第16話 光永の星屑


 俺が二人を連れて向かったのは街の中心部から離れた路地。

 そこは道も狭く、家が詰め込まれたようにと並んだスラム街ともとれるような小汚い所だった。これほど大きな街にもなるとスラム街ができたとしても仕方ないのだが。

「ねぇ、こんな場所にどんな用事があるって言うのよ?」

 サユハの言葉に俺は突き当たりの扉の前で足を止めた。

「私もサユハの意見に同感だ」

「いいから付いてこい」

 俺は突き当たりの扉を開き、中へ足を踏み入れた。

「ちょっと!勝手に人の家に入っちゃダメだって」

「いいから来い」

 サユハは渋々後を追って来た。

 部屋は暗く、テーブルや椅子が乱雑に転がっている上に埃があちこちに溜まっていて、人が住んでいる気配はない。部屋の奥には扉があり、その前には男が立ちはだかっている。その男は体格のいいことなどを含め、いかにも用心棒といった風貌だった。

 俺はその男の前まで歩を進めた。

「よう。久しぶりだな」

「…………」

「はい。これ」

 俺はその男に金を手渡した。その男は無言で受け取り、道を空けた。俺達はその扉の奥へと、歩を進めた。

「ねぇ、なんだったのよ?今のは…」

「通行料を払っただけだ」

「通行料とは…ここは一体どこなのだ?」

「まぁまぁ、そこの階段を抜ければなんだかわかるから」

 俺は地下へ真っ直ぐ続く階段を指差した。階段の奥にはうっすらと光が見える。サユハとレロイはただ黙って俺に付いてきた。

 長めの階段を抜けると、壁や天井が石造りの広場が待ち構えていた。そこは換金所に似た屋台のような店が幾つも広い場所に点在していた。

「なにこれ?換金所っぽい店ばっかり…」

「広いな。だが、ここはどこなのだ?」

 二人は全体を見渡し、疑問の念にかられているみたいだ。

「ここは通称アンダーマーケット。普通の換金所なんかに賞金とは違った賞金を扱ってる場所さ」

「あんだーまーけっと?」

「あぁ、普通の賞金の殆どは政府が懸けたものだろ?たまに個人で懸けてる奴もいるが…だがここにある賞金はすべてが政府を対象とした賞金ばかりだ。賞金首は政府の要人や特殊戦道部隊ばかりだし、宝石なんかもすべて政府が保護したものなんだ」

「へぇーこんなとこあるんだぁ」

 サユハは俺の説明に素直に感心し、再びアンダーマーケットを見渡した。

「まぁここの賞金に手を出した奴は大体が賞金首にされてしまう。だから風人に賞金首が多いんだ。まぁ普通に風人やってれば賞金なんか懸けられないんだけどな」

 アンダーマーケットを見ていたサユハが俺に視線を戻した。

「じゃあさ、リャクトもなんかの賞金狙ったってこと?」

「まぁな」

「かなりヤバいの狙ったんでしょ?じゃないと五十三億なんて大金、懸けられないわよね」

 サユハは口元をにやりと歪ませる。

「もう昔の話だ」

「なんか気になるー。で、なんでこんなとこに来たの?」

「それなんだけどな、最近政府が光永の星屑っていう水晶玉みたいなのを見つけたんだ。それでも狙おうかと思ってな」

 俺の説明に二人は疑問の色を顔に映し出す。

「光永の星屑?なんなのだそれは」

「これがすごいんだ。水晶玉の中に無数の光が浮いてて、その光は消えることがないって話だ」

「えー何それ?見てみたいなぁ」

「俺も一度拝んでみたいから、次の獲物はそれにしようって決めたんだ。とにかくまず情報収集だな」

 俺達は幾つもの屋台を横目で流しつつ、歩を進めた。

 店は賞金首や情報、動植物など分野によって別れている。その内の一つの宝石の店で足を止めた。

「いらっしゃい!何かの賞金をお探しですか?それとも、換金ですか?」

「光永の星屑ってのはあるか?」

「光永の星屑ですか。お目が高いですな。こちらが賞金のリストになります」

 商人という雰囲気を持つ男は一枚の紙を渡してきた。紙には光永の星屑が印刷してあり、下には賞金三億Reと書いてある。

「三億か…で、これについての情報はないのか?」

「もちろんありますよ」

「どんな情報だ?」

「八十万Reになります」

 商人の男は僅かに口元がにやけた。

「おい、少し高くないか?」

「いえいえ。これが妥当な額ですよ。政府の情報は手に入りにくいんですから」

「ちっ、わかったよ」

 俺は札束の詰まった布袋を一つと、札束三つを渡した。商人は布袋を広げ中身を確認すると、満足げな表情を浮かべた。

「ありがとうございます。この光永の星屑なんですが、今日から三日後に会議塔の地下金庫へと極秘に運ばれます。それから、一週間後に催される星敬祭の目玉として飾られるそうです。そういえば、確か今回の星敬祭には中央政府の要人も何人かお見えになるそうですよ」

「星敬祭か…あれに出されると面倒なことになるな」

「ねぇ、星敬祭って何??」

「星敬祭ってのはな、その名の通り星を敬う祭だ。この街じゃ星のもとにすべてが回ってるって考えが一般的になってるんだ。だから、年に一度街をあげて祭を行うんだ。あの祭は各地から人が集まって来るんだ。星敬祭は規模の大きさが世界でも三本の指に入るからな」

「へぇ、そうなんだ。楽しみだなぁ」

「楽しみにするのは勝手だけどよ、遊びに来てる訳じゃないんだからな」

「そんな事わかってるもん」

 サユハは意味なく頬を膨らませる。

「ならいいけどよ」

「それでどうするつもりなのだ?」

「それは宿屋に行ってから考える。ひとまず、宿屋へ向かうか」

 俺達はアンダーマーケットを後にした。宿屋に向かう途中にサユハが不安げな表情を浮かべだした。

「ねぇ、まさかとは思うんだけど…光永の星屑を狙ったら、私も賞金懸けられるの?」

「何当然のことを聞いてるんだ?そんなの当たり前だろ」

「ちょっと!嫌だよそんなの…私はもっとまともに風人やりたいし、強い人から狙われるなんて困るし…」

「だったら、お前はやらなくていい。元々、勝手に付いてきたんだから俺が狙う賞金の手伝いしてもらう義理はねぇしな」

「だからってなんでそんな冷たいこと言うのさ…酷いよリャクト。リャクトのバカーーー!!!」

 サユハは俺の耳元で叫び、暗闇へと走り去っていった。

「ったく、何も耳元で叫ぶことないだろ」

「リャクト。今のは言い過ぎではないか?」

「そうか?」

「サユハが面倒を起こす原因はお主みたいだな」

 レロイは納得したように呟いた。

「俺が?おいおい、冗談はよしてくれよ」

「冗談などではない。第一、私は冗談を好んで言うような人間ではない。それで、サユハをこのままにしておいていいのか?」

「大丈夫だろ。ガキだけど、あいつだって自分のことは自分で責任取れる歳だから、そのうち帰ってくるだろ」

「そうであればいいのだが…」

 俺とレロイは宿屋に向かい、その日はすぐに床に就いた。



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