第3話母親との動画配信の仕方
「けど、母さん。一人での生き方って言っても、どうすればいいのさ。俺、母さんがいなけりゃなんにもできないんだから」
「それを今から考えるんじゃない、ショウちゃん。あら、あれは何? 液晶テレビかしら? なにかおもしろいテレビでもやってるの?」
「違うよ、母さん。それはタブレットだよ。といっても二十年前から来た母さんには何のことかわからないか」
そういえば、いま何の動画を再生してたっけ……まずい! いま再生していたのは……
「あれえ、ショウちゃんが画面に映ってるじゃない。なになに、『筋トレしてみた』『解説してみた』『考察してみた』……すごい、ショウちゃんテレビに出ちゃう人気者になったのね。そうね、小学校の頃はクラスの中でも人気者だったものね」
中学生になってからのことは思い出したくもないけれど……それはともかく
「だからそれはテレビじゃないってば、母さん。二十年前と違って、今では誰でも動画を全世界に見てもらうことが簡単にできるんだから」
「そうなの。すごい時代になったのねえ。あ、この視聴者数ってのが見てもらえた数なのね。六十八、五十三、九十五……わあ、すごい。ショウちゃんの番組がこんなに多くの人に見てもらったのね」
「こんなのちっともすごくないよ、母さん」
「そう? すごいじゃない。母さんも女子高校生の頃、人前で発表会したことがあるけれど……身内だらけの学芸会ならともかく、数十人の赤の他人に自分を見てもらうなんてなかなか大変なことなのよ」
「そうだよね。俺の番組をわざわざ見てもらうような友達なんて一人もいないもんね。そんなの母さんだってわかってるだろう。引きこもって二十年間だれもきやしなかったんだから……じゃなくて、母さん何かやってたの? 数十人の赤の他人って……ストリートミュージシャンでもやってたの」
「母さんは、ミュージシャンじゃなくてね落語をやってたの」
「落語って……寿限無とか言うやつ?」
「へえ、ショウちゃんよく知ってるじゃない。ショウちゃんが中学生の頃は母さんが落語の話ししても無視してばっかりだったのに」
「それは……ここ二十年で落語ブームってのが起きたり、中学生の頃は俺もいろいろあったって言うか……」
寿限無を知っている程度で母さんにほめられるとは思わなかった。子供番組で寿限無のフレーズが放送されたりすることがあって、今時は小学生でも知ってるくらいなのに。
「落語ブーム? それって、ショウちゃん、林家三平師匠とか落語四天王とかの頃の話?」
「それは多分昭和の落語ブームじゃないかな、母さん。俺が言っているのは、平成の終わりに落語のドラマやアニメが流行ったりして起こった落語ブームのこと」
「ふうん、母さんがスキップした二十年間にそんなことがあったんだ。じゃあ、ショウちゃんに母さんが寿限無やっちゃおうかな」
「母さんが寿限無ねえ……でも、だいたいの話の筋は知っているからなあ。それこそ、身内ってことで聞こうって気にはなるけれど」
「ふうん。寿限無ってタイトルだけじゃなくて、話の筋も知っているんだ。それなら、母さん特製のパロディを披露しちゃおう」
「パロディって言ってもね、母さん。例えば、ミナミちゃんがどんなに可愛いヒロインか話をした後に『みゆき朝倉ミナミ二宮アミ……』なんて名前の赤ん坊を出してだね、最後に『あんまり長すぎて、新連載が始まっちゃったよ。あら、また同じ顔』なんてキャラクターの名前を羅列するだけなんてのは、もうやりつくされているんだよ」
「あら、懐かしい。あの人、あいかわらずあんな感じのマンガ描いてるの?」
「描いてるもなにも、タッチの続編描いてるよ」
「そうなの、母さんが若い頃から漫画家やってるらしいけれど。まだやってるのね。しかも、二十年前にはすでにマンネリなんて言われてた作風を未だに続けてるのね。なんだか母さん嬉しくなってきちゃったわ」
たしかに俺が二十年間引きこもり続けている間、ああもワンパターンのマンガを描き続けながら、昔からのファンをがっちりつかんで離さないどころか、新規のファンを開拓していると言うことはすごいことなのだろうが……
「けれど、ショウちゃんの言う通り寿限無はパロディを作りやすい題材だからね。関係性のある単語を並びたてて名前にして、最後にオチをつければいいんだから。じゃあ、身内ってことで一つやるから、ショウちゃん聞いてちょうだいよ。これでも、女子高校生の頃は学生落語会のアイドルって評判だったんだから」
「まあ、いいけれども」
「あ、でも今からやるやつはちょっとオチがわかりづらいのよねえ。ショウちゃん、落語の後に解説つけるけどちょっと我慢してね」
「へえ、落語会のアイドルさんでも、落語の中で完結させられずに付け足しを必要としちゃうんだ。それって、エンターテイメントとしてどうなのかなあ」
「意地悪言わないでよ、ショウちゃん。女子高校生の素人芸ってことでね。とりあえずね」
「わかったよ、母さん。あれ? この部屋でやるの?」
「この部屋でいいじゃない。別に落語なんだから、大がかりな道具も必要としないんだし……ああでもセンスはどうしようか……まあいいか。寿限無なら小道具としてのセンスもいらないし。それじゃあ始めるわよ」
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