第8話寿限無の解説の続き

「か、母さん。次は北海道大学だね」


「それなんだけどね、ショウちゃん。母さん高校生の時から京大志望で、京大と、その京大と両天秤にかけてた東大のことは自分なりに調べたんだけど、それ以外のことは正直なところいい加減だったのよねえ。それでもいいかな」


「いいから、話を続けてよ、母さん」


 もし話が済んで沈黙がこの場を支配したら、その際なにが起こるかわからない。ここは母さんに話し続けてもらうしかない


「じゃあ、北海道大学か。ショウちゃん、『動物のお医者さん』って知ってる?」


「知ってる。と言うよりも、北海道大学の話題でなんでその題名が出ないのかってくらい知ってる」


「そうよねえ。北海道大学といえば、『動物のお医者さん』よねえ。でも、母さんが高校生の頃はまだ連載されてなかったからねえ。一応、母さんが高校生の頃にやった寿限無って設定だったから、ネタにするにできなかったのよ。今だったら、『東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんが漫画のネタにされてファンにもみくちゃにされてる』『なんだって、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんが漫画の舞台になって観光客が押し寄せってるのかい』なんて話にできるのにねえ」


 母さんと少女漫画の話をする日がくるとは思わなかった。中学生の頃の俺はクラスの女子にバイキン扱いされていた。そんな俺はセーラー戦士やカードキャプターでいやらしいことを考えてそうとレッテル張りされていたのだが……いまこうして同い年の完璧な女性と少女漫画の話に花を咲かせている。


「そ、それで母さん次は東北大学なんだけど……」


「そうなのよねえ、東北大学。母さんが高校生の頃もだけど、一九九九年になってもたいした特徴がないのよねえ。無理やり米どころってことをネタにしたけど、なんかこう強引すぎるし。伊達政宗だって……ショウちゃん、大河ドラマの『独眼竜正宗』って知ってる?」


「『独眼竜正宗』は知らないけど、伊達政宗は知ってるよ、母さん。と言うよりも、母さんの寿限無で『東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんが伊達政宗の格好してどうのこうの』ってのは悪くないと思うよ。今は、戦国武将にきゃーきゃー言ってる女の子がたくさんいて、その格好……コスプレって言うんだけど、をした女の子が実際に仙台にいったりしてるんだ」


「そうなんだ。母さんが高校生のころは東北大学の部分は不評だったんだけどね。わかりにくいって。でもショウちゃんがそう言ってくれて元気が出てきちゃった」


 別に俺が何かしたわけじゃない。時代が母さんに追いついただけなのだ。だからお願いだから、その百点満点の顔をほころばせながらそれ以上俺に近づけないでくれ。母さんの話に集中できない。


「か、母さん。次の名古屋大学だよ」


「そうね、名古屋大学ね。二〇一九年の今でもトヨタは元気なの?」


「元気もなにも、日本はつぶれかかってるのにトヨタ様はつぶれそうにないよ。


「え、日本が大変なことになってるの、ショウちゃん」


「そりゃあ、バブルの借金がまだ残ってるし。老人医療費はかさむ一方だし。そのくせ少子化が進んで働き手は減るばっかりだし……」


「大変じゃない。それじゃあ、ショウちゃん母さんがいなくなっちゃったら、のたれ死ぬしかないじゃない。そうはならないためにも、母さんがしっかりショウちゃんにお金の稼ぎ方をレクチャーしないとね。それじゃあ次は大阪大学ね。ショウちゃん、あれが『白い巨塔』ネタってわかった?」


「まあね。母さんがすっ飛ばした二十年間の間に二回もリメイクされたしね」


「そうなの。実際面白いお話だもんね。あんなお話作れる人なんてそうはいないだろうから、リメイクされるのも当たり前か」


「というより、もうあんな重厚長大なお話を作る人もいないし、読む人もいないんだ。さっと書けてさっと読める話しかだれも書けなくなっちゃったんだよ。出版不況とかで、出版社もじっくり作家を育てようとしなくなっちゃったんだ。すでに人気あるものとか、すでに有名な人とかにちょこちょこっと書かせて日銭を稼ぐばかりになっちゃったんだよ」


 小説投稿サイトに書いた自分の小説がろくすっぽ人気がでなかったことを思い出しながら、きちんとした編集に育てられてきちんとした宣伝をされれば俺の小説だって売れるはずなんだとくやしさで自分の口をかみしめる。母さん、なぐさめてよ。


「まあ大変。でも問題ないわよ。ショウちゃんには母さんがついてますからね。で、最後の九州大学なんだけれど……」


「薩長派閥とか、アメリカ人捕虜生体人体実験なんて言ってたね。でも、よくわからなかったからググらせてよ、母さん」


「ググる? なにそれ、ショウちゃん」


「そういや一九九九年は検索なんて一般的じゃなかったっけ。見ててね、母さん。『九州大学 人体実験』と入力してっと。そしてクリックすれば……」


 二十年前から来たネットに無知な少女のような母さんが、検索サイトの威力を目にすればどんな反応をするだろうか。

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