第14話 アンジュ=サットンの冒険①
「っもう!!無理だわ!!」
彼がいないリビングで私は叫んだ。時刻はもうお昼時。目の前にはお湯の注がれたカップラーメン。そのカップラーメンを睨みつけながらつい数時間前に彼から言われたことを思い出す。
“絶対に俺がいない時は外に出るなよ?”
母の夢を見て一刻も早くこの世界からの脱出方法を探さねばと思った私は彼に、教会を探しに行こうと提案した。そんな私を一笑してから彼は“は?平日は昼間に学校があるから無理”と突っぱねた。
ここ数日で分かったことなのだが、彼は多分本当に私を幼児か何かだと思っているらしい。毎朝私の朝ごはんと昼ご飯を用意してから学校へ行く彼は、顔を洗ったかとか歯を磨いたか、から始まり付け加えて、食べる前にはちゃんと手を洗う事、誰かが来ても出なくていい事、もし鍵が開く音がしたら彼の部屋に入る事。などの決まり事を毎日毎日飽きもせず繰り返してくる。
そして今日。それらの小言に先程の台詞を付け加えてきた。まったくもって納得でき無かった。
なので私は考えた。“彼は昼間学校に行って帰ってこないし、朝彼が居なくなってからすぐに家を出て昼過ぎに帰って来れば彼にバレることも無い”と。布団を顔までかぶり、ほくそ笑んだのが昨日。そして、そんな私を見透かすかのように朝行ってらっしゃいと手を振っていると、目を細くしてそうのたまったのだ。
固まった。比喩ではなく。
どうしてばれてしまったのだろう。彼は読心術でも使えるのかと一瞬本気で思ったが、そんなわけないだろうと馬鹿げた事を考えてしまった自分を笑う。こうして気付けば昼時。もうタイムリミットは迫ってきている。
大体なぜだめなのか。平日、一人でこの周辺を探っておけば彼が休みの日に少し足を延ばした所まで探しに行くことができる。非常に効率的ではないか。
ピピピという高い音が一度私の思考を停止させる。胃を満たしていきながらこれからの計画を立てる。やはり、一人で探しに行くべきだろう。私の事を幼児だと思っているらしい彼はきっと私がこの辺で迷って帰れなくなることを危惧しているに違いない。私だってそこまで馬鹿ではない。この世界のものを何一つ使ったことがないから彼に頼り切ってしまうだけで、道を歩くことくらいならできる。今日出来ることを示せば明日から一人で探ることを許してもらえるかもしれない。
「よしっ」
一度気合を入れてから一人で外に出る事を決心して麺を勢いよく吸う。彼が帰って来たら一人でも外出できたことを声高に報告してやろう。幼児扱いも撤回させてやるのだ。食べ終わってからすぐに私は行動に移した。靴は少し大きい彼のものを拝借した。ここ二、三日外に出ていなかった私は外に出た瞬間あの煙たい空気を肺一杯に吸い込んだ。開放感。廊下を進めばエレベーターに突き当たった。
「困ったわ」
初めの難関である。これの存在を忘れていた。止まることは分かったが、これをどう操作すれば動くのか分からない。…確か彼は壁を触っていたわね…なんとなく彼の触っていた壁を見ると矢印が書かれた二つのボタン。これは簡単すぎる。下に行きたいのだから下を向いている矢印を押せばいいに決まっている。少し待つとエレベーターの扉が開く。そして、また困る。
「数字…」
中に入ると外よりたくさんのボタンが並んでいる。ボタンの一つ一つには数字が書かれている。
「待って…!私天才かもしれないわ!!」
小さな部屋の中で嬌声を上げる。下に行きたいのだから当然小さい数字を押せばいいに決まっている。1と書かれたボタンを押して少し待つ。するとエレベーターは下に下がり始めた。小さくガッツポーズをする。私だって彼に世話を焼いてもらわなくても一人で外出位できるのだ。ここに入ってきたときの様に数段の階段を下りて勝手に開く門を通る。ついでに門を観察してみたがやはり仕組みは分からなかった。
外に出ると目の前を大きな馬車が通り過ぎた。
「早いわ!!」
思わず大きな声が出る。この世界には私が知らないことがたくさんあるみたいだ。
「まずは右ね!」
知らないものをもっとたくさん見ることができるかもしれない高揚感から自然と声が弾む。まっすぐ進むと見たことも無いくらい大きな道に出た。早い馬車が沢山走っている。
「凄いわ!!こんな沢山の馬車は初めて見たわ!!」
見るものすべてが目新しい。以前町の中を歩いた時は周りの景色を楽しむ余裕もなかった。だから、こんなにすごいものが溢れていることに気が付かなかった。そうして目新しいものを追っていくうちに。
「どこなのよ…ここ…」
完全に迷った。新しいものに目を奪われていた私は数分前に本来の目的を思い出し、とりあえず彼の家まで戻って、一から教会探しを決行することにした。途中までは完璧に見覚えのあるものを追うことができていたはずだ。しかし、気付いた時にはもう見たことも無い建物に囲まれていた。
…ここは何処だ…
大体この世界の建物は似た見た目のものが多すぎる。目印にしていたはずの建物と同じものが突然違うところに現れたりする。
「あの建物さっきも見た気がするわ…」
背中に冷や汗が伝う。今は何時なのだろう。もう彼が帰ってきてしまっているかもしれない。
「か、帰りつけば大丈夫よ」
一人で呟きながら自分を納得させる。帰る事が出来る見込みは全く立っていないのだが。見たことのある気がする建物を追って行けばいくほど知らない場所に入り込んでいってしまう。初日はこの方法で元の場所に戻れたはずなのに。焦りだけが募っていく。それに比例するかのように辺りはどんどん暗くなって、歩くスピードも速くなっていく。見たような気のする建物が視界に入ればそこまで走って、見覚えのない道に出て、肩を落とす。それを何度も繰り返した。ぶかぶかの彼の靴がパカパカと上下する。
「あっ」
そう声が出た瞬間、私の体はバランスを崩して倒れた。
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