第13話視聴者数の水増しなんて必要なかった件

「母さん、ずいぶん熱烈なファンがいたみたいだね。それも、まだその愛は衰えてないみたいだ」


 母さんの寿限無の動画を投稿しただけでこんな騒ぎがネットで起きるとは。俺がなんの裏工作もしてないのに。書き込みの際に違うIDでたっぷりと自演ができるように、何種類もスマホを母さんに契約させた俺がバカみたいじゃないか。


「やだわ、あの子たちったら。母さんね、高校時代には追っかけの親衛隊がたくさんいたのよ。アイドル歌手のコンサートじゃないんだからうちわ振り回したり、紙テープ投げたりするのはよしてなんて言い聞かせてたんだから。暴走族の特攻服みたいなの着てきた子もいたわね」


 学生落語会のアイドルなんてのはある種のたとえだと思っていた。だが、掲示板への熱烈な書き込みと、母さんの昔話からすると言葉通りのアイドル的な人気を持っていたみたいだ。


「母さん、俺が余計なことしなくても母さんだけで十分人気者になれるみたいだね。母さんにはこれだけの信者がいるんだから」


「何を言っているのよ、ショウちゃん。母さんは、動画とか掲示板とかなんのことかさっぱりわからないんだからね。忘れたの、ショウちゃん。母さんは二十年前からタイムスリップしてきたのよ。だからこの時代のことなんてちっともわからないのよ。母さんが落語できても、ショウちゃんが今の時代にあった売り出し方をしてくれなければ意味ないんだからね」


 それもそうか。そういえば、母さん機械苦手だったもんな。ビデオのタイマー録画ができなくて、いっつも俺に泣きついてきたっけ。


「そういえば、ショウちゃんが小学生の頃に母さんのためにいっつもビデオのタイマー録画してくれたわね。で、母さんが『あの番組見たーい』なんて頼んだらショウちゃんがビデオを見せてくれたのよね。ショウちゃん、母さんは今でもビデオの使い方なんてわからないから、ビデオデッキにどんなビデオテープが入ってるかなんていっさい知らぬ存ぜぬなんだからね」


 どう考えても、年頃の息子にAVを見せるための母親の優しい嘘じゃないか。だいたい、もうビデオテープなんて時代遅れだよ。


「そ、それじゃあ母さん。今度は寿限無の解説といこうか」


「ええと、母さんは二十年目からタイムスリップしてきた三十七歳ということをつつみ隠さず話していればいいのね」


「そう。さっき母さんが俺に寿限無について説明してくれたみたいにすればいいんだ」


「でも、さっき母さんがショウちゃんした説明は、寿限無って言うよりは帝国大学についての説明でしょう。落語の寿限無そのものについての説明はしなくていいの?」


 それもそうか。ウィキペディアや掲示板の内容をそのままコピーペーストした動画が人気になるんだから、母さんが寿限無について説明した動画もいけるはずだ。


「じゃあ母さん。とりあえず俺に落語の寿限無について説明してよ。それをそのまま動画にするから」


「そ、それはいいんだけど……」


「どうしたの、母さん? 顔を赤らめたりなんかしちゃって」


「だって、小学校まではあんなにかわいくて『大人になったら母さんと結婚する』なんて言ってたショウちゃんが、中学生になった途端に『ババア、部屋に入ってくるんじゃねーよ、殺すぞ』なんて言うようになっちゃって……高校生にショウちゃんがなったら引きこもっちゃったでしょう。こんなに母さん好みに成長したショウちゃんと落語の話ができるなんて思ってもいなかったから」


 俺だって、パーフェクトな俺好みに若がえった……じゃない俺好みの三十七歳の姿で過去からタイムスリップしてきた母さんと落語の話をする日が来るとは思わなかったよ


「それじゃあ、母さんのSNSのアカウント作って『今から寿限無の解説するよ』って宣伝するね」


「今のマイコンについては、みんなショウちゃんに任せるわ』


 マイコンか。そんな言葉は一九九九年でもとっくに廃れていたような……とにかく、俺が作った母さんのアカウントで寿限無の説明やるよって告知したら、あっというまに大量のフォロワーがついた。こんなメッセージ付きで。


『寿限無の解説か。誰でも知ってる話を面白くやるのは難しいんやで。でも、あの伝説の落語アイドルがやるなら安心して見てられるわ』

『ありがてえありがてえ。わしらが高校生の頃に恋い焦がれたあの学生落語のアイドルが、今になって活動再開してくれるなんて……長生きはするもんやで』

『あの和服の色っぽさ。高校生の時の若さが弾けるかわいさも最高やったけど、年月を重ねた結果の熟れた魅力にじじいのワシは大満足や』

『旦那は……旦那はどうなっとるんや。大学で学生結婚したと聞いてワイはマジで自殺を考えたが、現在未亡人になっとってもおかしくはないよな。だったら生きる希望が出てきたで』

『↑残念ながら、この配信はわしの家でやっとるんや。つまりそういうことや、すまんな』


 母さんの配信は俺の部屋でやって、俺はなにもメッセージを母さんのアカウントには送信していないが……フェイクニュースというか、でまかせが飛びかう程度には母さんの人気も出てきたみたいだ。

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