第6話 絶望の牙 2

「……最悪の気分だ」


「同感です」


 そして惑星ジークスに降り立って極秘任務についているレヴィアース・マルグレイトとオッド・スフィーラは不快極まりない表情でそう呟いた。


 彼らは地下闘技場にいた。


 亜人の生き残り、子供の生き残りを探す為だった。


 上官達がジークス政府や軍と連合加盟の手続きをしている間に、レヴィアース達は加盟に必要な調査という名目で自由に歩き回っていた。


 立場はエミリオン連合の方が強いので、ジークス側に拒否する権利は無い。


 それでもこっそりと動いているのは、彼らが隠したがっている後ろめたい事実も掴むことを目的としている為だ。


 そうやって交渉を有利に進めようとしているのだろう。


 隠密行動が基本だが、仮に見つかったとしても、堂々としていればジークス側は引き下がるしかない。


 その強みを最大限に活かして、レヴィアース達は子供達を闘わせていたという地下闘技場の方に足を踏み入れていた。


 そしてそこで目にしたのは、百人以上の子供の死体だった。


 血は一滴も流れていない。


 だけど彼らが死んでいることは明らかだった。


「恐らく、この首輪に電撃が仕込んであったのでしょう。囚人に対するものと同じ仕組みです」


「こんな子供にそこまでするとはな……」


「子供と言っても亜人ですからね。その身体能力は侮れません。銃殺よりもスイッチ一つで始末できるこちらの方を優先したのでしょう」


「………………」


 理屈は分かるが不快であることに変わりは無い。


 確かに狙いを定めて撃たなければならない銃では、避けられる可能性がある。


 亜人の身体能力であれば、弾丸を避けながら接近を成功させ、返り討ちに遭う可能性も否定できない。


 彼らはそう考えたのだろう。


 そしてそれは正しい。


 その身体能力があったからこそ、亜人達は技術で大幅に劣っていながらも、ここまで抵抗することが出来ていたのだから。


「上は死体でもサンプルを欲しがるかな」


「欲しがるでしょうね。ここまで綺麗な死体ならば尚更」


「気が進まない」


「ならば無視すればいいのでは?」


「え?」


「俺たちが受けた命令は『生き残りの確保』ですからね。『死体の回収』までは命じられていません。上が欲しがっていると分かっていても、命令に含まれていない以上は無視しても問題ないでしょう」


「それもそうか。しかしこのままにしておくのも可哀想だけどな」


「そこは割り切ってください。どうしようもないことです。俺たち個人の意志で彼ら全員を埋葬することは出来ませんし、そんな目立つ行動を取ったら、死体の回収をしろと追加命令をされかねません」


