第4話 女賞金稼ぎ

「絶対諦めないんだから」

 そのまだ幼さの残る女が一口しか口にしていないミルクを一気飲みする。

「ゴクッゴクッ…ふぅ。やっぱりミルクはおいしいなぁ。私もそろそろ帰るかな。マスター、ごちそうさまでした」

「いいえ」

 その女がカウンターに金貨を三枚置いて、酒場を立ち去った。それとすれ違いにドギが酒場へと戻って来た。

「くそぉ!あの野郎だけは絶対に許さねぇ!」

 ドギが苛々した様子でさっきまで座っていたカウンターに腰を下ろした。そこに他のテーブルに陣取っていた三人の男が歩み寄る。

「大丈夫?兄貴。あんな奴、兄貴なら一撃でやっつけれるよ!」

 そう言葉を発した男は背の低いひ弱そうな男だ。その男の身長や顔立ちを見る限り、男というより子供という表現の方が正しいだろう。

「当たり前だ。ナウラ」

 違う一人の刀を携えた自信家の男は呆れていた。その男は青がかった髪を軽く伸ばしている。

「ドギ、お前は誰にでも喧嘩を売り過ぎなんだよ。全く…」

「うるせぇ!ジガンには関係ないだろ!」

「あぁ?なんだと?」

 ジガンと呼ばれた男は眉間に皺を寄せ、ドギに詰め寄った。しかし、その二人を引き離すようにもう一人の男が間に入った。

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。二人がいがみ合っても何の解決にもなりませんよ?」

 二人を止めに入った男は頭のいい紳士のような雰囲気を醸し出す男だ。その男は眼鏡の似合いそうな顔立ちをしている。

「あぁ、そうだったな。すまねぇ。タリィ」

 タリィと呼ばれた男の言葉にドギは次第に落ち着きを取り戻していく。

「それにしてもあの男、どこかで見たことあるような…まぁ、気にしても仕方ないか」

 ジガンは自分だけに聞こえるように、そして思い出すように呟いた。

「んっ?何か言いましたか?」

「いや、なんでもない」

「でも兄貴。これからどうするの?」

「決まってるだろ。そりゃ…」



―――――――――――――――



 朝を迎え、俺は身支度を済ませてから酒場へと足を運んだ。

 酒場の前にはすでにマスターが佇んでいた。

「おはよう。それじゃあ早速行くか」

「そうですね」

 マスターを先頭に俺は遺跡へと歩き出した。

「待って!!」

「ん?」

 俺が振り向くと、そこには昨日の女が息を荒げて立っていた。

「なんだお前か…まさかあれ程言ったのに付いてくる気か?」

「もちろんよ!私にはお金が必要なの!だから、少しでも経験積むためにも付いていくわよ!」

「ったく、お前の好きにしろ。ただし、迷惑だけはかけないでくれ」

「あったり前じゃん」

 その女は握り拳で軽く胸を叩いた。

「それより、私はお前じゃなくてサユハ。サユハ・ノルンドーラ。よろしくね。で、あなたの名前は?」

「俺か?俺はリャクトだ。リャクト・シャール・F。それより早く行くぞ。時間が勿体ない」

「わかってる!」

 そうして、俺は仕方なくサユハを連れていくことにした。歩き出すと俺は背後から視線を感じ、とっさに振り返った。

「どうしたの?リャクト」

「いや、別に…」

 辺りを見回したが、視線の主の存在を確かめることはできなかった。だが、誰かが俺達を監視していることには確信を持てた。



 遺跡には三十分程で着いた。

 だが、遺跡らしきものはなく、森の真ん中に小さな入口が存在しているだけだ。なんでも遺跡の殆どは地下にあるらしい。

 その場所は少し開けた場所で、上から見れば真ん中にポッカリ穴が開いているように見えるはずだ。

 入口は地下へと続く階段があり、奥は暗闇が静かに佇んでいる。俺にはそれが何故だか不気味という印象を受けた。

「私の出番はここまでですね」

 マスターが静かに呟いた。

「あぁ、すまなかったな」

「いえ、仕事ですから。それでは約束通り、情報料の三千Reを…」

「そうだったな。おい!」

「へっ?」

 サユハが気の抜けた声を発し、目を丸めてキョトンとしている。

「お前が払え。勝手に付いて来たんだから。それにお前にはそれぐらいしかできないだろ?」

「それぐらいってどういう意味!?それに私はお前じゃない!サユハって言うちゃんとした名前があるんだから!!」

 サユハは怒りを全面に押し出し、一歩詰め寄ってきた。

「どういう意味って言われてもそのままの意味だ。いいから払え」

「ちょっと!それって役立たずって言ってるようなもんじゃない!」

「ん?あぁ、俺はそのつもりで言ったんだ。とにかくひとまず払え。文句なら後で聞く」

 サユハはぶつぶつとぼやきながら、マスターに情報料を支払った。

「どうも。何かあればまた声をかけて下さいね」

 マスターは一度俺達に微笑みかけ、ゆっくりと歩き去っていった。

「ねぇ!何で私が払わなきゃいけないのよ!?」

 サユハの怒りは治まることなく、更に増しているように見えた。

「ま、そういうなよ。この賞金が入れば少しは分け前をやるから」

「うぅ…わかった。じゃあそういうことで我慢する。あっ!でも、役立たずってどういうことよ!それは聞き捨てならないわ!」

「ったく、一々煩い奴だな。さっさと行くぜ」

 俺はサユハを無視して振り向き、入口に歩を進めようとした。

「ちょっと!話を逸らさないでよ!」

 俺は顔だけを振り向かせ、サユハに視線を向けた。

「だったら、付いてこないのか?」

「それとこれとは話が別でしょ!?」

 俺はいい加減サユハとの言い合いに飽きたので、無視して遺跡に足を踏み入れた。

 階段を降りると、そこには広場が待ち構えていた。

 暗闇を嫌うかのように壁の所々にある照明の明かりが広場を隅なく照らしている。

壁一面には文字や壁画が描かれていて、歴史を感じさせる遺跡という印象だ。階段から見て真正面に奥へと続く通路が一つだけ暗闇を携えている。

 少し経ってからサユハが広場へと降りて来た。

「置いてかないでよ!あっ、これって…」

 サユハは広場を見回して、目を輝かせている。

「うわぁ。すごーい」

「なんだ、お前でも歴史の価値はわかるんだな」

「わかるわよ!私のお父さんが考古学を研究してたから、その影響で歴史とかは好きなんだ」

 サユハはまじまじと見つめ、壁に沿って歩き出した。

「おい。俺は仕事で来たんだ。いつまでも眺めてたら、また置いてくぞ」

 サユハには俺の言葉など耳に入っていないようだ。

「ったく、先に行くからな」

 俺はサユハをここに残し、広場を後にした。通路には広場のような照明はなく、俺は予め用意しておいた蝋燭に火を点した。

 通路は一本道で俺は迷うことなく、歩を進めた。


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