第3話 酒場にて
まだ夜までは時間があったので、俺は遺跡を調べる為に街の酒場へと足を運んだ。この酒場は風人達のたまり場として利用されていて、遺跡の情報を入手するのには最適な場所だった。
酒場は酒の回った男たちで賑わっており、テーブルはすべて人で埋まっていた。しかし、カウンターはまだ席が埋まりきってなく、俺はマスターの真向かいのカウンターに腰を下ろした。
「いらっしゃい。何にします?」
「そうだな…」
ふと横に目をやると、いかにも嫌味そうで背中に大斧、右腰には手斧を携えた男が既に席を埋めていた。
その男は大柄で顎に髭を蓄え、黒の短髪という髪型をしている。男は酒が並々に注がれている大きいコップを片手にテーブルに両肘をつき、俺を睨んだきた。
「なんだ?酒でも飲みに来たのか?残念だが、お前のようなひ弱そうな奴には飲ませる酒はここにはないんだよ。なぁ、マスター?お前は骨が折れないようにミルクでも飲んでるのがお似合いだぜ!はーっはっはっはっ!!」
テーブルを囲んでいる男達が騒ぎ始めた。
「そうだな!はっはっはっ!」
「こんなとこお前みたいなヒヨッ子には合わないぞ!」
「お前みたいな奴、帰れ帰れー!」
「ガッハッハッハー…ゲホッ、ゲホゲホッ!」
「だ、大丈夫か?」
「医者!誰か、医者を呼んでくれ!」
「なんじゃ?」
俺は背中の後ろに聞こえる野次を無視しながらマスターに注文した。
「じゃあ、ミルクで」
「はっはっはっは!そいつは傑作だな!こいつ、自分の弱さを自覚してるみたいだ!」
「はい、お待たせ」
注文の品はすぐに俺の元に届いた。俺はそのミルクを口にし、気持ちを落ち着かせた。
俺は早速、情報収集の為に椅子から立ち上がり振り返った。
「一つ聞きたいことがあるんだ。誰かこの近くにある遺跡の場所を知らないか?最近見つかったらしいんだが…」
俺の言葉は騒がしい店内に一瞬にして、沈黙を呼び込んだ。
「………………」
「………………」
「なんだ、誰も知らないのか?」
先程まで騒いでいた人達をじっくりと見回すと、殆どの人の表情が恐怖に染められていて、俯いていた。ここにいる人は誰もが、遺跡で思い出したくない程の嫌な思いをしてきたらしい。
店の沈黙は隅のテーブルに座っていた男によって破られた。
「わ、悪いことは言わない。あの遺跡に行くつもりならやめておけ。い、痛い目見るだけだぞ」
その男は異様に脅えているように俺の目には映った。
「なんだ、知ってるんじゃないか。ちょっと案内してくれないか?その遺跡に用事があるんだ」
男は忌まわしき記憶を振り払うように頭を左右に振り、声を張り上げた。
「い、嫌だ!絶対嫌だ!!に、二度とあの遺跡には近付きたくない……」
それ以来、その男が口を開くことはなく、静まり返った店内は酒場とは思えない程だった。
そんな中、店の扉が勢い良く開いた。いきなり店に入ってきたその女は店内の様子など全く介さずにマスターの元に歩を進めていく。
この店内で静まり返っていた人達の視線が一斉に浴びせられる。しかし、女はそんなことを気に掛ける、いや、そんなことすら気付いていないようだ。
その女は肩より少し下に伸びた金髪に幼さの残る顔立ちをしている。
表情は怒りが満ち溢れ、履いているブーツの足音の一つ一つがドンと音をたてているようにも思えた。
「ちょっと!どういうことよ!?あなたに言われてあの洞窟に行ったけど、何もなかったわよ!?最深部に辿り着くのに苦労したんだからね!それなのに目的の獲物は勿論、そんなものがあった形跡すらなかったのよ!?デマの情報で金を取ろうなんて厚かましいにも程があるわ!」
女はその表情に伴った怒りをマスターにぶつけた。しかし、マスターはその怒鳴り声に眉一つ動かさずに冷静にコップを拭いていた。
「あぁ、そのことでしたか。あれはあくまで噂ですからね。それは最初に話したでしょう?それに私の情報だけですぐに洞窟に向かうなんて、少し軽薄過ぎるんではないんですか?普通、一人前の風人ならその噂の真意を確かめてから洞窟に向かうと思いますがね」
「そ、それは…」
女はまだ少し納得いっていない様子でいる。
「ですから、お金はお返しできませんし、文句を言われる筋合いもありません」
女はその言葉でとどめを刺され、目の前の椅子に気力を無くしたかのように腰を下ろした。
「……ミルク下さい」
「はい」
マスターは注文されたミルクをすぐに用意し、差し出した。俺がミルクを頼んだことが嘘のように静まり返ったままだ。
女はミルクを口に運んだ後に落ち着きを取り戻していき、漸くこの異様に静まり返った状況に気が付いた。
「あれ?そういえばなんでこんなに静かなんですか?」
女が店内に放ったその言葉に反応を示す者は誰ひとりとしていない。
「ったく、黙りやがって…マスター、あんたはなんか知らないのか?」
俺はその男達から情報を聞き出すことを諦め、マスターに視線を移した。
「知っていますよ。誰も案内してくれそうにないみたいなので、私が案内しましょうか?ただし、情報料は頂きますが…」
「本当か?それじゃあ、お願いするぜ」
「なんの話ですか?まさか、何かの賞金とか?」
女は興味津々で俺に詰め寄ってきた。
「お前には関係のない話だ」
「うぅ…」
女は軽く怯んだが、めげずに言葉を紡ぎ出す。
