第一話 迷い子の歯車-2


「……僕、というか彼女たちがやっていることの説明を何もしていないが構わないのかい?」

「そういえばそうだったわ。じゃあ、教えてもらってもいいかしら?」

「…………」


 正直なところ、これらのお願いは半ば脅迫だ。未だ正体の見えぬエーミノク王国の関係者。実質使者ともいえるであろう私を知ったうえでのお願いとなれば断る方が難しい。下手に断って国に帰られるとどのように報告されるかわからない上に、最悪彼女たちの情報がばれて危険なことになる。

 かといってここで私を殺しても、いずれエーミノク王国がそのことに気づき、最悪戦争になる。


 結局のところ、安全を取るのであれば私のお願いを聞き入れるという選択を取らざるを得ない。それもわかった上で仕事内容まで問うた。


 ……それでも彼女たちが口封じする可能性もある。危険ではあるが、対策がないわけでもない。

今切れる札は切った。黒い子はともかく、白い子とラパエは考えてくれるはずだ。


「……彼女たちは、様々な依頼を受けて解決する言わば何でも屋だ。もちろん、君が考えている通り、主に裏の、ね」

「……」


 概ね予想通りだ。そもそも実質的な『迷い子』の救出。どこで攫われ、連れていかれるのか。その情報が入ってくること自体が普通ではないうえに、彼女たちの存在が既に異質だ。政府による公認機関の可能性も考えたが、そもそも『迷い子』はだ。歪すぎる法も、『迷い子』という存在も政府が裏で糸を引いている。


 だから皆何も言えない。『迷い子』は到底隠しきれるものではなく、この国の人間は軒並み認知していることだろう。そして、あからさまなこの事態に政府が全く動かないこと。

 既にこの国では、おとなしく暮らし、なるべく政府に目を付けられないようにすることが主軸の生活になっているといっても過言ではない。


 当然だ。下手に目をつけられてしまえば、いつ『迷い子』としてされるかわからないのだから。それ故にこの国は平和であり、不穏でもある。私がこの国で過ごしてわかったことだ。


 そして、その『迷い子』に対して干渉しようものならそれは政府に歯向かうも同義であり、表立って動けるものでもない。


「その仕事の中には当然危険な物もあるし、君のような普通の人間が生き残れるか怪しい世界でもある。仮にも王族なのだろう? だとすれば──」

「問題ありません」


 もとより承知。というか


「そんなんで尻尾巻いて逃げたらお父様になんて言われるか……」


 絶対笑い飛ばされるし、何なら兄妹にも馬鹿にされるだろう。


「……貴方の家族、どうなってるの?」

「まぁ、普通の王族の考え方はしてないのはわかってるわよ……」


 そのせいで苦労し倒しているのだから。そもそも十にも満たない幼子を森に放り出して城まで帰ってこいとか、半日で町の細かい地図を作ってこいとか、突然塀登り対決させられたり。時にはあきらかにやったら不味いだろうということをあえてやらされたりとか……。


 あの頃はただ理不尽だと思いながらもおとなしく頑張っていたのだが、今になって考えてみると、ほとんどが父親のバカみたいな思い付きの産物じゃないかという結論に至った。


 聞けば姉も兄もいろいろと振り回されており、従者もそれに奔走するのだからもはや私たちと従者は苦楽を共にした戦友に近いものであった。それ故に親以外は王族という感覚も薄く、私たちも王族という特別扱いを拒んだために、主従関係というものとは少し離れたものに落ち着いていた。


 それだけのことをやりつつも王として在れるのは、単純に民への対応は良好なのと、そんな父親に対して私たちもある種の信頼を持っているからなのだろう。それでも無茶ぶりはやめてほしいが。


 そんな中で今回は珍しく真面目な案件であり、(面倒くさいとは思いつつも)やる必要はあると感じた。であればやれるだけのことはやる。


「だから、ここにきて裏側への接点ができたんだもの。早々離すつもりはないわよ?」

「…………」


 しばしの静寂が部屋に漂う。私の意志は早々変わらないし、変えるつもりもない。彼らも分かっているからこそ対応を決めあぐねている。


「まぁ、いいんじゃない?」


 静寂を破ったのはそんな一声。一番状況の読めていなさそうな人物。


「別にこいつが入ったところで何か私たちのやることが変わるわけでもないし、なんか悩むんだったら一回入れてからでいいじゃん」

「エリサ……貴方一応警戒ってものを……」

「めんどくさい!」


 ばっさり言い切った。


「お姫様だかなんだか知らないけど、手伝ってくれるていうならそれでいいし、実際私たちができないことができるし。助かるじゃん!」

「貴方ねぇ……」


 こんな状況に陥らせた私が思うのも筋違いだとは思うが、この子は将来悪い詐欺とかにあっさり引っ掛かりそうだ。そして、それすら気にしない可能性がある。


「それにさー」


 す、と突如目前に迫る顔。その表情は、読めない。




「この子なら私一人で殺せるよ?」




「……」


 悪寒が走る。彼女の口元は笑っているが、その目は酷く冷え切っている。無邪気とは遠い、言うなればそう。銃口のように無機質で冷酷な感情。


 この子はきっと、『殺す』というのなら殺すのだろう。何の感情もなく。ただそうあるべきと。当たり前のように。

 殺気はない。ただこの場を圧倒する存在が、雰囲気がそこにはあった。冷たい冷や汗が背中を伝う。


「だからさ、いいんじゃない? さっさと終わらせてご飯にしようよ!」


 冷え切った雰囲気を自ら引き裂くように身を翻し、明るく能天気な声で告げる。それと同時に彼女のお腹が本当に空腹を訴えるかのように鳴った。


「……はぁ。エリサが空腹状態になったらもう無理ね」

「そうだね。それに、どちらにせよ僕たちに断る選択肢はあまりなさそうだ」


 二人も突如諦めたかのように張り詰めた空気を解いていく。当然そこで残されるのは私だけなわけで……。


「えーっと……私が言うのもアレなんだけど、そんなんでいいの? 貴方たち」

「いい。それに、貴方よりもエリサの相手をする方が面倒」

「えぇ……」


 今までの話し合いをバッサリ切り捨てられた気がして納得がいかない。しかし、よく考えてみると、この感覚も久しぶりだ。要するに──


「実家のような安心感?」


 頑張っていろいろやった挙句、雑に投げられる実家での生活を思い出すような感覚に陥ってしまうのは、これから私が苦労しそうだという天啓なのだろうか。


「……そういえば自己紹介をしていなかった気がする。私はエルミカ。そんであっちの空腹モンスターがエリサ。二人ともファミリーネームは無し」

「よろしくねー!」


「そうそう、僕は依頼を回したり情報を集めたりするのが主だから、基本は彼女たちと過ごすことになる。まぁ、頑張ってね」


 ぽん、と肩を叩かれる。これまででわかったのは、エルミカもエリサもマイペース少女ということ。そしてラパエはいない。


「……本当に苦労しそうね」


 これからの生活はどうなることやら。しばらくはまだ国には帰らなそうだが、国王である父親が好きだった言葉を借りるとすれば……。


「ケセラセラ。なるようになる、か……」


 ならない気がするのは気のせいとして、とりあえず思考の片隅からは弾き飛ばすことにしたのだった。

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