4 携帯電話

 携帯電話も進化したものだ。


 開発当初の物は「携帯」なんて名ばかりの代物だった。何キロもあるもんを持って歩けるかってんだ。鞄一個増設するようなもんだぞ。


 で、そっから独自に進化していってガラケーなんてもんが生まれて、スマホになって……なんであれはスマホって言うんだろうな? 「スマートフォン」なんだから「スマフォ」なんじゃねえのか? ……どうでもいいな。


 その後の革新はすごかったな。投影スクリーンがあんなに早く開発されるとは思わなかった。あれのおかげで小型化できたんだよな。……小さくなり過ぎて失くす人が続出したけど。


 ただ、機能を追い求めたのはあの辺が最後だったかな。あそこからは各会社が趣味に走り出した。


 最初に動いたのは例のリンゴの会社だ。自走して付いて来るやつを作ったんだっけか。たしか最高時速450kmだっけか。……何を想定してそんなことにしたのやら。その速度のためのターボエンジンのせいで手で持てなくなったんだよな。……携帯とは何なのか。


 次は……日本の会社だっけか。二番手以降はゾロゾロ続けてやってたから記憶が曖昧だ。自走型やらドローン型やらペン型やらハサミ型やら……そんなもん出されても覚えきれねえっつーの。


 ただ、アレのことは覚えている。またしても例のリンゴの会社だったな。あれが今の「ケータイ」を形作った。


 そう、あの会社は……人型のスマホを作ったんだ。……本当に、あの会社何を考えてんだろうな? ナニのことか?


(ノワール)




「ナニを見ているのですか? ご主人様?」


 僕の隣から少女の声が聞こえる。


 日本人ならざる銀髪の髪に、サーマルセンサーを兼ね備え変色した黄金の瞳。言わずもがな、彼女は人間ではない。


 今の社会となって出かければ一体は見かけるようになった彼女ら―――最新型スマホ『SSP(ショウジョスマートホン)』は僕らの世界に馴染んで久しいものとなっていた。


「また変なサイトにアクセスでもして、はぁはぁ言おうとしているのですか?」


(喜常)




 「流石の変態っぷりですねご主人様。本来なら今すぐにでもお暇を頂きたいところ、私は貴方の『SSP』。非常に遺憾ながら24時間365日あなたの傍に居なくてはいけない私ってなんて可哀そうな『SSP』なんでし―――だ・・・す・・・・・・てっ」


 「あ~またノイズか」


 そう、これだけのスマホを快適に動かすため無線LANの技術も進化した。


 「Parallel World Division Multiple Access(並行世界分割多元接続形式)」、通称「PWDMA」 。


 簡単に言えば並行世界で帯域を分割することで実質無限のデータ量を一瞬で送受信することが可能なシンギュラリティの一つ。しかし、並行世界を介するため、こういったノイズが時おり乗ってしまう。


(AffE)




「こうもノイズが乗るようだとお前を生産ラインに送り返さないといけないかもな?」


「ご主人様の趣味に毎日付き合わされるよりはその方がマシかもしれませんね?」


「ははははは」


「ふふふふふ」


 通信ツールを超えて情報検索ツールでもある携帯に美少女の姿を与えようとした開発者は、絶対に変態だろう。


 ―――いや、それともこういう事態を考えもしないほど純真だったのか。


(Specter.D)




「……まあ、私としましてもご主人様の自家発電中にノイズが混じるのは申し訳ない気持ちが無いとは言えなくもないような気がしなくもないと言いますか……」


「ちょ、おまっ! 事の最中は意識消しとけって言ったよな⁉」


「ええ、意識は消しているのですが、カメラに映ってしまった映像は記録されるのですよ。私としましても貴方の爪楊枝をメモリに残すのは自爆したくなるほど嫌なのですが……」


「いや消せよその映像! あと自爆ってなんだよ、せめて自壊だろ! あと爪楊枝言うな‼」


「すいません、ホームランバット(笑)と言っておきましょうか」


「鼻で笑いやがったなおい!」


 こんな会話を毎日繰り返している。……あきらかにスマホの使い方じゃねえよな。


(ノワール)




 スマホの本来の使い方ねぇ……ってなれば、やっぱりこれだよな。


「コール・山本」


「……急にどうしました? ご主人様(中二病)(笑)(嘲笑)」


「あのなぁ、カッコの中身は音声入力されねぇんだよ……てか仮にもスマートホンであるなら、電話の機能ぐらい不具合無しに起動してくれよ……」


 主人の情けない顔を見てか、スマホ(仮)は「わかりました」と心底不服そうに本来の役割を果たすために行動を開始する。


(喜常)




 「おーい、山本~?」


 「た・・・けて。誰か助けて」


 先ほどのノイズがさらに激しくなり、一つの言葉を紡ぎだす。それ明らかなSOSだった。


 次の瞬間、周囲の空間が、世界がずれ込んでいく。PWDMAの弊害事故である「世界歪曲」。巻き込まれたものは一人残らず行方不明になる非常に危険な現象だが、その件数は年に数件と稀で他人事だと思っていたが、まさか自分が巻き込まれるとは思ってもみなかった。


 「おいおいおいおい、マジか。助けて~」


 「ホント性欲だけは一人前なのに、男として腑抜けの極みですねご主人様。そんなご主人様でも助けるのが私の仕事なのですが、生憎私はケチなご主人様がオプションを外した低スペック『SSP』でして、対応する機能がありません。ご主人、自分の貧乏性を呪ってくたばってください」


(AffE)




「ふざけんなあぁぁぁぁああ#$&*@!」


 叫び声がノイズに塗れる。


「ちょ?*、ま$#、Q&*‘$」


 自分の声なのに何と言っているのか聞き取れない。視界が万華鏡のように分割される。


「ご主人様。失礼いたします」


 そんな中、背後から掛けられたのは憎たらしいスマホの声。


「D%#&?」


 軽量金属の骨格に人工皮膚を纏った手が、僕の両目を覆いつくす。


 激しい頭痛。


「はあ。でもなんとかしてあげますよ。私は―――」


 なぜかウインクするスマホの顔が脳裏に浮かんだ。


「ご主人様のスマホなんですからねっ☆」


(Specter.D)

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