「だよなぁ……」


 それは嫌だった。


 野晒しの死体になってでも、このままの方がマシだろう。


 生きている間に地獄を味わい続け、死んでからも身体を弄くり回されるのは遠慮したい筈だ。


「仕方ない。ここは放置でいいか」


「ええ」


 レヴィアースとオッドは軽く話し合いながら、その場から立ち去ろうとした。


 しかしその直後、レヴィアースの背後から黒い影が襲いかかってきた。


「大尉っ!?」


 オッドが驚きの声を上げた時には、既に遅かった。





 マティルダはじっと息を潜めていた。


 動けるようになるまでもう少し。


 身体の痺れは徐々に取れてきている。


 もう少しでここから逃げ出せる。


 それまでは死体のふりをしていなければならない。


 そうしなければ生き残れないと理解していた。


 動けるようになったら、念の為にトリスのことも見ておこうと思った。


 他の仲間は駄目だが、トリスだけならば生き残っている可能性もある。


 そうでなくとも、蘇生できる可能性は残っている。


 あそこまで嫌っていた相手にそこまでしようという気になったのは、やはり彼の本心を知ったからだろう。


 強かったのではなく、弱かったからこそ助けたかった。


 辛い記憶から逃げる為に、仲間を助けようとした。


 そんな弱さと脆さが、マティルダにとっての安心となったのだ。


 彼も自分と同じように足掻いているだけなのだと分かったから。


 だからこそ、生きているのなら助けたいと思った。


 合理的な判断としても、一人よりも二人の方が生き残りやすい。


 だからトリスには是非とも生き残っていてもらいたかった。


 そうやって息を潜めていると、新たな人間がやってきた。


「?」


 ジークスの軍人ではない。


 着ている服が違う。


 どこか別の場所から来た軍人だろうか。


 服の種類からして、軍人であることは理解出来る。


 つまり、敵だ。


 マティルダはじっと息を潜めて、彼らの様子を監視することにした。



「……最悪の気分だ」


「同感です」




 二人はどうやらこの状況を見て悲しんでくれているらしい。


 この発言からもジークス側ではないことは確認出来た。


 ならば助けを求めてみるのもありだろうか。


 すぐに行動を起こしたりはしないが、一応は選択肢の一つとして加えておく。


 判断するにはもう少し情報が必要だ。




「上は死体でもサンプルを欲しがるかな」


「欲しがるでしょうね。ここまで綺麗な死体ならば尚更」




 ……助けを求める判断は撤回。


 間違いなく敵だ。


 彼らはサンプルと言った。


 ならば死体よりも生き残りである自分ならば尚更貴重な筈だ。


 見逃す理由が無い。


 ここで生体反応を調べられたりしたら、マティルダは見つかってしまう。


 警戒されて攻撃を仕掛けられるよりも、油断している間にこちらから仕掛ける方が確実だ。


 マティルダはそう判断して、いつでも飛びかかる準備をする。



 その後の会話は耳に入っていない。


 極限の集中状態を維持している為、外部の会話が耳に入ってきても、認識は出来ないのだ。


 手足の状態、筋肉の状態、自分の身体の状態をすべて把握する。


 戦闘を行う分には支障が無いことを確認して、マティルダは赤い髪の男へと飛びかかった。





 いきなり背後から飛びかかられたレヴィアースはぎょっとした。


 驚いて銃を抜こうとしたが、それを見抜いていたマティルダは瞬時の判断でレヴィアースの手を蹴る。


 そして銃がレヴィアースの手から離れた。


「ぐっ!」


「………………」


 このまま、殺せるっ!


