けもの(2の1)
休日の昼、僕は目を覚ました。寝ぼけたままの頭で自分の部屋の下のコンビニに遅めの昼食を買いに財布だけを持ってベッドから立ち上がったそのままの足で玄関に歩き出した。居間を抜け、廊下を歩き、あ、何か踏んだ。まあいいか、玄関でサンダルを履いてドアを開けた。少しだけ肌寒かった。
階段の方から廊下を歩いてきた人が僕に手を挙げた。僕は条件反射的に
「おはようございます」
と言っていた。手を挙げた人は手を下げ、呆れているようだった。
「もうとっくにこんにちはの時間でしょ」
眠気で薄開きの目を瞼をこすってから開けて見ると声と手の主は隣の隣の部屋の吉城さんだった。
「ああ…もうそんな時間ですか、こんにちわ」
僕がそういうと吉城さんはさらにあきれたようでため息を吐いた。
「…全く20そこらの男がこんなだらしなくてどうするの」
あなただって20代でしょ、と思ったが言わない事にした、が顔に出てしまったようだ。
「まあまだ24だけどもねそういう事を言ってるんじゃなくて まあもういい」
「ともかく、そんな今起きましたって感じ丸出しの格好でどこ行こうって言うのよ」
確かに良く考えたらくずれた寝間着に目やにのついた目に多分感覚的に寝癖でぼさぼさの頭。まあ今起きましたって感じ丸出しだなあ、と納得した。
「いや、ちょっと遅めの朝食…?いや、早めの昼食か。を買いにコンビニに行こうかと」
そう言うとまた吉城さんはため息を吐いた。
「弁当でしょ?またそんな不健康なまったく」
ちなみに吉城さんの下の名前は佑香さんだったと思う。
「もういいわ。うちに上がりなさい。昨日の残りの味噌汁と肉じゃが食わしてあげる」
吉城さんもとい吉城佑香さんはこういう感じでよく僕に親切にしてくれる、というか世話を焼いてくれる。
「結構ベタなメニューですね」
「そう。いらないのね」
「いりますいりますすいません」
またため息を吐いた。
玄関を跨いだ。
「お邪魔しまー…ふわあ」
欠伸が漏れる。だって今さっき起きたばっかだもの。
「…もしかしてまだ寝ぼけてるの?」
…だって今さっき起きたばっかだもの。なんか口にしたくなかったので頷いて答えた。
「取り敢えず顔洗ってきなさいな」
そういって吉城さんはタオルを投げた。
「いやうちで洗ってくるから大丈夫ですよ」
「いいわよ。面倒でしょ」
確かに。洗面所に歩を進めた。
顔を洗って居間に行くと既に食事は用意されていた。
「あーあー、気付いてないの?」
?
「肘よ肘。」
言われて見ると寝間着のスウェットの袖が濡れていた。洗面所にタオルをとりにUターンする。
「あなた顔洗うのも苦手なの?手を動かして洗ってるでしょ。顔に手を持ってくんじゃなくて手に顔で迎えに行く感じでやればそうはならないよ」
「なるほどなあ」
感心しつつ腕を拭き濡れた袖を捲って吉城さんの人柄が表れたように清潔さで中途半端に生活感のある洗面所を後にした。
去り際に見た鏡に映る僕の水分を含んだ顔は普段の8割増しのイケメンに見えた。けど他の人からしたら何も変わらないんだろうなあ、なんてことを考えながら低いテーブルの脇に腰を下ろした。
「今、あなた何か考えてたでしょう」
ぎくり、とした。その次の刹那この表現古いかなあ、と思った。
「そりゃあ人間ですもの。常に何かしら考えて生きてますよ」
何となく誤魔化してみた。僕が下手くそながらに顔を洗ってる間に温めたであろう味噌汁と肉じゃがとほんのりと白米の匂いが僕の鼻腔を通って食欲を刺激した。
「あなた考え事するとき目を瞑りながら斜め上を向くのよね」
何と。言われてみればそんな事をよくしているような気がしてきた。
「正直分かりやすいのよあなた。で?何考えてたの。」
「いやまあしょうもないことですよ」
「でしょうね」
でしょうねって酷いなあ…。
「いや顔洗った後の鏡に映る自分の顔ってイケメンだなあって。」
「ふふ…何それ」
「でも他人から見たら何も変わらないんだろうなあって、思いました。」
「何だか小学生低学年の作文みたいな口振りね」
吉城さんはお話が結構好きで喋らせてくるが結構感想が辛辣だ。
「だからしょうもないことだって」
「言い方がね。内容は興味深いわね」
「興味深いですかね?」
「私はあまりそういうこと感じたこと無いなあ。なんだろう。」
そう言って僕の顔をまじまじと注視してきた。僕はご飯の匂いでお腹が空いてたので早くいただきますをしたいという思いしかなかった。5秒程顔を見たあと少し笑って、
「ま、洗う前よりかはマシだけどその程度ね。」
そう言った。ちょっと傷付きかけた。
「あの、もう食べていいですかね。」
痺れを切らして僕は言ってみた。
「ああ、そうね。ちゃんと作った私とお百姓さんに感謝するのよ。」
吉城さんは意識が高いのか低いのか育ちが良いのか、お母さんみたいな事を言う。あと、食事中のお喋りは許さない。そしてお喋り好きな割には友達は多くないらしい。僕もそうらしいが同年代以外にはウケるタイプらしい。
茶色い可愛気のない箸を手に取って、目の前の女性に遠い地の農家さんに所在も存在の有無も知らぬかみさまに感謝を祈るために僕は掌(たなごころ)をあわせる。
「いただきます。」
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