「でも、関係ないってどういうことさ!私だって一応風人なんだよ?賞金の話なら少なくとも興味ある話だから聞きたいんだけど?」
「あぁ、はいはい。わかったわかった。それはそうと情報料は幾らなんだ?」
俺は女を適当にあしらい、マスターとの話を続けた
「そうですね…三千Reくらいが妥当ですかね」
「なんでそうやって無視するの!?その賞金のこと話してくれてもいいじゃん!」
俺の態度に怒りを覚えたのか、女は隣でいきなり怒鳴り声を上げた。
「わかったよ。俺は最近この辺りで見つかった遺跡に住み着いてる双頭獣とかいう奴の賞金を狙ってて、その遺跡の場所を探してるんだ。それでここにいる奴らにその場所を聞いたら、皆して黙っちまって…」
言葉を紡ぎ終わると同時に俺は静まり返った男達に目をやった。
「へぇー。あっ、だから酒場なのにこんなに静かだったんだ。その賞金って幾ら?」
「一千万Reとか言ってたな」
その賞金の高さに女は開いた口に手を当てて驚いる。
「そんなに高いの!?だったら私も連れてって!」
「ダメだ。双頭獣はかなりの強いみたいだからな。こいつらを見ればわかるだろ。こいつらは双頭獣に挑戦して返り討ちにあってもなんとか逃げ出した奴らだろうな。お前が来たって俺の足を引っ張るだけだろ」
「そんなことない!絶対に足引っ張らないから!」
俺の言葉を聞いても彼女は諦めようとはしなかった。俺は隣の大柄で偉そうな男を指差した。
「ダメだ。お前の何倍も強いだろう、この偉そうな男でさえ無理だったんだ。お前だったら死ぬぞ」
「なんだと?てめぇ、言っとくが俺様は逃げて来たんじゃねぇ!」
「誰が逃げてきたなんて言った?自分か言うってことは………へぇー、双頭獣から逃げてきたんだ」
「煩ぇ!それにお前、自分が俺様より強いみたいに言ってるが、お前みたいなヒヨッ子じゃあの双頭獣に一撃でやられるぜ」
「だから?それに俺は双頭獣にやられるつもりもないし、お前よりは絶対に強いぜ」
俺の言葉にその男は僅かに苛立ちを見せた。
「てめぇには遺跡に行く前に解らせなきゃいけねぇことがあるみてぇだな。この賞金首五千万Reのドギ一家頭首、ドギ・サナヒ様に喧嘩を売ったことを後悔させてやるぜ。俺様に喧嘩を売ってただで済むなんて思うんじゃねぇぞ。今まで無事で済んだのは一人もいないからな。今更謝ったって…」
俺はドギという男を介せず、女と言い合っていた。
「だからダメだ」
「いいじゃない!手伝ってあげるから」
「死にたいのか?」
「死なないよ!そりゃ、風人になってまだ半年だから日も浅いし半人前だけど…」
「ったく、馬鹿は死ななきゃ直らないというがお前の場合死んでも直らないな。とにかくダメだ。何度言えばわかるんだ」
「私は馬鹿じゃない!」
俺達の言い合いを遮るようにドギは怒り任せに大声で叫んだ。
「てめぇーーー!!俺様を無視するとはいい度胸じゃねぇか!!!」
その大声に俺はドギと名乗った男の方に振り向いた。
「あっ、そういえばいたんだっけ?」
「俺様を無視するだけじゃなく、コケにまでしやがったな!!てめぇだけは絶対に許さねぇぞ!!」
ドギは怒りに震え、拳を握り締めている。だが、俺は面倒に巻き込まれるのはごめんだったので再び無視した。
俺はマスターにミルク代を支払った。
「ごちそうさま。明日の朝また来るから、その時に案内頼むな。情報料は着いてからでいいよな?」
「はい。結構です」
俺は酒場を後にしようとしたが、途中で歩を止めて振り向いた。
「お前、とにかく付いてくるのだけはダメだからな」
俺は酒場を後にした。外は既に暗闇が辺りを包み、それを嫌うように月が淡い光を放っていた。
「おい!このまま生きて帰すと思うのか?」
俺を呼び止める声に振り向くと、そこにはドギが怒りを視線に篭め、立っていた。
「それでどうするつもりだ?」
「決まってるだろ」
ドギは背中に携えていた俺くらいはある大斧を左手で持ち、柄を肩に乗せて構えた。こいつはこの隙だらけな構えをいつもしているかと思うと少しアホらしくなる。
俺も右手を腰のホルスターに置いた。少し沈黙が流れた後、ドギが動き出した。
ドギは斧を振り上げ、俺を真っ二つにしようと振り下ろす。俺はドギの右側にかわし、それと同時にドギのこめかみに銃口を向けた。
「動くな。死にたいか?」
ドギは俺の言葉など聞き入れずに地面に突き刺さった大斧を抜き、俺目掛け振り抜く。
俺は銃を撃たずに後ろに跳んでかわした。だが、ドギはすぐに空いた右手で右腰に携えている手斧を手に取り、俺に投げてくる。
俺は着地すると同時に投げられた手斧を掴み取った。
「これで終わりか?」
ドギが俺に向かって走り出そうとした。
バンッ!
俺が放った銃弾は走ろうとしたドギの頬を掠め、ドギは走り出すのをやめた。ドギの頬には一線の傷が付けられ、傷から血が滴り頬から流れた。
「次は当てるぜ」
「くっ…」
ドギは歯を食いしばり、悔しさを露わにしている。
「それじゃ、俺は帰らせてもらうかな」
俺はドギの手斧を捨てて、宿屋へと歩き出した。しかし、ドギが執拗に追ってくる為に俺は近くの裏路地に入り、簡単にドギを撒いてから宿屋へと帰った。
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