第5話母さんの古典落語『寿限無』・後半

「ご隠居、ご隠居。息子に名前をつけましたよ。ご隠居が考えてくださったありがたいお名前」


「おや、ついさっきいなくなったと思ったらもう戻ってきたのかい。それで、熊さん。どの名前にしたんだい」


「『どの名前にした』って、どういうことですかい、ご隠居」


「『どう言うこと』って旧帝国大学の名前を教えてあげたじゃないか。七つ。そのどれにしたんだってことさね」


「そんな、せっかくご隠居に教えてくださったありがたいお言葉を、一つたって無駄にするわけにはいきませんや。だから、全部息子の名前につけちゃいました」


「全部って……それじゃあ、熊さんの息子の名前は東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんだって言うのかい」


「へえ。俺っちの息子は今日から東京京都北海道東北名古屋阪神九州でさあ」


「しかし、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ってのは少々長すぎて呼びにくいんじゃないかねえ」


「何を言うんですかい、ご隠居。ご隠居が東京京都北海道東北名古屋阪神九州って名前を考えてくださったんじゃあないですか。こんなありがたいお名前他にないですよ」


「それもそうだけれど……」


「それじゃあ、ご隠居への報告が終わったところで、かわいいかわいい東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんの顔を見に家に帰るとしますかね」


「そうかい。東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんによろしくね、熊さん」




「さてと、ご隠居に東京京都北海道東北名古屋阪神九州なんていい名前を考えてもらったことだし、息子の将来は成功間違いなしだねこりゃ。おや、俺っちの家でカミさんが何やら騒いでいるよ。どうしったっていうんでえ、まったくもう」


「あんた、大変だよ。東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんが官僚になったと思ったら、『天下りでろくに仕事もしないのに給料税金からがっぽがっぽ』だって批判ばっかりされてるんだよ」


「なに、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんがマスコミから叩かれてるだって」


「あああ、あんた、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんがせっかく大学入ったのに、ドロップアウトして遊び呆けて堕落しちゃったよ」


「むむ、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんが大学で勉強もせずにわけわからん活動にいそしんでいるだって」


「あんたあ、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんがポプラ並木で雪合戦ばっかりしてるんだ」


「なんと、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんが大学生にもなって雪遊びなんてしてるって言うのかい」


「あんた、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんが仙台で伊達政宗の格好して練り歩いているよ」


「えええ、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんがチャンバラごっこしちゃてるのかい」


「あんた、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんがなんでもかんでも味噌かけて食べちゃうんだ」


「そんな。東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんが味覚障害になっちまうじゃないか」


「ああ、あんた、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんが教授にまでなったのに、医療ミスで患者から訴えられちゃったよ」


「本当かい。東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんが裁判沙汰に巻き込まれたって言うのかい」


「あんたあ、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんがアメリカ人兵士を生きたまま解剖しちゃってるよ」


「なんてこった、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんがそんな恐ろしい生体実験を」


「あんた、東京京都北海道東北名古屋阪神九州ちゃんが……」


「どうしたっていうんだい」


「あんまり名前が長すぎるから、新しくソウルと台湾にも帝大ができて、これで九帝国大学になっちまった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る