第9話母さんに現代文明を体験させてみた

「うわあ、なにこれ。ショウちゃん、すごい。ウィキペディア? こんなにたくさんの情報があっという間に……うわ遠藤周作の『海と毒薬』まである。母さんが高校生の頃は『海と毒薬』なんてだれも知らなかったし、あるって証明しようとしても図書館までいかなければならなかったのに。ショウちゃん、これどうなってるの?」


 一九九九年といえばネットと言ってもダイヤルアップでガーガーピーピーうるさいわりには、ろくに画像一つ表示されなかった時代だ。そんな時代からタイムスリップしてきた母さんが、二〇一九年現在の高速大容量通信の威力を目の当たりにすれば……こんな小学生レベルの知識を見せつけられた異世界人のような反応をするだろう。


「そういえば……母さんの寿限無のオチのソウルや台湾がどうのこうのって話もよくわからなかったな。えっと、『帝国大学 ソウル』と入力してっと」


 ポチっ


「へええ、ソウル大学や台湾大学ってもともと日本の帝国大学としてできたんだ。知らなかった。母さんよくこんなこと知ってたね」


「そんな……母さんが高校生の時にあの寿限無をやった時はだれもオチをわかってくれなかったのよ。あとで説明してやっとわかってもらえたんだから。それさえも『嘘だあ』とか言われたんだから。それなのに、ショウちゃん」


「ああ、そういうことか。東京京都北海道東北名古屋阪神九州の七つにソウルと台湾の二つを合わせて『旧』帝国大学が『九』帝国大学になったってことね。最初に熊さんが旧帝国大学を九つの帝国大学なんて言ってたのも伏線だったってことね」


 母さんが瞳をうるませている。発想が先進的すぎて周囲の理解を得られなかった未開の異世界の天才美少女が、転移した主人公に理解されて即オチするパターンだ。だけど、母さんは異世界の美少女じゃなくて俺の実の母さんだ。同じ年齢で、顔もスタイルも性格もなにもかも俺好みだけど俺の母さんだ。


「で、でもすごいね母さん。これ母さんが女子高校生の頃に作った話なんでしょ。ってことは今から四十年も前かあ。でも今でも、いや、今だからこそ通じるネタなんじゃないかな」


「や、やだ、ショウちゃんってば。そんな大昔に、しかもしろうとの女子高校生が作ったネタなんて今の若い子達に受けるはずが……」


「別に若い子に受けなくたっていいんだよ、母さん。それどころか、大勢のじいさんばあさんに受ける必要もない。少数の強烈な信者がいれば、人気商売が成り立つ時代になったんだ。それに母さんが二十年前から持ってきてくれたお宝グッズで軍資金も豊富に手に入るし……母さんが言ってた俺がひきこもって生きていく生活が実現できるかもしれないよ」


「そ、そうなの、ショウちゃん。ショウちゃんがそんなに自信たっぷりになるなんて……中学校の時に自由研究で賞を取って以来じゃない」


「そんなの当たり前だよ、母さん。とりあえず、母さんの免許証と印鑑と保険証の場所はわかるよね」


「それは……二十年後の母さんも同じところに保管していればだけれど」


「じゃあ、一九九九年にコンビニがあった場所と商店街にあった潰れかけた個人経営の薬局にいってきて。今はやわらか銀行とエーウーのスマホの契約店になってるから」


「スマホ? なにそれ、ショウちゃん」


「いいから、母さん。そこのお店で『しばらく入院するから病院でもテレビ見たいんだけど』って母さんが言えばあとは店員さんの言う通りにしていればいいから。クレジットカードの場所も母さんわかるでしょ」


「た、たしか寝室のタンスに」


「それで支払いもできるから。それくらいの残高は残ってるはずだから」


「わ、わかったわ、ショウちゃん。コンビニとお薬やさんがあったところにいってくればいいのね」


「そう。俺は俺ですることがあるから。母さん、頼んだよ」


「じゃ、じゃあ母さんいってくるね。ショウちゃん一人で大丈夫?」


「ぜんぜん平気だよ、母さん」


 ガチャ、たったった


 母さんが俺の部屋を出て行くと、それまで部屋に俺の理想が服を着ていた母さんと二人きりだった性的興奮がおさまってきた。かわりに、これで今まで鳴かず飛ばずだった俺の動画の視聴者数が天井知らずになることを確信して興奮してきた。こんな興奮は、五年前に母さんにスマホを外に買いにいかせて契約させて以来だ。


「こうしちゃいられない。まずは、同人誌とプロレス雑誌を一ページ一ページ撮影して……それが終わったらピピンのプレイ動画もアップしなきゃ。ええと、ほかに似たようなことしてるやつはいないかな」


 かちゃかちゃ


「いいぞ。同人誌やプロレス雑誌を動画で見せてるやつは他にもいたけど、ページの裏写りがひどくてとても見れたものじゃない。その点こちらは二十年前の新品そのものだ。ピピンのプレイ動画もあるにはあるけど、配信されていないソフトが今こうして俺のこの手に。いいぞいいぞ、俺の人生やっと始まってきた」


 そういや、スマホの契約にはなにが必要でなにがいらないんだっけ。五年前は母さんに契約させたからよくわからないな。まあいいや、いまや印鑑なんていらないかもしれないけれど、契約する分には困らないだろうから。

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