第17話 アンジュ=サットンとお買い物②
口を開けばハンバーグが食べたいと言う私を無視して彼は地下にある変わった匂いの立ち込める店に入った。ここ数日何が食べたいかと聞かれるたびハンバーグと言って毎日ハンバーグを作らされていた彼は“ハンバーグが嫌いになりそうだ”とぼやいていた。しかし、まずそもそも私はハンバーグ以外の食べ物を知らない。
今日は私にメニューを渡すこと無く彼は注文をし終えた。
「ここは何のお店なの?」
「カレー」
彼は質問に答えながら、きょろきょろと落ち着きのない私をじっと見つめる。何だかまたドギドキしてしまう。
「な、なによ」
「なに見ても嬉しそうにするなぁって」
そう言って彼は見たことも無い笑顔を浮かべた。嬉しそうにしているのは彼の方である。どうして彼がそんな顔をしたのか私には分からなかった。
「しょ、しょうがないじゃない!見たことも無い物ばかりで楽しいのよ」
「やっぱり幼稚園児なんだな」
「幼稚園児って何よ⁉」
「0-6歳児の事」
「16歳よ!」
その後の言い合いで彼がそんな顔をした事実は吹き飛んでしまったけれど。カレーは正直辛かった。舌がひりひりして水を急いで飲む私を見て“幼稚園児にはまだ早かったか”と彼は笑った。悔しくて何とか全部食べた。
カレー屋を出た後は違う店でもう1セット洋服を買った。薄い水色のパーカーと黒いズボンを選ぶとお前は俺の真似しかできないのかと彼は満足そうにした。台詞と表情が一致していない彼を不思議に思った。
そして、今。
「お願いっ」
「いや面倒臭い」
私は、私が着ていた服と私が買った服を持つ彼に駄々を捏ねている。あのギラギラ光る店にどうしても入りたいのだ。表からでも沢山の機械があるのが分かる。こんな興味が引かれる場所に入りたがるなと言う方が無理だ。
「ねぇお願いよ」
ぐいぐいつないだ手を引っ張る。
「少しだけだからな?」
勝った。
中は外以上に素晴らしかった。沢山の機械と楽しげな音。
「これは何?」
「UFOキャッチャー」
「それは何」
「中のぬいぐるみを取るゲーム」
「欲しいわ!」
私の言葉にまた、ため息をつく。
“これから彼のため息の数を数えていくつ幸せが逃げていったのか数えようかしら”
なんて馬鹿なことを考える私から彼がパッと手を放す。怒ってしまったのかと思って急いで彼の事を見ると機械についている穴にコインを入れていた。チャラランと何やら楽しげな音が機械から聞こえると彼はコインを入れたすぐそばにあったボタンを押す。その顔は酷く真剣である。中にある不思議な形をしたものが彼の押すボタンに合わせて動く。二本の手のようなものが開いて中のぬいぐるみを掴み横に動く。端の穴に落ちる。次の瞬間にはしゃがんだ彼の手にそのぬいぐるみが握られていた。
「すごいわ!!可愛いわ!!ありがとう!!」
そのぬいぐるみを抱きしめる。そんな私を見て彼はフッと頬を緩ませた。その後は彼が写真を撮るものだと教えてくれた機械でここでもごね倒して写真を撮ってもらった。写真には絵が描けるみたいで描き方の分からない私は取り敢えず名前と楽しいとだけ描いた。それを見て彼はセンスがないなと言った。
「小腹が空いたわ」
「は?」
ゲームセンターを一通り巡ると小腹が空いてきた。
「マジで?さっき食べた…」
「マジよ!」
おそらく呆れているだろう彼の台詞を遮る。またため息をつく彼。二回目。そんな顔をされてもお腹が減ってしまうのは生理現象なのだから仕方ない。
「はいはい」
もう一度お腹を鳴らすと彼はがっくりと項垂れて私の手を引いてゲームセンターを出た。
そんな彼が私を連れてきたのはお城の一室みたいな場所だった。フワフワしていて可愛らしい恰好をした店員に彼は私用のケーキと自分用のコーヒーを頼んだ。
「これは…おいしすぎるわ!」
「よかったです。アンジュ姫」
しばらくして出てきた甘くってフワフワなそれに私は魅了された。頬っぺたが落ちるくらいおいしいってこのことを言うのかしら。
「ケーキも無かったのか?」
夢見心地な私に彼は不思議そうな顔をする。
「有ったわ!でもこんなにおいしいものではなかったわ!」
自分の世界のケーキも美味しかった。でもこのケーキとは天と地ほどの差がある。感動しながらよく味わって食べた。
ケーキ屋を出ると彼はあんまり遊んでると神社に寄る時間が無くなるから帰るぞと言った。もう十分楽しんだし、本来の目的は神社に行く準備をすることだったのでゲームセンターで取ってもらったぬいぐるみを抱きしめて、彼を見て深く頷いた。
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