第一話 迷い子の歯車-3


「……で、初めての仕事がどうしてこうもピンポイントなのかしら……」


 エルミカ達に協力することになってから数日が経った。エルミカたちは主に貴族たちの裏側。不条理に行われている事象に対しての依頼を受けることが多く、それこそ迷い子に関するものも多く存在しているらしい。

とはいえ基本的には依頼はラパエを通して受けており、連絡もなければ暇なものだった。


 前の家もすでに無くなっていた私は、これまでの一人暮らしで培った家事スキルを遺憾なく発揮し、エルミカたちの家にて見事に雑用係としての地位を確立していた。というのもラパエ、エルミカともに想像以上に家事ができず、ほとんどが外食で済ませていたためだ。

 それでも別に構わないのだが、国から離れて一人学生として生活していたため、金銭的に苦しい時もあった私はどうしても気になってしまい、一人家に残って料理することがあった。しかし、どうやら二人が私の料理が気になったらしく、一度食べさせてみたところ、主にエリサが私の料理を気に入ったようで、昼か夜のどちらかは必ず家で食事をするようになっていた。

 相変わらず警戒心を解かないエルミカも、エリサにつられてか食事だけはしてくれるようになっていた。


 王族らしくないのは理解しているが、故郷でもあまり王族扱いされてなかったので慣れたものだ。そもそも四年も学生生活をしていれば王族の貫禄なぞあっても失われるだろう。

 そんなことを考えていたある日、ラパエからとある任務が渡されたのである。


「貴族たちのパーティーに潜入?」


「そうだ。どうやら一週間後に一部の貴族を集めてパーティーが開かれるらしくてね。そして、その中に奴隷売買……いや、はっきり言ってしまえば迷い子売買を行っている人物がいるらしい」


 迷い子。戸籍を理不尽に剥奪された国民。

 どうやらそれは、ただ工場で働かされるだけではなく、本当に奴隷のように売買も行われているらしい。


「普段ならエルミカとエリサにひっそりと忍び込んでもらうんだけど、今回はちょうどお姫様がいるからね。正面から堂々と行こうかと思ったのさ」

「待ってください。四年間も庶民生活をしてきた私が貴族のパーティーに混ざるんですか!?」

「いや、だって盗み聞きだけじゃ得られる情報にも限度があるだろう? 今回は確実な情報を求めるためにも堂々と会話してもらったほうが良いと思っただけさ。ただ、エルミカもエリサもあまりこういう場には向かないからさ……」

「あー……」


 私は二人が貴族のパーティーにいる状況を思い浮かべる。


エリサは自由奔放に動き回り、あまりにも場に合わなすぎる雰囲気があふれ出ている。逆にエルミカはおとなしく、黙っていれば綺麗なため雰囲気はばっちりだが、どう考えても談笑には向いていない。淡々と会話を進め、深くまで話し込む前に相手が離れていくだろう。なにせほとんど表情も変わらず、マイペースに過ごしているのだから。


 私の目的としても、迷い子に関する情報を見逃すわけにもいかない。となれば


「やるしかない……ってことですか」

「まぁ、そうしてくれると助かるかな」


 ……はぁ、と盛大な溜息を一つ。まさか今さら社交界の作法などを思い出さなければいけないとは思わなかった。


「せめて衣装や招待状くらいは準備してくれますよね? あと、さすがに最初から私一人での任務は厳しいと思うのだけど……」

「大丈夫、ちゃんとエルミカたちも裏で潜入するように言ってある。君は基本的に対象と会話をして情報を聞き出してくれればいいさ」

「……初任務にしては依頼が重い」

「直接的な命の危険は少ないからいいほうじゃないかい? それと、招待状と衣装に関してはこちらに任せてもらって大丈夫だ」


 エルミカ達も裏にいるのなら、荒事になっても押し付けて大丈夫そうだ。問題は私がどれだけ情報を引き出せるかなんだけど……。


「現状わかりうる限りの対象の情報及び他貴族の情報を貰えますか? できれば最近の市場など、貴族が関わりそうな事柄についても」


 それに関しては今から頭に叩き込むしかない。会話をするにはまず知るところから。会話の火種と返す刀がなければ戦いはできないのだから。





『──エルミカ、エリサともに建物内の潜入に成功。しばらくは建物内の情報収集に努めるから』

『何かあったら連絡するから、ノエルんも頑張ってねー!』


 耳につけた通信機から二人の声が聞こえる。無論、私自身もすでに会場前にいるため返事などできないのだが。


 今の私はくせっ毛の髪を頑張って梳かし(梳かせてない)、蒼と白のドレスに身を包んでいる。

 ラパエの用意したドレスは綺麗だが派手ではなく、落ち着いた雰囲気を持つ静かなドレスであった。耳は通信機をつける関係上髪で隠すのでピアスはいらないように感じたが、全体の統一性を持たせるために渋々つけた。


