その声は、素直の空想の声ではなかった。

(もちろん、それは草むらに隠れている小人の声でもなかった)

 素直がその声を主を見つけたのは、それからすぐのことだった。

 声の主は路地裏の木製の壁の上にいた。

 ……それは、『一匹の生意気な三毛猫』だった。

「そう。私だ、私。お前に声をかけているのは、この私だ」

 と、素直を見てその三毛猫は言った。

 素直は目を丸くして驚いた。そして、手に持っていた大事な素直の宝物である両親から誕生日にプレゼントされた、大きな動物図鑑をアスファルトの道路の上に落としてしまった。

 言葉をしゃべる不思議な三毛猫は「ふん!」と鼻を鳴らしたあとで、木製の壁の上から道路の上に降り立った。

 それはまさに猫、そのものの動きだった。(猫なのだから、当たり前だけど)

 素直はもうその三毛猫の姿に釘付けだった。

 素直はその場にかがみ込むと、自分の目の前にいる三毛猫の姿をじっと、注意深く観察した。

 そして、少ししから「……君、人間の言葉が喋れるの?」と生意気な三毛猫に聞いた。

 すると三毛猫は「人間の言葉? 違う違う。私は人間の言葉は喋れないよ」とにっこりと笑って、(そう。間違いなく、このとき言葉をしゃべる不思議な三毛猫は、にやっと人間のように笑ったのだ)素直に言った。

「人間の言葉は喋れない? こうして君は僕と会話をしているのに?」なんだか素直には、(猫がしゃべるし、でも、だけど、人間の言葉はしゃべれないとその不思議な猫は言うし)もうなにがなんだかよくわからなくなってしまった。

「なにを不思議そうな顔をしている? いいか。よく聞け。私が人間の言葉が喋れるんじゃないんだ。君が、『猫の言葉が理解できるようになった』のさ。それが、私と君がこうして会話ができる現象の答えなのだ」

 と、その生意気な三毛猫は(また人間のようににやっと笑って)素直に言った。

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