第10話 マーゲールという男
「もう!やぼ用って何よ!レロイ君もいないし、一人で何すれって言うのよ!」
「あの…」
一人の男が遠慮がちにサユハに声を掛ける。
「だいたいねぇ、リャクトは…」
サユハはぶつぶつと愚痴を呟き、その男の呼び掛けの声を聞き入れることはない。
「あの!」
「それにレロイ君もレロイ君よ…」
「すみません!!」
「きゃあ!!何ですかいきなり!大声だして…」
そこにはサユハがこの前に会ったタリィという男に似た雰囲気を持ち、眼鏡をかけていて、スーツが印象的な男が立っていた。
「実は…恥ずかしながら道に迷ってしまいましてね。ここの行き方を教えて頂くて。あっ、できれば案内の方が助かるんですが」
その男は小さな紙切れをサユハに差し出した。そこにはなにやら手書きの地図が描かれていた。
「あっここですか?西側ですね。少し遠いけど、いいですよ。私もちょうど暇を持て余してたんです。私が責任を持って案内しますね」
「そうですか!助かります。この街に来るのは二度目なんですが、なかなか広くて迷ってしまうんですよ」
サユハとその男は人込みの中をゆっくりと歩きだした。
「一度この街には来たことがあるんですか?私はこの街に来るのは初めてなんですけど、もう二ヵ月も滞在してるんですよ」
「そうでしたか。私がこの街に初めて来たのは随分前ですね。確か八年くらい前だったかと…」
「あっ、それなら迷っても仕方ないですよ。八年も前なら、私だって迷っちゃいますもん」
男は笑いながら、迷った恥ずかしさをごまかそうとしていた。その笑みは良く言えば優しそうで、悪く言えば少し頼りなさそうに見える。しかし、笑みにはどこかぎこちなさが感じられた。男はサユハの格好を見て、何かに気が付いた。
「あなた、もしかして風人ですか?」
「えぇ、そうですよ。まだ始めて半年しか経ってない半人前ですけどね」
「私もね、昔は風人だったんです。この街へ来たのもその時でした」
「風人だったんですか!?でもそんな感じにはあんまり見えないですね。何で辞めちゃったんですか?」
サユハの言葉は男を思い詰めた表情に変えた。
「そうですね…強いて言うなら人が死んでしまったからですかね」
「あっ、すいません。なんか変なこと聞いちゃって…まだ会ったばかりなのに」
「いいんです。気にしないで下さい。そういえば自己紹介がまだでしたね。私はマーゲール・フェイナンと言う者です」
「私はサユハ・ノルンドーラです」
その言葉で男は少しだけ驚きの表情を浮かべた。
「どうかしたんですか?」
「いえ、なんでもありません。ただ、聞いたことある名前のような気がして…」
それから、二人は目的の場所へ歩を進めた。
サユハはふとマーゲールの首元に目をやると、刺青に気が付き、見入ってしまった。マーゲールもサユハの様子に気付いた。
「どうかしましたか?サユハさん」
「あっ、いえ。ちょっと首元の刺青が気になって…」
「あぁ、これですか。これは風人になった時に彫ったんです。決意の意味を込めて…結局この刺青を裏切る形になったんですけどね」
「そうなんですか。でも………あっ、着きましたよ!」
サユハが話を続けようとしたが、そこはすでに目的の場所の前だった。
大通りに面して幾つも並んだ店の内の一つだが、既にここは店としては終わりを迎えていて、今はただの空き家となっている。店に飾られた看板はくたびれていて、傾いている。この家はこの賑やかな大通りでは浮いた存在だった。
「そうみたいですね。ありがとうございます。あなたのおかげで助かりました」
「いえ、私も暇でしたし、お礼を言われるようなことなんてしてませんよ」
「そうだ。お茶でも飲んでいきませんか?中は散らかってますが、案内して頂いたお礼に…」
「いや、そんないいですよ」
「私はもう少しあなたと話していたい。ダメかな?」
マーゲールの言葉にサユハは少しときめいた。サユハにとって、マーゲールの印象が良かったからだろう。
「だったら、少しだけ…」
「では、どうぞ」
マーゲールは扉を開き、サユハを招き入れた。
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