第4話母さんの古典落語『寿限無』・前半

「昔は大学といえば帝国大学のことでして……今でも『帝大以外は大学じゃない』なんて言う人がございまして……今では『帝大』なんてものはなくなりましたから『旧帝』なんて言ったりしますね」



「ご隠居、ご隠居」


「どうしたね、熊さん。そんなに血相変えて」


「そ、それが、ついに俺っちにも息子が生まれまして……」


「そうかい。それはめでたいね。お前さんもついに人の親かい」


「それで、ご隠居にぜひ名付け親になって欲しいんですが」


「あたしがかい? あたしが名付け親でいいのかい」


「ええ、それはもう。俺っちは物を知らないものですから、いろんなことを知っているご隠居にぜひありがたい名前をつけていただければと……」


「そうかい。熊さんがそこまで言うんだったら、あたしとしても首を横に振るわけにはいかないね。それで、なにかこんな息子さんになって欲しいって言う希望はあるのかい」


「それなんですがね、ご隠居。俺っちが学がないものですから、せめて息子には勉強を頑張ってほしいと言う気持ちがありまして……」


「勉強かあ。それならやっぱり旧帝国大学にあやかるのがいいんじゃないのかねえ」


「九帝国大学ですか。するってえと九つの……」


「違うよ、熊さん。そう言うと思ったよ。まったくお前さんという人間は……九つの『九』じゃなくて新旧の『旧』ね。古いって意味の『旧』」


「あ、そうでございましたか、ご隠居。で、その旧帝国大学ってのはどんなもんなんですか」


「まずは何と言っても東京大学だね。官僚養成大学なんて別名もあるくらい偉い役人をわんさと出している大学さ。『末は博士か大臣か』の大臣の方の大学だね」


「なるほど、東京大学」


「お次ぎは京都大学だよ。東の東大西の京大って言うくらいだからね。こちらもたいしたもので、りっぱな研究者を何人も出しているんだ。『末は博士か大臣か』の博士の方の大学だね」


「へええ、京都大学」


「そして、北海道大学さ。北海道と言えば、酪農の本場だからね。獣医になって動物の面倒を見たいって言うならここに決まってるよ。獣医だって命を救う立派な人間だからね」


「ふむふむ、北海道大学」


「今度は東北大学だね。東北ときたら、米どころだよ。美味しいお米を作りたいならここにいかなきゃね。米ってのは日本人の魂だからね。そいつを研究するって言うのなら、ありがたい話じゃないか」


「東北大学ですかあ」


「そいでもって、名古屋大学だね。ここはトヨタのお膝元だからね。自動車関係ならやっぱり名古屋大学だよね。自分が手がけたクルマが日本だけでなく世界を走る。こいつは夢がある話じゃないか」


「ほうほう、名古屋大学」


「そうきたら、大阪大学だね。大阪大学といえば医学部だよ。あの有名な小説のモデルにもなったくらいだからね。お医者先生になってもらって、息子に将来自分の診察をしてもらう……なんてのはどうだい」


「大阪大学もなかなかいいですねえ」


「最後は九州大学だね。ここは薩摩と長州の間にある大学だからね。日本の政治は明治維新以来薩摩と長州が握ってるんだから、その地元大学とくれば、これは政治家とのパイプが期待できそうじゃないか」


「どんじりは九州大学ですか。いや、ご隠居。こんなにもありがたいお言葉をこんなにもたくさん教えていただいてどうもかたじけない。これで俺っちの息子の名前は決まりだ。それじゃあ、名前をつけにいくんで、これで失礼させていただきますよ」


「おや、もういっちゃうのかい。なんて言ったと思ったら、もう姿が見えなくなっちまった。せわしないお人だねえ。それにしても、いろいろ言ったけど、どれを息子の名前にするのかねえ」

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