第11話 メワンとの接触


 それから俺が宿屋に着いたのは日が完全に落ちてからだった。

 宿屋にはサユハとレロイの姿はない。レロイがいないのは俺のせいだが、サユハがいないのには見当が付かない。

「ったく、あいつは何をやってんだか…」

 俺はサユハがいないことをあまり気には留めなかった。レロイが宿屋に戻ったのは、それから暫く経ってからだ。

「今帰った」

「おっ、ご苦労だったな。それで成果はあったのか?」

「あぁ。お主に言われた通りしっかりと傷無しメワンとやらのことは調べたぞ」

 レロイはしっかりと調べ上げたのか、表情から少しだけ自信が伺えた。

「そうか。すまないな」

「何を言うか。お主が頼んだのではないか」

「ま、そうだけど…」

「傷無しメワンのことだが…」

「あぁ、ちょっと待ってくれ。サユハがまだ帰ってないんだ。レロイ、なんか知らないか?」

 レロイは少し心配そうな表情を浮かべている。

「サユハが?私には心当たりはないが…」

「ならいいか」

「本当に放っておいていいのか?」

「別にいいんだって。あいつだって子供じゃないんだ。いや、待てよ。あいつを放っておいたら、また面倒を起こしかねないな。面倒を起こすのはあいつの得意技だからな」

「では探しに行くのか?」

「面倒を起こす前に見つけておくか」

 俺とレロイは宿屋を出て、まずはバーヌさんの換金所へ足を運んだ。換金所へ向かう途中から何だか俺の中に嫌な予感が生まれ、換金所に近付くにつれてそれは次第に大きさを増していく。

 漸く換金所に着いたが、窓から見える換金所の中は暗闇だけが存在している。

「あれ?おかしいな」

「どうかしたのか?」

「いや、この時間じゃまだ営業中のはずなのに…バーヌさんも年だから、早めに閉めたかな。バーヌさん!俺だ!リャクトだ!いないのか!?」

 換金所の中からは返答がない。

「本当にいないのか?仕方ない、他を…」

「おい、鍵が閉まっておらぬぞ」

「本当か!?」

 俺は焦って、換金所の扉を開いた。換金所に月の光が差し込んだが、換金所の様子は把握できなかった。

 俺はすぐに換金所の電気を点けた。一瞬にして換金所に光が溢れた。眩しく俺の目を照らしていた光にも慣れ、視界が鮮明になると俺の目に信じられない光景が飛び込んできた。

 いつもと変わらない換金所の中央には血まみれで横たわったバーヌさんの姿があった。俺はすぐにバーヌさんに駆け寄った。

「バーヌさん!バーヌさん!!大丈夫か!?誰がこんなことを…」

 バーヌさんは微かだが、息があった。

「リャクト、メワンだ…あいつがいきなり…きっと私とお前の関係を知ったからだ…」

 バーヌさんは苦しそうに声を搾りだした。

メワンの名前を聞いた時にメワンに対しての怒りだけが俺を支配した。だからこそ、メワンがサリスやバーヌさんの話だと外傷を付けることがないのに、バーヌさんが傷だらけなことにまでは頭が回らなかった。

「レロイ、バーヌさんを頼む…」

「行くのか。こいつはきっと罠だぞ」

「あぁ、分かってる。だが、このまま黙ってる気にはなれないからな。あいつはどこにいる?」

「メワンなら西側にアジトがあるはずだ。ほら」

 レロイが何かの紙切れを渡してきた。

「場所はそこに書いておる」

 俺は渡された紙切れを見て、アジトの場所を確認してから怒りを込めて紙切れを握り潰した。

「西側か…少し遠いな」

 俺は換金所を後にして、メワンのアジトまでとにかく走った。夜の街は信じられない程静かで人影すら見当たらない。きっとメワンのせいだろう。

 アジトに着いたが、そこは真っ暗で人が中にいる様子は窺えない。

 アジトは大通りに面して幾つも並んだ店の内の一つだが、すでにここは店としては終わりを迎えているようで、今はただの空き家となっているみたいだ。

 店に飾られた看板はくたびれていて、傾いている。この家はこの賑やかな街では浮いた存在のようだ。すると、後ろから俺に対する声が聞こえてきた。

「待ってたぜぇ。ケーッケッケ!」

 振り返ると、そこには不気味な笑い声を上げた右腕が銀色の義手の男が立っていた。その男は目を見開き、常に首を傾げ、常に舌を出し、常に笑い声を上げて両腕をだらんと下げた格好で不気味という雰囲気が滲み出ていた。

「メワンってのはお前か…」

「そうだぜぇ。ケッケッケッケ」

「バーヌさんをやったのもお前だな」

 メワンは記憶を辿るように思い出している。

「バーヌ?あーぁ、あの換金所の親父かぁ。あいつは実に面白くなかったなぁ。ケッケッケ」

「なんで傷付けた?お前は傷を付けないのがポリシーの傷無しメワンじゃなかったのか?」

「確かに傷を付けないのは俺のポリシーだけどよぉ、あれはお前への見せ付けだからなぁ。あいつ自体は面白くなかったがあいつを見た時のお前の表情を考えると愉しくて仕方なかったぜぇ?ケーッケッケッケッケ!」

 メワンの言葉は俺の怒りを増すばかりだ。

「てめぇ…完全にイカれてるな」

「ケッケッケ。だからどうしたぁ?そういえばあの女、いい女だなぁ。あのブーツが良く似合ってるぜぇ」

「サユハが帰ってこなかったのもお前が原因か…まさか殺しちゃいないだろうな?」

「当たり前だろぉ。あいつはお前を壊してからの愉しみに取っておくからなぁ。ケッケッケ」

 メワンは心底愉しそうな表情を浮かべた。その表情は更に纏っている不気味な雰囲気を助長させる。

「脳みそまで完全に腐ってるな。だが、何故俺を狙う?」

「お前、わからないのかぁ?わからないのかぁ!?」

 メワンは俺を問い詰めるように一歩だけ歩みでてきた。

「わかる訳ないだろ」

「そうかぁ、じゃあ教えてやるぜぇ。俺ぁお前に一回会ったことがあるんだぜぇ。あの時にお前が俺に殺人の快楽を教えてくれたんだなぁ。ケッケッケ。まぁだ思い出さないのかぁ?」

「あぁ、俺の知り合いにお前のような狂った奴はいない」

「そうかよぉ。だからこれはリャクト、お前への感謝の意味を込めて狙ってやったんだよぉ。ケーッケッケッケッケ!!」

 俺はメワンと話すことが無くなり、ホルスターに手を伸ばした。

「ったく、狂ってる奴の考えているはさっぱりだな。お喋りはこの辺で終わりだ。俺は今、お前のせいで腹わた煮え繰り返るような思いでいるんだ」

「それじゃあ始めようかぁ」

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