第9話 アンジュ=サットンの長かった一日②

彼が連れて行ってくれた食堂は、それはそれは素晴らしいところだった。


「す、すごいわ…これ全部ここで作っているの…?」


目が眩むほど明るい食堂はなぜかちょうどよい室温に保たれており、種類の豊富なメニューには圧倒される。


「ファミレスごときでそんなに喜んでもらえるなんて神田様は嬉しく思いますよ」


自分も精巧に描かれた料理の絵が乗せられているメニュー表をペラペラめくりながら彼は答える。知らない料理もいくつかあるがどれも美味しそうである。ここの中から本当にみんな料理を決めているのか?最早お腹がすいているという感覚のない私にとってはどれも魅力的で、あれこれと迷ってしまう。うんうんと唸りながらページの終わりまでたどり着いては初めに戻るという動作を繰り返す。


…決められない。


「ぶっ…」


そんな私を見て彼は吹き出す。彼には笑われてばかりである。


「何よ…」


メニューから一度目をそらし、彼を睨む。


「いや、悩みすぎだろ」


どうやらもう食べるものが決まったらしい彼はそんな私を見て、くすくすと笑い続ける。


「もう決まったの⁉」


何という事だろう。こんなに沢山あるメニューの中から彼はもう食べるものを決めてしまったらしい。


「もう食べたいもの全部頼めば?」


そう言って彼は机の端にあるボタンを押した。


「お待たせいたしましたーこちらハンバーグプレートのAセットになります。」


あのボタンを押した後、何故かすぐにやってきた店員は私たちの注文をとり、10分も経たない間に料理を運んできた。結局決めることができなかった私は慌てたすえに彼と同じものを頼んだ。


「それだけでいいの?」


早速、フォークに手を伸ばしながら彼は私に聞く。


「いいの。食べきれない量を頼んでももったいないだけでしょう?」


彼がフォークを取り出した小さな籠に私も手を伸ばしフォークとナイフを取り出す。


「ふーん、そういうもの?別に金なら払うのに」


机に肘をつきながらハンバーグを一口、口の中に放り込みながら彼は私を見る。その顔にはなぜか自虐的な表情が浮かべられている。その顔をじーっと見つめながら、昼頃のあの様子を思い出す。


“お前のいいところなんて、金持ってるとこしかねぇだろ?”


あの男は目の前にいる彼にそう言っていた。あれはどういう意味なのだろう。彼にたかるあの男たちが言うのはまだわかる。しかし、彼までもが自分の事をそうやって貶す理由が分からない。お金があるのは良い事ではないのか。


聞きたい…


その気持ちを自分の中に押し込む。なんとなくこれは彼にとっての地雷であるような気がした。せっかく打ち解けてきたのにまた、彼に距離を置かれるのはつらい。ただでさえ孤独なこの世界で得た協力者を失いたくなかった。


「肘をついて食べるなんてお行儀が悪いわよ?あと口に物が入っているときに話すのもね」


咄嗟に話題を変える。そんな私を見て彼はなぜかまた笑った。そうだなと呟きながら籠からナイフを取り出し、肘をついていた方の手でそれを器用に扱って食べた。意外なことに彼それの扱いに慣れているようだった。


そのあとは取り留めもない話をした。主に学校の事を聞いた。あの道は廊下と言ってリノリウムという素材で作られているということ。みんなが着ているのは制服で、学校に来るときはみんなこの服を着ないといけないという事。あの木の板はやはり黒板であるという事。私たちが廊下を通ったのはもう授業が終わったころで、あの時間はみんなが自由に過ごしているということ。


私がそんな時間まで勉強するなんて偉いのね


と驚くと、


彼は不真面目だからあんな時間まで残って勉強しなきゃいけないことになってんだよ


と言って笑った。

私が主に質問していたが彼も私に学校無かったのかよ?と一つだけ質問した。あるには、あるけど私は家庭教師に習っていたのと答えるとお前もぼんぼんかよと彼は呆れていた。

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