第5話 双頭獣

「これ、お父さんにも見せてあげたいな…」

 階段から何やら人が降りて来たが、サユハは壁画に夢中で気付くそぶりすらない。その人はいち早くサユハに気付き、慌てて引き返した。

 そうして、サユハは満足した表情で振り向いた。だが、そこにいると思っていたリャクトの姿がサユハには見当たらなかった。

「あれ…リャクト?まさか、先に行っちゃった?」

 サユハが焦った顔をして、通路の奥へ走り出した。

「リャクトー!待ってよー!」



―――――――――――――――



 俺が曲がり角の多い一本道をひたすらに進むと漸く次の階段に辿り着いた。

 それから十分程後にサユハが後を追って来た。

「ちょっと!また置いてくなんて酷いじゃない!まさか、人のこと置いてくのが趣味なの?」

「そんなわけあるか。それはお前が悪いんだぞ。俺が声をかけてやったのに全く聞いてなかったろ?」

「えっ?えーっと…それはその…ちょっとだけ夢中になり過ぎただけ」

「夢中になるのもいいが程々にしろ」

「いいじゃない!ちょっとくらいは…でも、確かに私が悪いよね。ごめん」

サユハは素直に謝り、反省の色を浮かべている。

「グワアァァァーー!!」

 突如、決して言葉になっていない咆哮が響いてきた。それは多少の地響きを起こす程のものだ。

「えっ?何々??」

「もう近いみたいだな。この遺跡の主の居所まで。さぁボスでも倒しに行くか」

 俺は階段をゆっくりと降りていった。サユハも不安げな表情を浮かべつつ、後を付いてくる。

 階段を降りると、左側に最初と同じような広場が再び広がっていた。ただ一つ違うことといえば、二つの頭を持つ奇妙な獣が今にも暴れそうに待ち構えていることだ。

 壁には幾つもの爪痕が刻まれている。天井すれすれまで身長のある双頭獣は尻尾まで生えていた。全身は毛で覆われていて、二つの頭の額には宝石のようなものが埋め込まている。

「こいつか…」

「ちょ、ちょっと!なんなのこのおかしな生物は!」

 サユハは階段を降り切る前の壁に隠れ、顔だけをだしていた。

「なんなのって…今回の仕事の対象だ」

「こ、こ、こんなヤバそうなのだなんて聞いてないわよ!?」

サユハの表情は恐怖と焦りを写し出している。

「ったく、だから止めとけって言ったろ?」

「うぅ…」

「それじゃさっさと終わらせて、帰って旨い飯にでもありつくか」

 俺は腰のホルスターに閉まった銃に手を伸ばした。両手に銃を構えてから双頭獣に向かって走り出す。

 双頭獣も俺の殺気を感じ取ったのか、両手の爪を剥き出しにして、右腕を振り払って来る。俺は即座に危険を察知し、跳んでかわす。空中で無防備になった俺に双頭獣の左腕が飛んできた。

 バンバンバンバンッ!!

 俺は双頭獣の掌に向けて銃を連射し、すべて命中させたが、左腕が勢いを失うことはない。

「ちっ、しゃーねぇ。三種の神器(セクレイドトゥレジア)・第一種、付加銃発動!」

 俺は二つの銃に力を込めた。

「自然弾・雷の種」

 銃は電気を帯び始め、銃口の先端は淡く光を発している。

 左手が俺を切り裂く寸前で二の腕辺りに二発の銃弾を放った。銃弾はさっきよりも遥かに早い速度で二の腕に命中する。その瞬間に左腕がピタッと動きを止めた。俺は体を引き裂かれることなく、着地した。

「ふぅ…危なかったぜ」

「グ、グ、グワアァァ!!」

「す、すごい…」

 俺は再び二つの銃に力を込めた。

「自然弾・氷の種」

 今度は銃が凍り始め、銃が冷気を纏う。

 俺は双頭獣の両足に向けて、銃弾を放った。銃弾は通り道を凍らせながら、一直線に両足を捉らえた。捉らえられた両足はみるみる内に膝辺りまで凍り付く。

 双頭獣は動きを封じられ、もがき苦しんでいる。

「さぁ、終わりにしようか。双頭獣君」

 だが、双頭獣は暴れだして両足の氷を破り、左腕の痺れは取れているようだ。

「流石だな。伊達にランクAじゃないわけだ」

 感心している俺を当たり前のように無視して、双頭獣が向かってくる。

 思い切りよく振り上げた右腕は俺を叩き潰すかの如く、振り下ろされる。俺は右にかわし、反撃の銃弾を撃とうとした瞬間、すでに目の前には二つの頭が近付いていた。

 開けられた二つの口は俺を待ち望んでいるかのように開かれ、俺を噛み殺そうとしている。

「自然弾・風の種」

 反撃のために力を込めていた銃はもうすでに風を纏っている。

 俺は地面に二つの銃弾を撃ち込んだ。銃弾が地面に到達した瞬間に俺を押し上げる程の突風が吹き荒れる。俺は天井近くまで押し上げられ、二つの口を回避した。二つの口は何も噛み砕く事なく、閉じられた。

 俺は空中にいる間に双頭獣の背中に何十発もの銃弾を放った。そのおかげか、双頭獣がその場に倒れた。

 俺は双頭獣の左脇辺りに着地して様子を伺っていたが、次の瞬間には双頭獣の左肘が俺の背中を捉らえた。俺は回避できず、双頭獣の左肘は俺の背中を直撃した。

「ぐっ……!」

 その衝撃は肘が俺を貫いたと勘違いさせる程だ。

 俺は広場の反対側へと吹き飛ばされたが、体制を立て直して壁に着地して、なんとか壁との衝突を避けた。壁から地面に降りると、双頭獣はすでに立ち上がりこっちを見つめていた。だが、動こうとはせずにただ立ちすくんでいるだけだ。

 俺は様子見のために二発の銃弾を放った。双頭獣はその銃弾を軽く見極め、叩き落とした。双頭獣は襲ってくる気配など今の所は微塵も感じさせない。

「オヌシ、ツヨイナ」

「!!」

「えっ!嘘!!?」

 多少の事では驚かない俺も流石に双頭獣に喋られては驚くしかない。

「おいおい、喋れるのか。こりゃビックリだな」

「アァ。ワタシトコレホドワタリアッタモノハオヌシガハジメテダ」

「そうかよ。渡り合うだけじゃなくて倒すぜ」

「フン。ソレハオモシロイナ。デハタメシテミロ!」

 双頭獣が殺気を放ちながら向かってきた。俺は向かってくる間に何発も銃弾を放ったが、すべてを軽く叩き落とされた。

 双頭獣が左腕を薙ぎ払い、俺はそれを紙一重でかわして背後に回った。が、その瞬間に尻尾が俺に向かってきた。俺は腕で防いだが、その衝撃で地面に足を付いたまま吹き飛ばされた。

「尻尾まで襲ってくるか。ったく、反則だな」

 俺はまだ双頭獣を射程圏内に捉らえていたので、銃を構えて放とうとした。

「きゃあ!」

 サユハの声に俺は振り向くと、サユハを捕まえられ、首には手斧を宛われていた。

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