第20話母さんの古典落語『権助提灯』・其の2

「権助、権助や、ちょっとおいでなさい」


「へえ、何ですかご主人様」


「今からちょいとばかし、しょう太のところに行くからね、提灯に火をつけて頂戴」


「はあ、しょう太のところにですか。ついさっき地震があったばかしなのにお行きなさるんですか散々揺れたのにまだ収まり切らずに、別宅で大いに二人でお揺れなさるんですか」


「権助、このお馬鹿は、なんてことを言うんだい。そんなことじゃあないよ。あたしはだね、ただただ、しょう太のことが心配でたまらずにあちらに行くんだよ。いいかい、権助、この世で一番大切なものは何だと思うかい。それはね、愛だよ。私はね、その高尚な愛のために赴くんだ。それをなんだい、権助、お前は。下種の勘繰りはよしておくれよ」


「わかりましたよ、ご主人様。じゃあ別宅にお連れすればよろしいんですね」


「わかればいいんだよ、権助や。じゃあ行こうか」


「はいただいま。……ご主人様、ただいま到着しましたよ」


「わかってるよ、権助や。おやおや何をしているんだい。提灯のろうそくがついたままじゃあないかい。そんなふうにもったいないことをするものじゃあないよ。早く消しておしまいなさい」


「ええまあ、そうしろと言ったらそうしますがね、ご主人様。だけれども先ほどは愛だのなんだの言っていたくせに、こういうことはしっかりけち臭くきっちりしていやがりますね。ですが、どうせ帰る時にまたつけるんですからね。そうだ、このろうそく、ご主人様がしょう太さんと一緒にお使いなさりますかい」


「一緒にって、権助や、ほら、ご覧よ、この家を。確かに地震はあったけれども、別にどこか壊れたりはしていなくてね、障子を通して明かりがついているのが見えるだろう。きっとここも本宅と同じように無事だったんだね。でも明かりがついているということは、しょう太も目が覚めて、でもあたしと違って一人寂しくしているんだろうねえ。だから早く行ってやらにゃあ。そういうわけで、ほら、権助、さっさとそのろうそくの明かり、消しちまいな」


「いや、ご主人様、そういう事じゃあなくてね、おいらが一緒にろうそくを使うと言ったのはですね、ご主人様がこのろうそくの融けた熱い熱い蝋をですね、しょう太さんに垂らして熱がらすわけですよ。おいらもよく女性にろうそくを垂らしてもらっていますがね、これが結構具合がよろしくてですね……」


「よしとくれ、権助や、どういうことだい人様にろうそくを垂らすだなんて、ろうそくはだね、暗いところを照らすためにあるものだよ。それを言うに事欠いて、男に垂らして熱がらせるだなんてふしだらだよ。破廉恥だよ」


「それじゃあこのろうそくの明かり、消しちまいますかい、ご主人様」


「何も消すことはないだろう、権助。さ、そのろうそくをちょいと渡してちょうだいな」


「やれやれ、はいどうぞ。いってらっしゃいませ、ご主人様」


「地震があったけど平気かい。しょう太、しょう太はいるかい」


「あっ、さとさん。会いたかったです。盛大に地面が揺れてもう心細くて心細くて、でもそのろうそくは何ですか。ひょっとしてこのわたくしめにそのとっても熱そうなろうを垂らしていただけるんですか」


「そんなふうに言うなんて、しょう太や、あんた実はこういう事を待ち望んでいたのかい」


「はい、そのとおりです、さと様。本当のところを言うとわたくし、前々からそのような行いに興味が津々でございました」


「そうだったのかい、しょう太。あんたも随分な奴だったんだね。でも白状しちゃうと、あたしも常々あんたに色とりどりの苦痛を与えてみたかったんだよ」


「そんな、もっと早く言っていただければよかったのに。じゃあ今すぐ始めちゃいましょう。これまでの遅れを存分に取り戻そうじゃあありませんか」


「お安い御用だよ、しょう太」


「あ、さとさん……そんなところをそんなふうにするなんて」


「しょう太、こんなところをこんなふうにするのがいいのかい……」


「さとさん、すごかったです」


「あたしもだよ、しょう太や」


「そうだ、僕だけこんないい思いをするなんて不公平です。ぜひ六助さんにもこの快感を味わわさせてください」


「いや、六助にもっていうけどね、しょう太。こういった少々常識的とは言えない行為をだね、六助も喜ぶとは限らないしねえ」


「六助さんも大喜びするに決まっているじゃあないですか、さとさん。男ならみんな喜ぶものですよ」


「本当かい、しょう太。そういえば権助もそういうふうに言っていたねえ。でもね、実を言うとね、ここに来たのはだね、その六助の提案なんだ」


「さとさん、どういうことですか」


「ほら、ついさっき地震があったときにね、あたしは六助と二人でいたのだけれどもね、そこで六助が言うんだよ。『私はさとといたから安心でしたがしょう太君は一人で心細くしているだろう。同じ女性を愛するものとしてそんな男の子をほってはおけない。さと、今すぐしょう太君のところに行ってくれ』とね」


「そんな、そんなふうに僕のことを思ってくれた六助さんを除け者にして僕がさとさんを独り占めにだなんてますますできやしない。さあ、さとさん。早くお帰り下さい。もちろんこのろうそくも忘れずに」


「そうかい、しょう太がそこまで言うのだったら、そうしようかね」



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