 パーティーはもといドレスでさえ着るのが久しぶりであり、どうしようもない緊張感に苛まれるのは仕方のないことだろう。

 エルミカは「ちゃんと着ると一応王族に見える」。エリサはシンプルに「綺麗なお姫様じゃん! いいなー!」と褒めてはくれたので、ルックスは及第点といったところだろうか。


「──招待状を確認しました。フィルリア・ヴァミラクス様ですね。会場までご案内します」


 潜入するにあたって、本名ではさすがにまずいので当然偽名だ。今の私は、フィルリアという小貴族ヴァミラクス家の長女、ということになっている。


 入り口にいた黒服から招待状を返してもらい、案内されるがままに建物へと入っていく。

 今回の会場はとある貴族の家らしく、馬鹿みたいに広い。実家の城と比べれば小さいものだが、一貴族が持つとすれば不要なほどに大きく、豪華であった。

 この家の持ち主にも興味はあるが、今回のターゲットはその人物ではない。


「では、これにて失礼いたします」


 パーティー会場まで案内され、黒服は去っていった。

 会場にたどり着くや否や、私は視線を走らせる。会場内にはすでに何人かの貴族が談笑を始めており、温和ながらもお互いを監視しあうような鋭い視線が行き交う空気が作られつつあった。主催もいない自由な時間。しかし、この何もしなければ何もない、という空間は緊張感というものを如実に感じさせてくる。

 テーブルの上には既にいくつかの食事が並べられており、会場の端ではお酒の類を並べるメイドの姿も見える。


(……さて、どうしたものか)


 ターゲットはまだ来ていないらしい。となれば他の貴族と交流するのが良いだろうか。

 この一週間で叩き込んだ情報をもとに顔と家を当てはめていく。まずは当り障りのない家と交流したいものだが……。


「おや、見かけない顔ですね」


「っ!?」


 思わず身がすくむ。気づけば隣には長身の男性が立っていた。白を基調としたデザインに赤のラインが入ったスーツを着ている。髪は少し長めの銀髪。顔立ちは整っており、「彼はイケメンである」と言っても過言ではないだろう。


「このパーティは初めてですか、お嬢さん」

「えっ、あっ、はい。そう……です」


 絞りだした声はあまりにもか細く、この場には不釣り合いの少女のように見えてしまうだろう。


 まずい、と自分に言い聞かせる。

想像以上に会場の雰囲気と不意打ちという状況に飲まれてしまっている。なんとか落ち着いて自分のペースにしなければ。


 私は記憶領域をフル稼働して彼に該当する人物を探し当て、こちらから話を振ることにする。


「えっと、エルコー・フライアス様ですよね?」

「おや、ご存じでしたか。もしや他の会場でお会いしたことが?」


「いえ、私は今回パーティーに来ることすら初めてなのです。しかし、無知のまま参加してしまうのはあまりにも失礼だと思い、できる限り他の参加者の方々を覚えようとしていただけなのです。失礼に当たってしまったのなら申し訳ありません」


「いえ、お気になさらず。むしろ勤勉でとても良いことだと思います。とても貴族とは思えないほど」

「そ、そうでしょうか……」


 エルコー・フライアス。フライアス家は占いによって現在の地位まで上り詰めたとされる家系であり、実際その占いは数々の事件を予知しているのだそう。そのため、多くの人々がフライアス家の『占い』を聞きたがるそうだ。


 エルコーは確かフライアス家の次男であり、多忙な親や兄に代わって多くのパーティーに参列しているらしい。


「では、無知で申し訳ないのですが、貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「い、いえ。エルコー様が無知だなんてことはありません。私の家が小さく、かつこのような場にも初めて参列させていただいたのですから知らないのは当然です」


 や、やりにくい……。

 本人は茶化しているのかもしれないが、私自身正式な参加者ではないのもあり、とてもやりにくい。そもそも最初に名前を言い当ててしまったのがまずかったのかもしれない。


 聞かれた以上答えはするのだが、最初に会話したのが彼だったのは不運だったように思える。


「私はヴァミラスク家長女、フィルリア・ヴァミラスクと申します。以後よろしくお願いいたします」


 ドレスの裾をつまみ、一礼。

 挨拶も終えたのでそのまま立ち去ろうと思ったのだが……。


「ええ、よろしくお願いします。では、僭越ながらこの会場の案内と、他の方々への挨拶回りのエスコートをさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「はっ?」


 困惑する間もなく手を握られてしまった。しかし、他の貴族たちと会話の起点ができるとすれば願ってもないことではあるのだが……。


(エルコー様のエスコート付き……面倒な気しかしない……)


 目的に対してのメリットと自身の嫌悪を天秤にかける。


「……では、お言葉に甘えて。エルコー様、お願いしてもよろしいでしょうか」

「ええ。承りました」


 数瞬悩んだ末、目的を優先し、エルコーの手を握り返す。そのままエルコーに手を引かれ、会場の中心へと進んでいく。


 こうして私の初任務は困惑と嫌な予感に包まれながら、その幕を開けたのだった。

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