第12話視聴者数を水増ししよう
「……あんまり長すぎて、ソウルと台湾にも帝国大学ができちまった」
「オッケー。いいよ、母さん。これで落語パートは録画できたから、とりあえずこれだけ投稿してっと。タイトルは……『落語がうますぎるタイムスリッパーの寿限無パロディ』、これでいいか。お次は視聴者数とチャンネル登録者を金で買ってと……」
「『視聴者数を金で買う』? どういうことなの、ショウちゃん。
「そ、それは……見ている人が多い少ないで何を見るかを決めるって層が一定数いるんだよ。『これはたくさんの人が見ているから面白いんだろうな、よし見よう』とか、『うわ、再生数すっくな。こんなつまらない動画見るまでもないわ』なんて言う連中がたくさんいるんだよ。なんだよ、なにか文句でもあるのかよ、母さん」
さあ、母さん『そんなのインチキ』とでも怒るのか。それとも。『芸ってのはおかねでどうこうするものじゃないのよ』なんて説教をするのか。なんにしろ、掲示板でのレスバトルできたえた俺が論破してやる。
「ああ、サクラってことね。すごいわ、ショウちゃん。そこまで考えていたのね。懐かしいなあ。母さんも学園祭の教室で落語やるときは知り合いに頼み込んで、とりあえず席を埋めるよう苦労したっけ」
「お、怒らないの、母さん。あるいは説教したりしないの?」
「ショウちゃんを母さんが怒るはずないじゃない。それに、説教なんてとんでもない。名前もろくに知らないような人の話を聞こうなんてお客さんなんてそうはいないんだから、サクラでお客さんがいるように見せかけるなんて普通のことじゃない。お客さんが誰一人いないステージを見物するなんて、なんだかいたたまれなくなっちゃって厳しいけれども……お客さんがそれなりにいれば自分も見てみようかなって気になるじゃない」
「わ、わかってるならそれでいいんだよ、母さん」
そうだよな。出たての新人が人気あるように見せかけるために、事務所側が大金はたいておおぜいの観客を用意するのは人気商売としてごく普通のことだもんな。その新人はいずれ大人気になって事務所に利益をもたらすんだから先行投資だ。へたすれば、新人に自信をつけさせるために本人にはそうと知らせずに事務所がやる場合もあるらしいし……このくらい俺が自分でやっているだけ上等な部類だよな。
「それで、どうやってサクラさんを雇うの、ショウちゃん」
「雇うって言うか、これだけ払えば視聴者数をこれだけ増やします。これだけ払えばチャンネル登録者数をこれだけ増やしますなんて商売をしている人間がいるんだよ。だから、母さんが持ってきた一九九九年のお宝グッズを売った利益でこうすれば……あれれ」
「わあ、すごい。視聴者の数がどんどん増えていくわ。これみんな母さんの寿限無見たってことなの。ショウちゃん、何人のサクラさんを雇ったの?」
おかしい。俺はまだサクラを雇っていない。まだ『チャンネル登録者数 増やします 一人あたり』なんてキーワードで検索してもいないのだ。
「母さん、ちょっと待っててね」
俺がなんの裏工作もしてないのに、これだけ母さんの動画の視聴者数が伸びているのなら、掲示板ではなんらかの騒ぎが起きているはずだ。俺が母さんに契約させた複数の端末で、母さんの動画が大人気だと自作自演しようとした掲示板で。こう言う場合は……実況板か? それらしいスレタイトルは……
「あ、ショウちゃん。見て見て、『学生落語伝説のアイドルが復活? ババア無理すんな』だって。これ母さんのことかしら。失礼しちゃうわ。ババアだなんて」
俺の隣にいる母さんは断じてババアじゃないが、こんなタイトルのスレが俺が知らない間に立てられていると言うことは……母さんが高校時代に学生落語会でアイドルだったということを知っている人間がいると言うことか。しかも、けっこうな数の書き込みがされているみたいだ。なになに
『還暦間近のワイ、高校時代を思い出して号泣』
『このババア、ワイと同い年のはずなのに画面からほとばしる若々しさはなんなんや』
『伝説のアイドル落語家や。生きているうちにまたお目にかかれるとは思わんかった』
『先輩、わたしです。高校の進路説明会で先輩がしてくださった寿限無がまたきけるなんて思いもしませんでした』
『同じ大学でのキャンパスライフを目指して京大入ったのに、すでに結婚して中退されたのは昔の黒歴史』
『これ、二十年前のビデオテープと違うんか。だってこのババア六十近いはずやで。こんなにピチピチなはずあらへん』
『↑そこに気づくとは……たしかにライブ配信じゃあれへんもんな』
『↑せやけど、二十年前のビデオにしては画質がきれいすぎるで。年月による劣化がちっともあらへんもん』
『↑たしかに、目尻には隠しきれない小じわがくっきりと……でも、それがええ』
『はようその抑えきれないエロスで色っぽい吉原の話やってや』
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