5-2 「どうして駆逐艦に王女様乗ってるの?」「すまん、読み間違えた...」
常闇の夜。きらり月影が水面に映り、その上を駆ける人影を一、二、三つと照らし、更には闇の中、蠢く船体をも顕にした。
爆音が轟く度に、霧を貫通して漆黒の大砲玉が海賊船の胴体に真ん丸穴が刻まれていく
すでに幾十もの船が藻屑と化し、残るは両勢力の先鋭のみ。戦闘開始前の手の内読めぬ緊張感とは打って変わり、体力の底を覗き、身体を鞭打つ疲労感が甲板上の戦場を泥臭いものに変えていた。
はぁ、はぁ……。
帝国軍の駆逐艦の小さな鉄板の上、軍服ひらめかせ、少年兵は海賊から奪った剣を強く握りしめて敵の残存部隊を睨んで表現し難い感情を息で吐く。
こちらの船が鋼鉄船である以上、砲の撃ち合いでは有利なはずだ。だが縄で船同士を白兵戦状態に持ち込まれてしまっては、……認めがたい事実だが、場数の有利で相手に分があるよう見える。すでに足つけるこの甲板上に仲間の数は十もいない。しかし、相手はと言えば、ほら、また、
杭が船に打ち込まれた音。敵の白兵戦の狼煙である。
(狐音)
1メートル弱まで接近した敵船から多くの敵海賊が各々の得物を手に飛び移っていく。本来であれば看板際で撃ち落とすところだが、敵の先兵部隊により半壊したこの状況では不可能という他なく、数にして30ほど乗船を許してしまった。
数にして4倍以上の差、通念通りであれば投降が定石だろう。しかし、少年たちにそれは許されていなかった。
彼らの役目は「殿」、船の奥室に匿っている女子供が逃げるまで時間稼ぎをしなければならない。
(AffE)
「うわぁぁああああっ」
「おい、待て!」
制止の声は、飛び出した仲間には届かなかったらしかった。
「俺達は数で負けてる! 船室を守るように密集陣形を組むんだ!」
敵に飛び込んでいった少年――名前はカイルといったか――が斬り殺されるのが見えた。
「クソッ。早く!」
周囲にいた他の少年兵が扉の前に集まる。人数は5人ほど。みんな、不安そうな顔を浮かべている。当然だ。安全な航海のはずだったんだから。
「いいか。俺達は誇り高き帝国兵。なんとしてでも、生き残るぞ!」
その言葉は半ば以上自分に言い聞かせた言葉だったが、周りの仲間もなんとか頷いてくれた。
「もう大人たちは死んじまったぜ? 若い命を散らすもんじゃねえぞ? 俺だってガキの血で剣を濡らすのは本意じゃない」
どこまで本気なのか分からないそんな言葉を吐きながら、抜身のサーベルを下げた男が近づいてくる。その背後には何人もの手下を付き従えている。
「ふ、ふざけんな! お前がカイルを殺したのはしっかり見てたぞ!」
知らず震えだす身体を押さえ込んで、俺達は剣を握り直した。
「見てたんなら話が早え。てめぇらもああなりたくなかったら大人しく剣を下げるんだな」
「……」
「そうかよ。じゃあ、死にな」
「嘘だろ、そんなの、卑怯――」
男は左手で、銃を握っていた。
「生憎と馬鹿に付き合って怪我したくないんでな。自棄になったガキほど迷惑なものもそうはねぇ」
手下たちも同様に銃を取り出し、下卑た笑みを浮かべる。
「くそ、くそぉおっ」
「あ、待――」
隣にいた仲間が飛び出した。雄叫びを上げながら剣を振りかぶり、
「……おー、こわいこわい」
銃声と共に崩れ落ちる。
「あ、あぁ……」
「お楽しみは終了だ。とっとと片付けるぞ」
冷たい瞳で、海賊は硝煙の垂れる銃口を吹いた。
手下たちが船室の前の少年兵――今や4人になってしまった少年兵たちを照準する。
「いやだ、俺は、こんなところで負けるわけには……。俺は、誇り高き、帝国兵――」
「黙れよ」
瞳に涙が滲んだ。こんなところで負けて死んでいく自分が情けなかった。帝国兵になりたいと思ったのは。剣を握ったのは。
『誰かを守りたいと思ったから、なのですよね』
脳内に声だけが響いた。
「誰……?」
そのとき、背後の船室の扉が開いた。
「それ以上の戦いは自粛していただきましょう」
「な……」
少年兵たちばかりでなく、海賊までもが驚きに、あるいはその威光に、剣を下げた。
「カランダール帝国第二王女の名において、命じます」
真っ赤なドレスに身を包んだ、白皙の美貌の人がそこにいた。
(Specter.D)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます