが、初期職三つのうちひとつだけ試さないというのももったいない。

 ヤンキーの言う通り俺にはガッチリ合って、俺だけには完璧に使いこなせるかもしれない。

 不人気職で大活躍、カッコいいじゃないか。

 よし、まずは射手のステータスをチェックだ。

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