第23話 再び現れた男


 俺は忘れるはずのない声に咄嗟に振り向いた。

「誰だ…?あいつは…」

 その人は幾つも立ち並んだ建物の屋根の上で眼鏡をかけ直していた。その左手には無数の光が浮いている水晶玉を持っていた。

「やっぱりぃ!助けてくれたのはマーゲールさんだったんですねぇ」

「それにしても、ラディムまでやられているとは予想外ですね。エナビィ、もう一つ目の目的は果たしました。ラディムを連れてきなさい」

「はぁい」

「させるか」

 エナビィに向けてカリタスが剣を振り払おうとしている。が、剣は振り上げた状態のままだ。

「くっ…何故動かない?」

「こちらはもう戦う必要はないのでエナビィを傷付けるのは止めていただきたいですね。」

 マーゲールは遠くからカリタスに右手をかざしている。その手首にはシンプルな金のブレスレットを付けている。

「それと、もし貴方がエナビィを殺そうとしていたら、貴方もただではすみませんでしたよ。つまり、貴方は私に助けられたんですよ?少しは感謝して欲しいものですね」

「貴様、何を意味のわからないことを言ってるんだ?俺がこんな小娘に負けるとでも言うのか?」

「そうは言ってませんが、少なくとも貴方もかなりの重傷を負ったでしょうね」

 エナビィはラディムを背負い込み、マーゲールがいる建物に槍を刺して持ち上げられるように跳び乗った。

「酷いやられようですね、ラディム」

「そりゃあ、相手が相手だからよ。あんたはあんな奴を俺に殺させようとしたのか?あいつは反則だぞ。但し、お前の次にだけどな」

 ラディムは力のない表情を浮かべてはいるが、余裕も少しばかり残っているみたいだ。

「そうですか。今のリャクトであればラディムでも十分通用すると思いますが…」

「そんなこと言われても結局はこのザマだ」

「もう少し、本気で戦っていれば良かったでしょう」

「そう思った時にはもう遅かったんだって」

「おい!マーゲール!!またてめぇが裏で糸引いてたのか。てめぇ、一体何企んでやがる?」

 俺は怒りを目にも声にも込め、マーゲールに叫んだ。

「私は何も企んでなどいませんよ。リャクト、あなたが考えているようなことはね」

 マーゲールは作られたような笑みを浮かべた。

「ねぇねぇ、マーゲールさん」

「なんです?」

「あのカリタスとか言う人が物凄くムカつく人なんですよぉ!懲らしめてやってくれませんかぁ?」

 エナビィはカリタスを指差している。

「エナビィ、私がなんのために来たと思ってるんです?」

 マーゲールは眼鏡を指で押し上げた。

「いいじゃないですかぁ。だってあの人本当にムカつくですよぉ?あたしのことをずっと小バカにするんですもん。その上、あたしの槍まで壊したんですよぉ?」

「エナビィ、落ち着いて下さい。あんな人にエナビィの良さがわかると思いますか?それに槍ならまた私が買ってあげますよ」

「そうだけどぉ…」

 エナビィは口を尖らせ、不満げな表情をしている。

「ですから、今日はラディムも怪我を負っていますし、帰りますよ。腹が立つのであれば、また今度の機会に懲らしめてあげればよいでしょう」

「そうですねぇ。じゃあ、マーゲールさんの言う通りまた今度にしますぅ。あんた、カリタスとか言ったっけぇ?覚えといてよぉ。今度会ったときは絶ッッ対に許さないんだからぁ」

「今度だと?誰が逃がしてやると言った?お前たちはここで終わるんだ」

 カリタスは表情こそ感情も何も写し出さないが、声に多少の怒りが篭っているのが窺える。

「無理はいけませんね。あなたはエナビィに足をやられて怪我を負っているでしょう。それに逃がして頂かなくても勝手に逃げさせて貰います」

「あっ、マーゲールさん。ラディムはお願いしますぅ。ラディムって重くて…」

「わかりましたよ」

 マーゲールはエナビィからラディムを受け取り、背負い込んだ。

「すまねぇな」

「いいんですよ。困った時はお互い様ですから」

 マーゲールたちは歩き出そうとした。

「待て!」

「待てと言われても待つ気になどなれませんよ。あっそうそう、リャクト。あなたとは近々またお会いできるかもしれませんね」

「なんだと?どういう意味だ?」

「そういう意味ですよ。それでは失礼します」

 マーゲールたちは闇へと消えていった。それと同じくして、カリタスと同じ黒のトレンチコートを羽織っている二人組の男たちがやって来た。

 一人は陽気な感じで特徴のない、一般的な顔立ちをしている。もう一人はトレンチコートの上からでもわかる筋肉質な巨体の男だ。筋肉質な男は金色の短髪をしていて、その髪型が顔に合っている。

「間に合わなかったってか…カリタス!大丈夫か?ってな」

「あぁ。俺は問題ない」

「問題あるだろうが!お前のその足、やられたんだろ!?うちの隊で仮にも最強と呼ばれてるお前が賊なんぞにやられるなんて問題だろうが!!その上、光永の星屑は奪われただと?お前は一体、何をしてたんだ!」

「すまないな」

 カリタスは謝罪の感情のかけらもない声で謝った。

「謝ったって光永の星屑は戻ってこないだろうが!」

「まぁまぁアーズ、落ち着けってな。そんなに怒るなってな。こいつは隊長の説教にだって耳を貸さない奴なんだからお前の説教を聞くはずないだろってな。隊長もいい加減こいつに説教するの止めればいいのにまた説教するんだろうなぁってな」

 筋肉質な男はアーズというらしい。

「今回はスナァの顔に免じて許してやろう」

 スナァはカリタスから俺に視線を移した。

「それより、なんでまたここにリャクト・シャール・Fがいるんだってか?」

「おぉ、それは私も聞きたいな」

「俺が知るか」

「おいおい、そりゃないだろってな」

「こいつも光永の星屑を狙っていたんだろ。それよりも賊を追わなくてもいいのか?」

「そうだな。カリタス、どこへ逃げたんだ?その賊とやらは」

 アーズの問い掛けにカリタスは視線をマーゲールたちが消えた闇に向けた。

「向こうだ。相手は三人いるが、一人はかなりの怪我を負っている」

「スナァ、カリタス、行くぞ」

「アーズ、お前たちは先に行っててくれってな」

 アーズとカリタスが動きだそうとした時にスナァの言葉がその行動を静止させた。

「どうしたんだ?スナァ」

「俺はこいつと戦うってな。五十三億の賞金首をやれば、名を上げられるだろ?ってな」

「へっ、俺を倒せるとでも思ってるのか?ディナイウィークスごときが」

 俺はホルスターに手をかけた。

「スナァー!そんなことは許さんぞ!」

「アーズ、いちいち大声張り上げるなってな。お前はただでさえ声が大きくて煩いんだからってな」

「煩いだとぉ!?お前…」

「おい、アーズ。こんな奴放っておけ。も行かないなら俺が一人で先に行くぜ」

「なんかチームワーク最悪の三人って感じだね」

 サユハが率直な感想を呟いた。

「仕方ない。スナァ、私とカリタスは先に行っているぞ。すぐに後を追ってこい」

「了解ってな」

 アーズとカリタスはマーゲールが消えていった方向へ向かっていった。

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