 レヴィアースはマティルダの倍以上の体格なので、格闘戦だけで殺そうと思えば急所を的確に攻撃するしかない。


 刃物が無い以上、肋骨に守られている心臓は狙えない。


 ならば比較的柔らかい首を狙う。


 呼吸を止めればすぐに殺せるはずだ。


「やべっ!」


 マティルダの身体能力に圧倒されたレヴィアースは、自分が殺されることを覚悟した。


 獣のような敏捷さで動き回る目の前の少女に、自分の反応が追いつかない。


 レヴィアースも軍人として格闘訓練は受けているが、戦闘機操縦と違って、こちらはそれほど優秀ではない。


 並程度の腕前なので、常人よりは優れているが、超人的にはほど遠い。


「っ!!」


 しかし首を絞められる直前でマティルダの身体が仰け反った。


 このままではレヴィアースが危険だと判断したオッドが、咄嗟に少女を撃ったのだ。


 自分の上に倒れ込んだマティルダを見て、レヴィアースは唖然とする。


 こんな少女に襲いかかられたのか、というショック。


 そしてこんな少女があれほどの戦闘能力を発揮したのか、という恐怖。


 目の前に倒れた亜人の少女を見て、レヴィアースは対処に迷う。


 しかしレヴィアースを守るべきオッドは迷わなかった。


「オッド!?」


 オッドはそのままマティルダに近付いて、銃口を頭に押しつける。


「よせっ!」


 レヴィアースは慌ててオッドを止めた。


 そうしなければオッドはマティルダを殺していただろう。


 優先順位のはっきりしているオッドは、こういう時に迷ったりしない。


 それが分かっているからこそレヴィアースは慌てた。


 危険だと分かっていても、オッドにこんな幼い少女を殺させるようなことはさせたくなかった。


 生き残っていたら、こっそりと助けたいとすら考えていたのだから。


「大尉。どうして止めるんですか? その子供は貴方を殺そうとしました。生かしておいたらまた襲いかかってくるでしょう」


「いいからやめろ。命令だ」


「………………」


 オッドは渋々銃を引いた。


 上官命令だから、という訳ではない。


 レヴィアースを本気で怒らせることは避けたかったのだ。


「おい、大丈夫か?」


「うぅ……」


 マティルダは呻きながらレヴィアースを睨み付ける。


「う……」


 銀色の瞳はこちらを睨み殺しそうなぐらいに物騒だった。


 しかし撃たれた後なのだから無理もない。


 先に襲いかかってきたのはそちらだろうと言いたくもなるが、この状況で軍人に対して警戒心を抱くなというのも無理な話だ。


 周りには仲間の死体。


 そして恐らくはジークスの軍人にやられたのだ。


 だからこそ、軍人を憎み、人間を憎み、迷わずに殺そうとする気持ちは理解出来た。


 だからといって殺されてやる訳にもいかないのだが、この少女が自分を殺そうとすることは納得出来たのだ。


 しかしレヴィアースの意志はマティルダを助けることだ。


 その為にはお互いの意志を疎通させなければならない。


 暴力ではなく、話し合いによってそれを行う必要があるだろう。


 その為にはまずこちらが暴力を控えなければならない。


「ごめんな。痛かっただろう。治療させてもらえないか?」


「………………」


 マティルダはレヴィアースを睨み続ける。


 警戒して、いつでも飛びかかれるようにしている。


 それを見たオッドもいつでも銃を抜けるようにしていた。


 レヴィアースの命令なので、銃を突きつけるような真似はしていないが、それでもレヴィアースが殺されそうになったら速やかに撃つつもりだった。


 どれだけレヴィアースに怒られても、そこだけは譲らない。


 レヴィアースもそれが分かっているからこそ、その警戒にまでは文句をつけなかった。


「俺たちは敵じゃない」


「………………」


「よく見ろ。ジークスの軍服じゃないだろう?」


「………………」


 マティルダはレヴィアースの着ている軍服をよく見る。


 確かにそうだった。


「目的は?」


 誰だ、などとは問わなかった。


 敵ではないというのなら、急いでやらなければならないことがある。


「出来れば助けたかったんだ」


「……その言葉を信じて貰いたかったら、こっちに来い」


 マティルダはレヴィアースの上から降りて、彼の腕を引っ張る。


「?」


 レヴィアースは首を傾げながらも、マティルダの言う通りにした。


「こいつを助けて欲しい」


 マティルダは倒れているトリスのところへレヴィアースを案内した。


「助けて欲しいって……でも、その子はもう……」


「救命処置の道具は持ってるのか?」


「一応、携帯AEDぐらいはな」


「なら、助かる可能性はある。私と同じで、トリスは電撃に対する訓練を積んでいた。まだ助けられる可能性が残ってる」


「他の奴は?」


「訓練を積んでいたのは私とトリスだけだ」


「……分かった」


 レヴィアースは携帯AEDを取り出して、意識を失っているトリスの救命処置を開始した。


 救命訓練も一通りは受けているので、手順に迷いは無かった。


 幸い、外傷は無いので、心臓の蘇生だけで処置は完了する。


 これで息を吹き返せば助けられるのだが……


「う……がはっ!」


 そして期待通りに息を吹き返した。


 トリスはぼんやりと目を開いて、そしてレヴィアースの姿を見た。


「っ!!」


