第6話 アンジュ=サットンの現状➀
「居るのかよ…」
その後も鐘が鳴るたびに出入りする生徒たちを見つめながら過ごした。三回目の鐘を最後に誰も出てこなくなってしまった事を疑問に思っているとちょうど図書室の扉が勢いよく開き、彼が来た。彼は私の顔を見るなり落胆した様子を見せる。人の顔を見てがっかりするのは少し失礼だと思う。
「何ですか?その顔は」
少しムッとしながら問うと、いや?と言いながら彼は手をそよがせた。
「それで、なんだったっけ?お前の話」
窓際に近い机の椅子を私の方に向けて彼は座った。それに倣って私も近くの椅子を彼の前にセットする。
「教会だっ…」
鞄を床に置いた後、私の方を向いた彼は突然言葉を切って顔を真っ赤にした。
「近いんだよ!!」
叫びながら思い切り床を蹴って椅子ごと後ろへ下がる。どうもその勢いで後ろの椅子にぶつかったらしい。衝撃が背中に直撃したのか痛いと唸りながら彼は背中を抑えた。
「だいじょ…」
「いい!!いいから!!座ったままでいてくれ!!」
そんな彼が心配になり彼の近くに寄ろうとする私を彼は制した。
「お前のせっ…状況を教えてくれ」
数秒背中を抑えたのち、彼は背筋を戻して私に話をするように促した。彼に私は丘の上の家で両親と暮らしていた事、昨日私は結婚式であった事、突然地面が割れて気付いた時には彼の上だった事、教会で結婚式を挙げていたので教会に帰ることができれば家へ帰る手がかりが見つかるかもしれない事を一気にまくし立てた。
「なるほど…」
私の話を聞いた後、彼は自分の中で整理するらしく、黙り込んだ。彼と同じように私も自分の状況を整理する。そうだ。私はあの時、地面の割れ目に落ちたのだ。結婚式から逃げ出したわけではない。最後に見た、婚約者の驚いた顔、そして私へ伸ばした手を思い出す。彼の手を握ることができなかったのはあの時なのだ。
「分からない…」
状況を整理し終わったらしい彼は呟いた。彼はまじまじと私の顔を見つめた後、
「まずそもそも、この街には教会なんてない。」
現実は現実だしな…そもそも探すなんて言われると困るし…とブツブツ呟く彼を見つめながら彼の言葉の意味を理解しようする。教会がない…?では、私は一体どこから来たというのか。一人で狼狽える私を置いて彼は話を進める。
「それに地面の割れ目に落ちたって言うけど、お前は俺の上に落ちてきたんだぞ?付
け加えてここは地中とかそんな素敵な場所でもない。」
彼は、次々と私の状況を否定していく。
「結婚式は…お前しか分からないことだとして、丘の上の家だっけ?もしかするとあ
るのかもしれないけれど、俺は知らない。大体丘なんてどこにあるんだよ…」
その後も目の前の男は淡々と否定を続ける。
「じゃあ…ここは一体どこ…?私がいた場所とは違う世界…?」
彼の言葉から推測できた現状に愕然とする。私の身に何が起こってしまったのだろう。まぁ、お前の設定から言うとな?と続ける彼の声なんてもう耳に入って来ない。神様の前でここから、あの結婚式から連れ出してほしいなんてそんな馬鹿げたことを祈ってしまったせいなの?私はこんなところに来たかったわけではないのに。夢なのかもしれない。いや夢であってほしい。この悪夢から目覚めれば、いつものベッドの上で。母が部屋に入ってきてあらもう起きてたの?と私に笑いかける。悪い夢を見たのという私を心配してベッドに近づき髪を梳く様に私を撫でる。リビングには新聞を読む父がいておはようと私に笑いかけるのだ。
「また泣く…」
彼の言葉から自分が泣いていることに気が付いた。夢であってほしいという私の願いとは裏腹に、頬を流れる涙の熱がここは現実であるということを突き付けてくる。
「お前…もしかして本当に?…いやそんなことある訳が…」
うんうんと唸りながら考え込む彼の顔を見つめる。
「な、なんだよ?」
私の視線に気づいた彼の顔がほんのりとピンクに色付く。椅子から立ち上がって、彼に近づき、その頬に触れてみると私のものより少し高い熱が手のひらへ伝わってくる。あぁ現実なのだと自分に否定しきれなくなった事実を納得させる。ここは私が元居た世界ではない。自分の足で知らない場所に来てしまったわけではないのだ。ここは私の知らない世界だ。地面の割れ目に落ちたとき神様がここに飛ばしたのだ。神様が与えてくれた運命を神様の前で、呪ってしまったから。ここには母も父もオリビアもそしてあの婚約者もいない。
「もうそろそろ離して貰っていいですか…」
彼の声でフッと現実に引き戻される。弱りきった声を出す彼の顔は真っ赤だ。私はどうも彼の頬に触れたまま物思いに耽っていたらしい。そしてその間、涙を流し続ける私を気遣って振り払うのを我慢してくれていたようだ。パッとそこから手を離すと彼はホッとしたように息を吐く。彼から離した手がすっと冷えていく気がする。もう少し誰かのぬくもりを感じていたい。そうでなければこの現状に絶望し、大声を出して泣いて、発狂してしまいそうだ。彼の前に座り込み床の木目に視線を向けながら、頬を離れた手を彼のそれに重ねる。いつもならこんな行動は、はしたないと絶対にしないだろう。しかし今日は“いつも”と違いすぎる。人のぬくもりを感じていたい、現実から逃避してしまいそうになる私をここに繋ぎとめていて欲しかった。
「お、おいお前…もしかして今まで話してきたこと全部本当か…?」
突然かかる彼の声に少しムッとする。だから本当だとずっと言っている。もう少し放っておいてほしい。私だって今その事実を飲み込もうとしているところなのだから。
「え…じゃあ…この状況まずいんじゃ…」
そう呟きながら彼は私の手をそっと自分から離そうとする。その行為の意図を瞬時に察して素早く私は彼の手を掴みなおした。
「お、おい」
焦る彼の顔を見上げるとやはり真っ赤である。それにしてもすぐに赤くなる人である。私より異性に免疫がないのかもしれない目の前の人物は、必死に私の手を振り払おうとしてくる。
そんなことさせてなるものか…ここが知らない世界だと分かった以上私が頼れるのは唯一私の話をちゃんと飲み込んでくれた彼だけだ。
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