第22話母さんの古典落語『権助提灯』・其の4

「権助、権助や」


「何ですかい、ご主人様。せっかくお仕えしているご主人にうっちゃられて一人寂しく、ひょっとしたら自分はこのまま忘れ去られてしまうのだろうか、という様子で放置されているこの状況を堪能していたっていうのに」


「お前もなのかい、権助や」


「だから何がですかい、ご主人様」


「何でもないったら、権助。それより、はい、ろうそく。またしょう太のところに行くよ」


「またですかい、せわしないったらありゃあしないですねえ」


「つべこべおいいでないよ。さあ、行った行った」


「全く、お盛んですねえ」


「そういう事じゃあないんだってば、ときにね、権助や、話は変わるけどね、男っていうものはだね、散々ろうそくを垂らされた後に一人でほっぽって置かれて嬉しいものなのかい」


「当たり前じゃあないですか、ご主人様」


「当たり前ときたかい、いやはや、男というものはちっとも分からないものだねえ」


「おいらにしてもいれば一号と二号をこうもひっきりなしに行き来する女の方がわけが分かりませんがね」


「私だって別にしたくてしてるんじゃあないよ」


「じゃあやめればいいじゃあないですか」


「そういうわけにもいかないんだよ、権助」


「全く何が何やら……ご主人様、しょう太さんのところにつきましたよ」


「ほら、権助、さっさとそのろうそくをお貸し」


「わかりましたよご主人様」


「しょう太、ご主人様のお戻りだよ」


「あれっ、さとさん、どうして戻ってきちゃうんですか。せっかく一人放ったらかしにされるわびしさを堪能していたところなのに。うわっ、しかもろうそくなんて持っちゃって。さとさん、あなたってひとはちっとも男心ってものを解ってはいやしないよ。いいですか、ろうそくっていうのはですね、ただのべつ幕なく垂らせばいいというものではないんですよ。垂らす時はしっかりと垂らす、垂らさない時は全く垂らさない、といったようにですね、メリハリが大事なんです。それなのにさとさんったら。こうもすぐさま取って返してしまって、もう、台無しじゃあありませんか」


「しょう太、申し訳ないね、でも六助がしょう太を一人放置しておくなんてずるい、自分も一人きりにしてほしいなんて言うから……」


「そう、そうですよ、六助さんですよ。六助さんは今まさにうっちゃられている真っ最中なんですね。そんなことはダメです。羨ましいったらないですよ。実にけしかりません」


「でも、しょう太……」


「でももへったくれも有りません。ああもうじれったいですね。さあ、早くそのろうそくを垂らしちゃってください。さとさん、いいですか、僕は本来なら命令されたくてされたくてたまらない男なんですよ。それなのに、何の因果でろうそくを垂らせだなんて命令しなくちゃあならないんです」


「確か、六助のやつもそのようなことを言っていたよ」


「当然ですよ。男という生き物は本来命令されてしかるべき動物なんですから。ですがこうとなっては仕方がないじゃあありませんか。さあ、一刻も早くそのろうそくを垂らしちゃってください」


「わかったよ、これでいいのかい」


「ああ、熱い熱い。ってちっとも楽しくなんてないですよ。これというもの全てさとさんのせきにんなんですからね」


「悪かった、悪かったてば。それであたしは六助のところに戻ればいいんだね」


「はいそうです。それとろうそくも忘れないでくださいね」


「了解しましたよ」


「権助、権助や」


「はいはいここですよ、ご主人様。今回は馬鹿に早かったじゃあないですか。一人取り残された何とも言えないうらぶれ加減を楽しむ間もありゃあしませんでしたよ」


「お前が一人放置されていることを楽しむかどうかは問題じゃあないんだよ。はい、ろうそく。それじゃあ行くよ」


「行くとはどこにですかい、ご主人様」


「自宅だよ。六助のところだよ。決まってるだろう」


「決まってるのでございますか。慌ただしいですなあ」


「わかったらさっさとしなさい、権助。でだね、しょう太のやつが実に御立腹だったんだよ。『どうしてこんなのに早く戻ってくるんですか。もっと長い間放っておいてくださいよ』ってぶうぶう文句を垂れるんだよ。ひどいと思わないかい」


「いやあ、ご主人様、しょう太さんが怒るのも無理はないですよ。孤独を思う存分堪能しているところを邪魔されたんですからねえ。同じ男としてその気持ち、実によくわかるというものですよ。同情しますねえ」


「孤独といえば聞こえはいいけどねえ。だけども同じ男というのなら、六助も今まさに一人でいることを楽しんでいると思うかい、権助」


「そりゃあそうでしょうよ、ご主人様」


「じゃあ、今自宅に戻ってそのお楽しみをぶち壊しにしたら六助は怒っちまうかねえ」


「怒っちまうでしょうねえ」


「困っちまったねえ」


「自宅に戻るのをお辞めになさいますか、ご主人様」


「そういうわけにもいかないよ。しょう太が口を酸っぱくして指図してきたのだからね」


「指図されちゃいましたか、ご主人様。とても普段はあのような大店を切り盛りしているさと様のお言葉とは思えないじゃあありませんか」


「そう言わないでおくれよ、権助。あたしはね、今の今まで自分は人に命令するためにこの世に生を受けたものだと思っていてけれどもね、こうなってみると、命令されることがあたしの性に合っているんじゃあないかっていう気分になってきちまったよ」


「なってきちまいましたか、ご主人様。ああ、そうこうしているうちに自宅にお着きになりましたよ。はいどうぞ、ろうそくです」


「何だかちっとも気が進まないよ」


「そんなこというものじゃあありませんよ」


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