 人間の姿、しかも軍人の姿を見て一気に警戒するトリス。


 しかし電撃のショックで身体が動かなかった。


「落ち着け、トリス」


 そんなトリスを宥めたのはマティルダだった。


「マティルダ?」


「この人達は、多分、敵じゃない」


「え?」


「少なくとも、トリスを助けてくれた」


「僕を……?」


 戸惑いの表情でレヴィアースを見るトリス。


 警戒は消えていないが、戸惑いも大きかった。


 どうして助けられたのかが分からないからだ。


「その子に頼まれたんだ。信用して欲しかったら君を助けろってな」


「マティルダが……?」


「助かる可能性があるのはトリスだけだったからな。私には救命処置の知識が無い。だから頼んでみたんだ」


「………………」


 頼んだというよりは命令に近かったが、それについては突っ込まないことにした。


 ここで余計な言い合いをするような時間の余裕は無いからだ。


「じゃあ、他のみんなは……」


 トリスが震える声で周りを見る。


「あ……あ……みんな……まさか……」


 泣きそうな声になるトリス。


 しかしマティルダはそんなトリスに平手打ちを食らわせた。


「っ!?」


 小さな手が容赦なく頬を打つ。


「マティルダ……?」


「泣くのも、絶望するのも、余裕がある時にすればいい。今の私達がやらなければならないことは何だ?」


「…………生き残ること」


「分かっているなら、嘆く暇は無い」


「……ごめん」


「謝る暇も無いと思え」


「……うん」


 厳しい言葉だった。


 しかしマティルダの言うことは正しい。


 すぐ傍には、ついさっきまで生きていた仲間の死体。


 後悔と、絶望が消えないままであることに変わりは無い。


 助けたいという気持ちもあった。


 しかし電撃に対する訓練をしていたのは自分とマティルダだけなのだ。


 かろうじて助けられた自分とは違い、みんなはもう手遅れだろうということも分かっている。


 ただ、眠っているだけに見える仲間達。


 だけど、二度と目が覚めない。


 自分の中で処理しきれない感情に支配されそうになる。


 しかしそれを必死で抑え込んだ。


 マティルダは時間の浪費を承知の上で、多少のリスクを負う覚悟で、それでも自分を助けてくれた。


 その行動を、その恩を無駄にする訳にはいかない。


 自分もこの後、マティルダを助けなければならない。


 誰一人守れなかった。


 誰一人、救えなかった。


 だからせめて、マティルダだけでもこの状況から救い出したかった。


 自分が助かることよりも、マティルダをこの状況から生き延びさせてやりたかった。


 その為には後悔している暇なんて無い。


 トリスは覚悟を決めた。


「よし。じゃあ二人の方針が決まったところで自己紹介だな。俺はレヴィアース・マルグレイト。あっちはオッド・スフィーラだ」


「マティルダ」


「トリスです」


「マティルダにトリスか。可愛い名前じゃないか」


「………………」


「………………」


 本心から褒めたつもりなのだが、二人は複雑そうな表情だ。


「? 何か悪いことでも言ったか?」


「……そういう訳じゃない」


「ただ、そういうことを人間に言われたのは初めてだっただけです」


「そうなのか?」


 こくりと頷く二人。


 もとより、その名前が気に入っている訳でもなかった。


 二人とも自分の名前も分からないほど幼い頃にここへと連れてこられ、そして管理する人間から適当に名前を割り振られた。


 その名前すらも、適当に考えられたものであることは間違いない。


 だから二人にとって自分の名前とは、記号のようなものだった。


 自分を認識する、他人を認識する為の記号。


 ただそれだけの価値しか見い出していなかったのだ。


 だからこそ名前を褒められるという状況に戸惑ってしまう。


「大尉。二人を助けるつもりなら、そろそろ行動を開始した方がいいでしょう」


 そしてのんびりとした空気になりかけたところで、オッドが釘を刺してきた。


 マティルダ達に対する警戒はまだ解いていないが、それでもレヴィアースが二人を助けると決めている以上、彼はその方針に従うことにした。


 どうせ自分が反対しても、レヴィアースはやりたいようにやるだけなのだ。


 そういう性格であるということを理解しているからこそ、彼の無事を願うのなら協力するしかなかった。


「ああ、そうだな。二人とも、助かりたいか?」


 念の為、レヴィアースが問いかけると、マティルダとトリスは躊躇うことなく頷いた。


 トリスは自分が助かりたいというよりも、マティルダを助けたいという気持ちの方が強かったが、自分も助かるならば、その結果としてマティルダをより助けられると確信していたからこそ、躊躇わずに頷いた。


「よし。じゃあかなり酷い扱いでも文句は言うなよ。この状況で亜人を助けようとすれば、あまり手段は選んでいられないからな」


「………………」


「………………」


 酷い扱い、というのがどういうことなのかは分からないが、それでもこれより酷い状況は無いだろうと確信していたので、二人はしっかりと頷いた。


 そうして、レヴィアースの亜人救出作戦が密かに開始されたのだった。

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