第24話母さんの『権助提灯』の感想
「どうかな、ショウちゃん』
俺にパロディの『権助提灯』を披露した母さんが感想を聞いてくる。しかしこれは……
「母さん、一つ聞くけど、最後のオチってもともとの古典の方の『権助提灯』もそんな感じなの?」
「違う違う。もともとの方はね、『旦那、もうろうそくに火をつける必要はありませんや。もう夜が明けた』ってオチなの。あ、しまった。ショウちゃんには古典の方の話のスジもろくに説明していないのにオチだけ言っちゃった。もう、ショウちゃんがそんな質問をするからよ」
「あ、ごめん、母さん。と言うより、俺はオチだけのネタバレ気にしない方だから母さんが『しまった』って思う必要はないんだけれど……」
なるほど、最後の方で女主人が『まだ夜は明けてないよ』なんて言うのも古典のオチありきの話だったのか。たしかにオリジナルにひとひねり加えてあってパロディとしてよくできていると思う。思うけれど……
「どうしたの、ショウちゃん。そんな難しい顔しちゃって。母さんの落語つまらなかった?」
「う、ううん、そんなことなかったよ、母さん。すっごく面白かったよ」
「そう。ショウちゃんが面白がってくれて良かったわ」
問題は、今こうして俺の右手にやけどを負わせたことを忘れているみたいにホッとした顔をしている三十七歳の俺の母さんが俺をこんなにもドギマギさせることだ。俺にやけどをさせたことで罪悪感を持っていた母さんが安心しているのを見ているだけでもドキドキするのに……
落語の中で、母さんが旦那さんや浮気相手がろうそくであつがる姿をそれはもう色っぽく演じたことが大問題なのだ。プロの落語家というのは男だけしかなれないらしい。その男の落語家が、女性を色っぽく演じるのもすごいことなのだろう。けれど、俺好みに歳をとって色気を増した母さんが、ろうそくをあつがって喜ぶマゾな男を演じる姿を見せられて俺はどうしたらいいのだ。
話のスジでは、男が女を説教する流れになっていったがそんなことはどうでもいい。重要なのは、十七歳の母さんも同年代の男子高校生相手にあんないやらしい演技をしたのかということだ。
「母さん、今の『権助提灯』を母さんが女子高校生の時にやったって言ったよね」
「そうよ、それはもう大評判だったんだから。立ち見のお客さんもいるくらいだったのよ」
それはそうだろう。三十七歳の母さんの二十年前……つまり今から四十年前か。だったら、男子高校生ともなれば、今みたいにネットで手軽に自分の欲望を満足させるわけにはいかなかっただろう。そんな状況で、十七歳の母さんがあの『権助提灯』をやったとしたら……立ち見と言ったって、ほかになにを立たせていたか分かったものじゃない。
「母さん。悪いけど、今日はこのくらいで部屋を出ていってくれないかな」
「どうして、ショウちゃん。やっぱり母さんがショウちゃんの右手をやけどさせちゃったから怒ってるの? そうよね、母さんが落語やったくらいで帳消しになるはずがないわよね」
「いいから、母さん。出てってくれよ」
白状すると、もうやけどなんてどうでもよくなった。それよりも、俺の知らない十七歳の母さんを知っている人間が、四十年たったいまでもその姿を鮮明に覚えていて、下世話なコメントを書き込んでいたことが腹ただしい。
そんなしっとで気が狂いそうになった俺が、母さんと二人きりで部屋にいたら何をしでかしかわからない。同い年の母と息子が部屋に閉じこもっていたら、何か起きてしまうかもしれないじゃないか。
「ショウちゃん、ごめんね。母さん謝るから。だから、だから……」
「わかってるよ。俺もこの状況をなんとかするように努力するから。二十年間引きこもっていたけどなんとかしてみせるから。とりあえず今はこの部屋を出ていってくれ」
「わかったわ、でも、ごめんね、ごめんね、ショウちゃん」
母さんは俺の部屋を出ていった。二十年前からタイムスリップしてきた三十七歳の母さんに、五十七歳の母さんと同じようなことを言わせている。俺はいったい何をしているんだ。これも三十七歳の母さんが魅力的すぎるのがいけないんだ。
「『権助提灯』か……もとの話はどんな話なんだろう。調べてみるか。なになに……」
大体の話とオチは母さんから聞いたが、どうも最初は浮気を認めてくれる妻とお妾である立場をわきまえている浮気相手という男に都合のいい設定と思いきや、結局その男が自分の家と浮気相手の家を行ったり来たりしてひどい目にあう話らしい。母さん一人を相手にするだけでこんなにキリキリ舞いになるんだから、二人も女の人を相手にしたらとてもじゃないが気が休まらないだろう。
ハーレムなんてものはフィクションに限ることがよくわかった。俺も自分のぶんをわきまえるとしよう。そもそも、子供の頃から『人間は何にでもなれるんだ』と言った夢物語を聞かされていたから俺はこんなふうになったのかもしれない。それが三十七歳にしてわかっただけでも、三十七歳の母さんが来てくれた意味があったのかもしれない。
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