第11話同い年の母親のキャラクターーを追求してみた

「ショウちゃんのためなら母さんが落語をするのは一向に構わないんだけれども……」


「けれども、どうしたの、母さん」


「服装とか、髪型どうすればいいのかなあって」


 服装に髪型か。たしかに動画配信者としては重要な問題だ。俺としては、いま母さんが着ている服での色気もへったくれもない日々の生活に疲れた中年の魅力あふれるくたびれた姿が大好物だ。それに、もう何年も美容室にいってないような女をとうの昔に捨てたようなぼさぼさの髪もかえってグッとくるのだが……この姿は俺だけの楽しみというのも悪くないし……さて、母さんを動画配信者としてどうプロデュースしようか


「やっぱり、落語やるんだったら着物じゃないかなあ、母さん。なんていうのかな……あのゆかたみたいなの」


「ショウちゃんもそう思う? やっぱり落語と言えば着物よねえ。母さんも高校生の頃は普段は制服で落語してたけれど、学園祭とかではびしっと着物で落語やっちゃったりしてたのよね。着物着るとさあ落語やるぞって気になるから不思議なものよねえ」


 女子高校生の母さんの制服姿……だめだ。母さんの高校生の頃の姿なんて想像もできない。でも、いま俺の目の前にいる三十七歳の母さんが高校の制服を着ている姿を想像すると……変だ。ちっとも無理している感じがしない。なんだかこう、中年おばさんになった昔の女の子アイドルがセーラー服を着せられて笑い者にされているところをテレビでよく見るが……母さんのセーラー服。俺も高校の制服なんてものを着なくなって長いが、失われた青春が戻ってきたような感じがする。


「たしかそのころの着物を家にとっておいたはずだっけ……よし、着替えてきちゃおう。ついでに髪もセットしないと。ショウちゃん、ちょっと待っててね」


 着替える? いま同じ部屋にいるだけで俺の胸のドキドキを止まらなくする母さんが着替えるだって。ということは……ちょっとこっそり後をつければ、よる年波のせいで重力に勝てなくなって垂れ下がったおっぱいとか、安産型ってもうとっくの昔に出産済ませただろって感じのお尻が見れるということなのか?


「ショウちゃん、のぞいちゃだめだからね。ああ、でもショウちゃんが部屋から出てくれるんだったらそれでもいいかな」


「誰がそんなことをするんだよ、母さん」


「やだ、こわい。幼稚園の頃はお寝坊さんだったショウちゃんは、『母さんと二人でお着替えしましょうね』なんて言えば喜んで布団からとびだして母さんと一緒にはだかになって服を着替えたのに」


 そういえば……幼稚園の頃の俺は母さんが着替え始めると、自分から喜んでパジャマもパンツも脱ぎ散らかしてすっぽんぽんになってた気がする。それを母さんがにこにこしながら見ていた気もする。


「変なこと思い出させないでよ、母さん。俺は絶対に部屋から出たりしないからな」


「はいはい。それじゃあ母さん少し変身してきちゃうから待っててね、ショウちゃん」


 何が変身だ。どこぞの魔法少女じゃあるまいし……だいたい三十七歳のおばさんが変身なんてしたって……それよりも、フリマアプリで預金残高を増やさないと。おお、けっこうな高値がついている。世の中には好きものがいるんだな。これだけ利益があったんだから、人気動画配信者への道は近そうだ。


「お待たせ、ショウちゃん。その……母さんの着物姿ってどうかな。落語家さんらしくセンスも持ってきたんだけど」


 和服の人妻の破壊力! いまここで俺が母さんに襲いかかったら、未亡人のいやよいやよが楽しめるのだろうか。待て、母さんが未亡人と決まったわけじゃない。父さんは俺も母さんも見捨てて家を出ていって以来ずっと音信不通で生きているか死んでいるかもわからないから、母さんが人妻なのか未亡人なのかはわからないんだぞ。


「こんな格好するの高校生以来なんだけど……変じゃないかな、ショウちゃん」


 確かなのは母さんが子持ちの母親ということだ。すでにこどもを産んでひさしく、女である年月と母親である年月がどっこいどっこいになった母さん。その母さんが母親であることを忘れて女であることを取り戻したらどうなってしまうのか。そんなイマジネーションをさせるだけの何かが和服にはある。


「い、いいんじゃないかな、母さん。その格好でさっきの寿限無やってよ。その後に俺と母さんがしてたみたいに、母さんが説明して俺がふーんってなる動画を配信すれば、もうすごいことになっちゃうよ」


「そ、そうかな、ショウちゃん」


「そうに決まってるって、母さん。ついさっきに俺が投稿した同人誌やプロレス雑誌の動画のおかげで、『こんな保存状態が良好なお宝グッズを、配信がやりつくされた感のある今頃になって動画として投稿してくるなんて何者だ』なんてネットでは大騒ぎになっているんだから。そんな状況で母さんが、『一九九九年からタイムスリップしてきた女落語家さん十七歳が一席披露しちゃいまーす』なんて顔出しすれば、大人気間違いなしだよ」


「ショウちゃんがそこまで言うんだったら」


「じゃ、そこの座布団に座ってこっち向いて寿限無始めてよ、母さん。いやあ、こんな狭苦しい六畳一間でも芸として動画配信できちゃうんだから、落語が日本にあって良かったなあ」

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