第21話母さんの古典落語『権助提灯』・其の3

「権助、権助や、ぼやぼやしてないで早くおし。今すぐ六助のところに戻るんだよ」


「へえ、ご主人様。それにしてもずいぶん燃えていらっしゃったようですね」


「ななな、何を言うんだい、権助ったら。そんな風にはしたないことをおいいになるんじゃあありませんよ」


「何がはしたないんですかい、ご主人様。おいらはただ、そのご主人様がお持ちになっているろうそくが先ほどと比べてずいぶん短くなっちまっているようですから、ろうそくの炎はさぞ景気良く燃えていたんだろうなあと思っただけなんですが」


「そそそ、そうなのかい、権助や。それならそれでいいんだよ。じゃあはい、このろうそくを持ちなさい。早く戻るとするよ」


「わかりましたよ、仰せのままに。しかしついさっき、しょう太さんのところにいたと思っていたのに、息つく暇もなく六助さんのところに舞い戻るって言うわけですか。いやはや、景気が良いと言うか、自分の思うままにと言うか、少し前までろうそくを消す消さないなんてことをけち臭く言っていたお人とは思えませんなあ。おいらは男を二人も侍らすかことが労力の無駄図解極まりないと思っちまうんですがねえ。いえいえ、悪いとは言ってはいませんよ。むしろ、商店を切り盛りするとなったらその位の勢力に溢れていなきゃあ駄目なんだなあと感心するくらいでして」


「あんまり余計なことは言わないでおくれよ、権助や。ところでだね、仮に、いいかい仮にだよ、このろうそくを使って、六助にろうを垂らして熱がらせたらだね、六助は喜ぶと思うかい」


「そんなこと、涙を流して大喜びするに決まってるじゃあないですか、ご主人様。おいらが請合いますよ。と言いますのもね、おいらは常々思っていたんですよ。六助さんは全てご主人様の言う通りにされている。一見何の不満もありゃあしないようですがね、実のところは色々欲求不満に違いないってね」


「本当かい、権助や。あたし、そんのことだとはちっとも思ってはいなかったよ。そうなんだったら、一刻も早く六助にご褒美を差し上げなくちゃあならないね。さあ、権助、急ぎましょう」


「六助、今戻ったよ。ところで、このろうそくを見て何か言いたいことはあるかい」


「ああっ、さとさん。どうしてこんなに早く戻ってきたんですか。でもそのろうそく、いや、そんなことあるはずがない。確かに僕は常日頃からさとさんにろうそくを垂らされたくて垂らされたくてたまらないでいたけれども、そんな夢みたいなことが実際に起こるはずがない、ねえそうでしょう、さとさん」


「そんなことを思っていたのかい、六助ちゃん。なんていけない子なんだろうねえ、お前と言うやつは。そんな駄目な子には一刻も早くお仕置きをしてやなないといけないねえ」


「はい、お願いします。是非是非この生きていることそのものが申し訳ないくらいの自分にぜひおしおきをおねがいします」


「まったく、六助や、今からお前にするのはお仕置きなんだよ、罰なんだよ。それをなんだい、まるでご褒美みたいに」


「すみません、すみません、さとさま。でも早くお願いします」


「しょうがないねえ。ほれ、六助、どうだい」


「ありがとうございます、最高です、さとさん。でも一体全体どうしてもんなに早く戻っていらしたんですか」


「ああ、それはね、六助、しょう太がそうするようにいったんだよ。『自分だけさとさんにろうそくを垂らされるご褒美をいただくなんて六助さんに申し訳ない。一刻も早くご自宅にお戻りなさって六助さんにもこの快感を味わわさせてやってください』ってね」


「ええっ、『自分だけ』ということはしょう太君もろうそくを垂らしてもらっていたと言うことですか、さとさん」


「そんなに大きな声を出さないでおくれよ、六助や。びっくりしちまうじゃあないか。まあ確かにしょう太にも垂らさしてもらったけれども……」


「そんな! ずるいです!」


「ずるいって言うけれどもね、六助や、だからこうしてお前にもろうそくを垂らしたじゃあないか」


「違いますよ、さとさん。そういう事じゃあないんです。僕がずるいと言った理由はですね、さとさんがしょう太君にろうそくを垂らした、そして今はここでさとさんは僕といる。ということはですね、現在のところしょう太君は一人っきりということじゃあないですか」


「それはしょう太がずるをしていることになるのかい、六助」


「当然ですよ! さとさん! しょう太君は今まさに、さとさんにろうそくを散々垂らされた挙句にたった一人で取り残されているということじゃあないですか。そんな風に放置させられているなんて羨ましいことこのうえないったらありませんよ」


「そうなのかい、正直にいうとね、六助や、あたしはね、お前やしょう太にろうそくを垂らすことはだね、結構楽しくてゾクゾクしたんだけれどもね、じゃあしょう太を一人置き去りにすることに興奮するかっていうとだね、別にそんなことはないんだよ」


「さとさんがどうかなんて関係ありませんよ。僕はしょう太君がそう言った状況に陥っていることに羨望の念を禁じ得ませんしね、おそらく、いや間違いなくしょうた君はほっぽられてさとさんに感謝していると思います」


「私にはちっとも実感できないよ」


「実感できなくていいですからね、とっととしょう太君の妾宅に戻ってください」


「そんな風にきつく命令しなくてもいいじゃあないか、六助」


「僕だって命令なんてしたくはありませんよ。僕は命令するより命令されることに喜びを感じる性癖ですからね。でも、しょう太君がそんないい思いをしているとなればもう居ても立ってもいられません。さあさとさん、急いで。ああそうだ、ろうそくを忘れちゃあいけませんよ。これがなくてはどっちらけですからね」


「わかったよ、わかりましたってば」




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