3 鶏とちからこぶ

 鶏、その言葉を聞いて、あなたは何を思い描くだろうか?


 羽根が白く、トサカは赤く、飛ぶことはせず、鳴き声はコケコッコー。……まあ、ざっとこんなところだろうか。


 さて、それを踏まえた上で、これを見ていただきたい。


 羽根は銀色、角は朱、四枚の羽根を持ち、その咆哮は二つ隣の村まで聞こえるという。


 ……それは鶏ではなく似ワトリとかそんな類のナニモノだ、と言うだろうか?


 それには大いに賛同する。俺もまったく同意見だ。


 だが、そんな見た目はどうでもいい。まったくもってどうでもいい。


 一番の問題は


「ゴォげゴッ後―!!!」


 その謎生物がひたすら俺を追ってきてるってことだ。


 ああ、なんでこんなことになったんだっけなぁ……。







 異世界転移、その言葉を聞いて、あなたは何を思い描くだろうか?


 魔法最強、魔獣上等みたいな世界に行った主人公が、チートスキルやら何やらを駆使してヒャッハーする。……まあ、ざっとこんなところだろうか。


 さて、それを踏まえた上で、これを見ていただきたい。


 スキル、何それ美味しいの? 魔法、何それどんな物? 魔獣、今まさに迫ってますよ?


 ぶっちゃけて言ってしまえば、異世界転移に必須と行っても良いスキルやら武器やらその他諸々を全部抜きにして、生身のままどっかに放り出された一般人がこちらです。


 ……いや、そもそもここが異世界なのかどうなのかとか疑問は残るところだが、そんな考え事をする余裕は無い。


「ごルゥグゲぐぉっ五――!!」


「いやそれそろそろ鶏要素カケラもくなってるよな!?」


 ついツッコミを入れてしまったものの、そんなものがこの鶏(?)に通じるはずもない。


 まあ、声はデカイし角もあるが、正直見た目ほど怖い相手じゃなさそうだ。わりと足遅いし。


 いや、まあ、それでも足止めたら殺られそうなんですが。


「cxぜおふぇうぃfj!!」


「お前やっぱり鶏じゃないんだろそうなんだろ!?」


 そろそろ名状しがたい何とやら、とかそんなナニかにジョグレス進化しそうな鶏(疑惑)から、俺はひたすら逃げ続けた。


(ノワール)




「あqswでfrtgyふじこlp!!」


「それ最早どういう発音してんだよッ!」


 逃げながらツッコむ胆力を誰か褒めてほしい。と、その願いが通じたのだろうか。


「ち・か・ら・こ・ぶっ!」


 謎の掛け声である。


 突如としてすっ飛んできた大剣が鶏(?)の首を刎ねてそのまま俺の頭のてっぺんを掠め、そこらの大木に突き刺さった。


 ちょっと待て、なんか不穏な音が。


 ―――メキ、メキメキ。


「うおああちょっと待てその木樹齢一〇〇年は行ってそうな太さなんですがあ!?」


 高さ約一五メートルはあろうかという木が俺に向かって倒れ込んでくる。


「あああああこれは異世界転移リセットマラソンコースですかあああああ!」


(Specter.D)




そうして俺の異世界リセマラが始まった。でも、それはリセマラというより…


「gdじぇdkg―」


「またお前かよ。ちくしょー」


ループと言った方が近くて、


「ち・か・ら・こ・ぶ」


この掛け声と同時に大剣が鶏(偽)の頭を切り落とし、


―――メキメキメキ


こうして大木に潰されるまでが一セットだった。


「なんだよこの嫌がらせ!さっさと元の世界に帰してくれよ神様〜」


あまりの理不尽に思わず神頼みだってしたくなる。


すると、


「帰りたいならあなた自身の力で鶏(神の化身)を倒しなさい。そうやって偶然に頼ってるようだから腰抜けのままなんですよあなたは」


 と、ありがたい御言葉と罵倒が天から響いてきた。


(AffE)




 何をすべきかは分かったが、どう考えても自力で倒せるとは思えない。


 神というより悪魔か何かに近いのではとも思える。


 取り敢えず辺りの確認だ。周りは巨木だらけだった。どこから大剣が飛んできてもこの巨木のどれかに当たるだろう。あの「ちからこぶ」が現れるまでにあの鶏(悪魔の化身)を倒さなければならない。


(ミヤ)




「ち・か・ら・こ・ぶッ!」


「またお前か!?」


 森の木々の間を大剣の風切り音が木霊する。


 ―――メキメキメキ。


 木々の折れる音。


「やった!」


 木々の折れた位置は遠い。とてもじゃないが、俺には当たらなーーッ!?


 キラリ閃く白鋼の刃。木々を砕き、巨大な刃が直線軌道で向かってくるではないか!!


 ブツリ。文字通り意識切断される音が耳に届いた。


 俺は、最後の瞬間、目を閉じた。




「またですか?」


 無慈悲な神の声が響く。


「また、あなたは心を閉ざしたまま、自分の終わりを認めてしまうのですか?」


 俺の血流が再びく熱を生成し、死んだはず、死んだと思っていた身体の右拳に、僅かばかり、いや、もっと……飛んできた大剣を持てるほどの力が宿る。


 ―――俺はまだ、!!


 近くには殺す対象を見失った。俺の手には、一筋の刃。


 ―――さあ、力を鼓舞しなさいッ!


 そう、神はいつでも俺を応援していた。


 ―――故に、ち・か・ら・こ・ぶ!


 最後の力は確かに大剣を持ち上げ、ヤツの首根をかいた……気がする。




 ***




「うわッ!」


 ベッドから寝ぼけ、頭蓋骨を強打する。


 俺の視界には、巨大な鶏も、大剣も、あの声も聞こえない。


「……ちからこぶ……か」


 拳を握り、放す。


 昨日よりも、会社をクビになったあの日以来落ち込んでいた自分とは思えないほど、力が握りしめられる。


 そう、神だって応援しているんだ。鶏も殺せたんだ。もう、恐れない。


 そう自己暗示し、新しい道を探すため、引きこもった自分の部屋の扉を開く。


 ―――ち・か・ら・こ・ぶ。


 人間の誰も応援してくれないかもしれない。けど、神の一人くらいは、あなたを応援している……のかもしれない。


(喜常)

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