5-1 平和の旗印
―――平和主義者とは何だろうか。
戦争を嫌う者、武力の撤廃を掲げる者を想像するだろうが総じて違う。
平和主義者とは「平和を目指し、維持する」者のことを指す。
そして、平和を成す手段の一つが武力であり、その過程が戦争だ。
そう、人は「平和」のために「戦争」をして殺し合う。
平和を目指し武力をもって戦わんとする者も、それを武力で迎え撃ち平和を維持しようとする者も誰一人例外なく「平和主義者」だ。
逆に武力の撤廃、軍事の縮小をうたう者は平和のための手段を奪う「非平和主義者」でしかない。彼らは兵器を「戦争の道具」と思っているようだが、兵器は「平和の道具」であり、その道具が多用される状況が「戦争」であるだけだ。そこを倒錯している。
つまるところ、真の平和主義者とは武力が、兵器が、戦争が大好きな人種なのだ。
―――そして、こうして「平和」のために有り余る暴力で人を殺めていく私もまた、平和の存続を望む生粋の「平和主義者」だった。
(AffE)
「我が望むは軍神の剣。我が欲すは戦王の槌。顕現せよ、破滅と暴虐――」
空が赫く染まった。曇り空に偽物の太陽を浮かべる。
目も開けていられない眩しさの中、よくよく見れば一人の少女が太陽を背にして宙に浮いている。その距離からすれば、自らの身体をすら燃やしかねないはず。
しかしその少女こそが、幼さを残した声で最後まで式句を垂れた。
「――『無差別広域炎熱放射』」
途端、太陽が爆裂する。
降り注ぐ火焔。地上に煉獄が出現する。地を這う兵士たちは、ぽっかりと口を開けて自らの死を受け入れるしかなかった。
(Specter.D)
軍神顕現。彼女の現る戦場にはその様が刻々と、そして確実に刻まれる。
ジャリ。彼女が王より賜った戦勝旗が焦土と化した不毛の地へと突き刺さる。旗には場には些か似合わぬ平和の象徴――神々しい鳩の模様が縫い付けられていた。
「相変わらず豪快快活絶好調の様子ですね、大隊長殿」
彼女の背後から軽装甲に特殊鉱石の瑠璃色を纏った――隊内の肩書では参謀がふさわしいだろうーー青年が焦げた石ころを蹴飛ばしながら近寄ってくる。
「女性に向かってその言葉のチョイスは如何様ですかね、リムさん」
豪快快活の部分に不服そうに頬を膨らませつつ、大隊長の座を背負いし少女――ユゥは返事を返す。参謀殿は彼女の言葉を全く意に介しはせず、崖っぷちに足を突き出して腰を下ろす隊長殿の隣へと失礼する。
幾ばくかの間を置いて、やっと会話の出だしが音になる。
「……戦争、長いですね」
出だし、ではなかった。終止符である……終わりなき戦争を憂いた会話の。
消費魔力の回復を待った数分後、参謀殿はおもむろに腰を上げる。
「長いって言っても、いつかは終わります」
隊長殿は、戦場の兵士にしてはつぶらすぎる瞳を真上の参謀のくすんだ瞳に向ける。
「人間ってのは、何事にもいつかは飽きてしまう生き物なんですよ」
少女の瞳は半信半疑に揺れる。そんな少女に、青年は手を差し伸ばしてニカッと笑う。
「それまで……がんばりましょう、お姫様」
少女はふふっと一回声を漏らし、差し出された手の上に華奢な手を滑り込ませる。ぎゅっと握って立ち上がって……野戦用のテントへと歩き出してしまう。
くるっと顔だけ振り返る。
「そんなことわかってます。早く行きますよ、リム」
その笑顔に、一瞬身動きを封じられた少年は、しかし、ものの数秒で失笑と共に我に返る。
「へいへい」
いつものお調子者の参謀殿である。
それから数時間の間だけ、その間だけは、彼らの間に談笑が絶えなかったそうである。
(狐音)
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