第6話寿限無の反省会

「どうかな、ショウちゃん」


「正直、話はわかりにくかった、母さん。でも、母さんが落語してるところはなんか良かった。なんかこう色気があるって言うか、つやっぽいって言うか……」


「やだ、ショウちゃんったら。母さんのことを色気があるだなんて……」


「そ、そういうことじゃなくて……ほら、落語家って男の人でも女の人を演じて色っぽくしてみたりするじゃない。そう言う意味の色気ってことで……そうじゃなくて、母さんの寿限無だよ。正確には寿限無のパロディか。旧帝国大学を全部並べ立てて、『東京京都北海道東北名古屋阪神九州』ちゃんなんて名前にするのはいいよ。前半の各大学の長所を説明するのもいいと思った。でも……」


「後半の『東京京都北海道東北名古屋阪神九州』ちゃんが失敗するところとか、ソウルや台湾のくだりがわかりにくかったとショウちゃんは言いたいのね」


「そ、そういうことかな」


 せっかく母さんが俺の前で落語やってくれたのに、なんでこんなことしか言えないんだ、俺は。話の内容どうこうよりも、母さんに落語家としての華があるってことを言わなきゃだめだろうが。


「ショウちゃんの言う通りよ。ショウちゃんがわかりにくいと感じるのも無理ないわ。だってこれは、母さんが高校生の頃、進路説明会で旧帝大についてあれこれ話した後でやったものだからね。『東大生になってもこんなことになっちゃうんだよ』なんて説明した後でやることを前提にしたあの寿限無だから、いきなりその寿限無をショウちゃんが聞いたらわかりにくいかもね」


「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ、その旧帝大についてのあれこれを聞かせてよ、母さん」


「え、話していいの、ショウちゃん。でも、ショウちゃんが引きこもったとき、母さんの話にちっとも耳を貸してくれなかったじゃない」


「そ、それはその……とにかく、母さんの寿限無だけじゃあ中途半端だしわかりにくかったんだよ。だから、その前に旧帝大についての説明があるってことが前提だって言うのなら、きちんとその説明もしてくれないと」


 そういえば、母さんから話を聞こうとするなんてそれこそ二十年ぶりかな。引きこもって以来母さんにはあれ買ってこいこれ買ってこいって言うばかりだったもんな。


「ショウちゃんが母さんの話を聞いてくれるっていうのなら、母さんすごく嬉しいけれど……」


「それにしても、進路説明会で旧帝大について話すなんて……ずいぶんとエリートな感じじゃない。母さんって高卒じゃなかったの?」


「そうよ、二十歳の時にショウちゃんを妊娠してそのまま結婚して大学中退しちゃったから正確には大学中退ね。東大京大医学部以外は人でないって校風の高校だったから、進路説明会でも母さんが旧帝大についてあれこれ説明したのよ」


 母さんがそんな超絶進学校の出身だったなんて……だいたい大学中退ならちゃんとそう言って欲しかった。高卒なんて言うから、勝手にどこぞの底辺高校の出身だと思って引きこもってる部屋から『うるせえよ、ババア。大学受験の苦しみがババアみたいな低学歴にわかってたまるか』なんて怒鳴り散らしてた俺がバカみたいじゃないか


「ち、ちなみに母さんが中退した大学ってどこなの?」


「京大よ」


 バカみたいじゃなくて俺は大バカだった。仮にも京大に合格していた自分の母親に向かって何が『大学受験の苦しみを知らない低学歴』だ。それならそうと言ってくれれば、十七歳の頃の俺も少しは母さんの話を聞く気になったかもしれない……いや、そんなのは三十七歳になった今だから言えることだな。十七歳の俺が母さんの話を聞くことなんて絶対なかっただろうな。


「その……ショウちゃんごめんね。母さん、仕事ばっかりでちっとも家に帰ってこずに、たまに帰れば『息子の出来が悪いのはお前のせいだ』なんて怒鳴り散らす父さんがすっかりイヤになって、ショウちゃんの世話だけが生きがいになっちゃったの。タイムスリップしてきた五十七歳の母さんが言うには『それがショウちゃんの重荷になっちゃったんじゃないかな』って」


「そんな、母さんが謝ることなんてないんだよ。それどころか、五十七歳の母さんは二十年間引きこもりっぱなしの俺の面倒見続けてくれたのに俺は何もできずに……」


 不思議だ。ついさっきまでは母さんにはこんなことは言えなかった。内心では母さんに迷惑をかけていることがわかっていても、月日を重ねるにつれて老いさらばえていく母さんに自分の将来への不安が重なって口では悪態しかつけなかったのに……いまこうして三十七歳の女盛りの母さんを見ていると思い切り甘えたくなってくる。


「そ、そんなことよりも、母さん。寿限無の解説してよ。東大とか京大とかの説明してよ。俺、聞きたくて聞きたくてしょうがないんだから」


「そ、そうね。それじゃあ、母さんショウちゃんのためだけに張り切っちゃうからね」

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