2 脚フェチ
降りしきる雪が街を白く染めている。道行く人は寒そうに外套の襟を立てて家路を急ぐ。蝙蝠傘に積もっていく雪を、ぶるりと揺すって振り落とす。
「さっむ」
吐く息は白く、塊になって宙に消えた。
史上稀に見る大雪に見舞われたのは、十一月のことだった。それから一か月以上も雪を降らせ続けている灰色の雲は、いったいどこからやってきているのか。
まあ、僕には考えたところで詮のないことだ。
(Specter.D)
今僕がいるのは都心の高層ビルのしゃれたレストラン。窓際の席に陣取り、降りゆく雪を、降られる人々を見下ろしていた。
(AffE)
そんな僕を、理不尽な暴力が襲ったのはその瞬間だった。
「隙ありゃぁ!」
背後からの一撃。情け容赦のない、まさに必殺の一撃だ。
さて、ここで思い出してほしい。ここが何処であるのかを。
ここは高層ビルのレストラン。しかも吹きっさらしになっている、眺めも危険度もマックスのレストランだ。
そんなところで攻撃をもらえばどうなるか。
「あっぶねえ!」
当然、窓から落ちそうになるわけだ。
「いや、シャレにならんぞてめえ! 本気で死ぬとこだったわ!」
「はっはっは、油断してる方が悪いんだよ」
「クリスマスに、恋人をレストランで待ってて、急に攻撃されること予想するやつがどこに居る⁉」
「ここに居る!」
「断言しやがった⁉」
さて、そろそろこいつの紹介、ついでに僕の紹介もしておこうか。
(ノワール)
彼女の名前は、
そしてこの僕は、今見下ろす街の掲示板に貼ってある広告を見ればわかるだろう。
そう、僕の名は—
(喜常)
(ミヤ)
* *
突如として襲い来る蹴撃がまともに入った。
「ガっ」
もんどりうって頭から地面に突っ込んだ。
視界が真っ赤に染まる。額から流れ出した液体が瞳に入り、―――ふと、気づく。
その液体が血液と似て非なる色彩であるということに。いささか赤というには黒々としすぎている。
頭が割れているはずなのに、奇妙に意識はしっかりとしている。
真っ赤に染まったと思った視界をよくよくみれば、アルファベットと数字が組み合わさった文字列であると読み取れた。
(Specter.D)
自身が人間でなかったという驚きと恐怖が頭を埋め尽くす。誰にも相談できない、かといって自分一人では抱えきれない秘密を知ってしまった僕はただその場に立ちすくんでいた。
「えーと、RS88? 違うか。“米君”であってる?」
それが稲との出会いだった。
稲は僕のパートナーとして、アンドロイドの先輩として、僕の面倒を見る係として、ある”機関から派遣されたと語った。
(AffE)
「あの時から、なんでお前は僕に蹴りを入れてくるんだよ……」
「そこに背中があるからさ!」
「いい笑顔で、カッコいいセリフ風に言うんじゃないっ!」
「じゃあ、愛の鞭ってことで、どうか一つ」
「お前、愛の鞭って意味分かってるか? 純粋な攻撃力のことを言ってるんじゃないんだからな?」
「えー、そんな難しい話はもういいよ」
「いや、別に難しい話じゃないだろ……」
一か月以上一緒にいるが、いまだにこいつの性格が掴めない。
初対面で蹴りをかましてきて、そうかと思えば世話係で、しかも謎の機関から派遣されてて、他にも挙げればキリがない。
「本当に難しい話ってのは、この雪のこととかだろ。一か月以上も降り続くなんて、普通に考えてありえないだろ」
「え、そんなこと? 別に難しい話じゃないでしょ」
「……え?」
「というか、ホントに気づいてなかったの?」
どういうことだ?
(ノワール)
彼女は少し力む。すると、彼女の服の隙間から白く輝く粒子が噴出される。
彼女曰く、アンドロイドの汗らしい。機械の体の稼働レベルを一定以上に引き上げると、どうしても出てしまうらしい。
--アンドロイドの生産規制の緩和に関する法律、つまりアンドロ法が可決して一か月がたちました。
(喜常)
現在、地球上には100~300体程度の人間に紛れ込んだアンドロイドが存在すると推測されています。
彼らは自分がアンドロイドであることを認識していません。今後の対応について政府は――
「それで、そういうアンドロイドはどうなるんだ?」
僕にとって、一番の問題はそこだ。
「今のところは不明。ただ、決定されるまでは様子見、そのまま誰にも知られないようにしてちょうだい。貴方や私、RSシリーズは少々厄介な状況になっているんだから」
(ミヤ)
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