第16話縁起物の寿限無
「そういうことだから、おめでたい場所でのあいさつ代わりに寿限無ってのはちょうどいいのよね。わかった、ショウちゃん?」
『何十年も前のアイドル落語家がよみがえったお祝いとしてこれほどふさわしい演目はないということやな』
『こんなめでたいことはないで。盆と正月がいっぺんに来たようなものや』
『当然こんな前座話で終わりっちゅうことはないよな。続きを期待してええんよな』
『↑そう思うんなら、お前がほかのどこかで宣伝するんやで』
「だいたいわかったよ、母さん。落語が好きなおじいさんの誕生日に、かわいい孫が寿限無やって、『あんまり長すぎておじいちゃんがまたひとつ年を取っちまった』なんて落としたら、おじいちゃんの財布のひもも緩んで孫にお小遣いあげようって気になるってことね」
『ワイ六十間近のジジイ。孫どころか子供も嫁もいない現実に震える』
『↑そういう独り身のために、子供や孫の代わりとしてアイドル産業がにぎわっとるんやで。この三十七歳のお母さんを娘と思ったらどうや?』
『↑そしたら、ショウちゃんは孫か。自称引きこもりの孫とかどうなんや』
『↑実際引きこもりかどうかはわからんからな』
「大正解よ、ショウちゃん。ちなみに、七十七歳のお祝いで喜寿ってのがあるのよ。『喜ぶ』の漢字を崩して書くと漢字の『七』が三つ重なって見えるからって言うのが語源ね。そして傘寿と言う八十歳のお祝いがあるの。傘の漢字の略字が八と十を重ねた形になって、八十と読めることに由来しているのね。米寿が『米』の字が八十八と読めるってことで八十八歳のお祝い。卒寿が『卒』の字が九十に見えるから九十歳のお祝いなのよ。九十九歳のお祝いで白寿ってのもあるけど、これはちょっとひねりがきいているのよね。わかるかしら、ショウちゃん」
『百のてっぺんの漢字の一を取ると白になるからやろ。ワイ、博識やろ。母さん、ほめてや!』
『↑ショウちゃんになったつもりの視聴者がいますねえ』
『↑アイドルの相手役に自分を投影するのファンのお約束みたいなもんやで』
『↑ショウちゃんに殺害予告しないだけましともいえる』
「僕が答えなくても、視聴者さんがコメントで答えてくれたよ、母さん。なるほど、百から一を引いて九十九かあ……なかなかとんちがきいているなあ」
『ワイも喜寿を迎えたい。高校時代にあこがれたアイドルが復活したんで生きる希望が出て来た』
『ワイも傘寿になりたい。もっとお母さんの落語を聞いていたい』
『ワイも卒寿になりたい。母さんに落語を説明してほしい』
『ワイも米寿を祝ってもらいたい。絶望しかなかった老後に希望が見えて来た』
「あらあら、長生きしたい子がいっぱいいるみたいね。そんな子たちが、『あんまり長すぎて喜寿のおじいちゃんが傘寿になっちまった』なんて落ちを聞かされたらどうなるかしら、ショウちゃん。寿が限り無い寿限無の落ちが、寿の数にちなんだ長寿祝いだなんて素敵じゃない」
『母さん、お願いだからその落ちの寿限無をワイの目の前でやってくれ。ギャラなら払うから』
『↑固定客としてがっちり取り込まれたな。まあ、わいもそうなんやけど』
『三十七歳のお母さんに寿限無で長寿祝いをされるおじいちゃんとか世も末やな』
『長生きはするもんやで、ほんま』
「縁起物の寿限無かあ。母さんの話はためになるなあ」
「それで、ショウちゃん。還暦ってのは六十歳のお祝いなんだけど、なんで還暦って言うか知ってる?」
『ね、うし、とら、う、たつ……の十二支に、甲・乙・丙・丁……の十干の組み合わせで昔の人は年を数えてたんや。十と十二の最小公倍数の六十で年が一周するっちゅうことで還暦と言うんやな』
『↑こいつ絶対還暦の話題になると思ってこのコメントを書き込む準備してたんやろなあ』
『↑置きコメントwww』
『母さんはショウちゃんに説明してると見せかけてワイらに説明しとるんやから、何の問題もないで』
「また、コメントで視聴者が答えてくれたよ、母さん。でも……十二支はともかく、十干なんて初めて聞いたな」
「『甲子園』は知ってるでしょう、ショウちゃん? あれは甲子の都市に建てられたから甲子園って言うのよ。十干の甲に、ねずみの子が組み合わさっての甲子園ね。それで、百二十歳のお祝いを二度目の還暦を迎えったってことで大還暦って言うのよ。だから、六十歳の還暦のお祝いに寿限無をやって、落ちを『あんまり長すぎて二度目の還暦を迎えちまった』なんてされたら、されたほうはうれしくてしょうがないでしょうね」
『決めた、ワイ、百二十歳まで生きるで。それで母さんに寿限無でお祝いしてもらうんや』
『↑世界最高齢を更新しそうで草』
『↑せいぜい天寿をまっとうしてくれ』
『天寿ってのは、寿命以外にも二百五十歳って意味もあるんやで』
「そうなんだ、母さん。それじゃあ、視聴者が長生きを決意してくれたところで、今回の配信はこのくらいにしようか」
「ショウちゃんがそう言うのなら」
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