第5話 絶望の牙

「………………」


 マティルダは地面に倒れていた。


 ここは地下闘技場であり、いつも通り仲間と闘うことになる筈だった。


 しかしいつもと違っていたのは、二人きりで闘う訳ではなく、生き残った奴隷闘士達が全員集められていたことだった。


 不思議そうに首を傾げる仲間達。


 トリスも困惑していた。


 いつもと違う状況に、嫌な予感がしていたのだろう。


 しかし考える暇は与えられなかった。


 首から凄まじい衝撃を感じたと思ったら、地面に倒れていた。


 子供達は悲鳴を上げる暇も無く、絶命した。


 マティルダやトリスのように、電撃に対する訓練を積んでいなければ、抵抗することも出来ずに死んでしまう。


 致死量の電撃なので、抵抗する間もなく絶命しただろう。


「………………」


「………………」


 生き残ったのはマティルダとトリスのみ。


 彼らは少し離れた場所に倒れている。


「………………」


 これは、予想以上だった。


 電撃に対する訓練を誰よりも積んできたマティルダであっても、このレベルの電撃を食らえば動けなくなる。


 しかしすぐ傍で倒れている仲間に較べたらマシな状況だった。


 死んでいることは明らかだ。


 生体反応を確認しなくても、生きているか死んでいるかぐらいは気配で分かる。


 亜人はそういう特殊な感覚を持っているのだ。


 勘どころが優れているからこそ、ある意味では人間よりも優れた種とも言える。


「………………」


 分かっていたことではあった。


 いずれこうなると分かっていた。


 覚悟もしていた。


 しかしいざその状況を目にすると、絶望しかなかった。


 生き残りたくて、必死で足掻いてきた。


 いつかはこんな絶望から抜け出してやると誓っていた。


 他の誰を踏みにじっても、仲間を見殺しにしてでも、自分だけは生き残ってみせると決めていたのだ。


 しかし仲間の死体をすぐ傍で眺めていると、どうしようもない気持ちになってしまう。


 後悔はしない。


 見捨てた以上、そんなことをする資格はない。


 それに、自分のことだけで手一杯だったことも確かなのだ。


 だから仮に後悔して、やり直しが出来たとしても、マティルダに彼らを助けることは出来なかっただろう。


 だからこれは仕方の無いことだった。


 そう割り切らなければならなかった。


 だけど、気持ちはそう簡単に納得してくれない。


「う……ぐぅ……」


 涙が溢れる。


 これはあんまりだ。


 闘うことすら出来ていない。


 足掻くことすら出来ていない。


 こんな、ゴミのように殺されて、打ち棄てられるのはあんまりだ。




「これでガキ共の始末は終わりだな」


「ああ。スイッチ一つで百人以上のガキを皆殺しか。上もえげつないものを作ったものだな」


「楽でいいじゃないか」


「確かに楽だけどな」


「それに弾丸の節約にもなる」


「首輪やバッテリー代の方が高くないか?」


「ははは。確かになぁ。まあこいつらはガキであっても身体能力は俺たちよりも上なんだ。これぐらいは仕方ないさ。近づけずにスイッチ一つで殺せるなら楽なもんだろ」


「確かにな」


 倒れたマティルダの近くで、ジークスの軍人達が話している。


 人数は二人。


 生体反応を確認するようなことはしていない。


 それだけこの電撃が確実だと思っているのだろう。


「おい。あまりのんびりしている暇はないぞ。そろそろエミリオン連合軍がやってくる筈だ。お出迎えに遅れたら大佐から小言を言われるぜ」


「それは嫌だな。大佐の説教は長いし」


「しかも鉄拳制裁付き」


「くわばらくわばら」


 二人の軍人はそのまま立ち去っていく。


 どうやらこれからエミリオン連合軍を出迎えるつもりらしい。


 子供達の生死は確認しない。


「………………」


 ここで彼らに飛びかかって、殺してやりたいという気持ちになるマティルダだったが、必死で堪える。


 生き残ることが出来たとはいえ、身体は痺れたまま動かない。


 こんな身体で飛びかかったところで、殺されることは目に見えている。


 生き残りたい。


 その気持ちが第一だった。


 仲間の仇を取るよりも、生き残ることを優先したマティルダは、ひたすら身体を回復させることに集中していた。


「………………」


 すぐ隣には仲間の死体。


 マティルダが見捨てた仲間の死体。


 光の無い目でこちらを見ている仲間も居た。


 目が合うと、泣きそうになった。


 それでも、泣かない。


 彼らの為に涙を流す資格は無い。


「トリス……は……」


 仲間達は死んだ。


 しかしトリスはどうだろう。


 トリスもマティルダと同じく電撃に対する訓練を積んでいた。


 だったら生き残っている可能性もある筈だ。


「う……」


 しかし動けない。


 トリスの生死を確認出来ない。


 それがマティルダには悔しかった。


 自分の身体が思うようにならないのがもどかしい。


 今は動けるようになるまで耐えるしかない。

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