桜の、咲の

知世

桜の夢

「桜」



まどろみの中で誰かの呼ぶ声がする

懐かしい優しい声


「桜は上手に泣くねえ

そうやって泣けるのはとってもいいことよ

思わず泣いてしまうような出来事は辛いけど

そういう時泣けないのはもっと辛いんだよ

桜は今そうやって泣いて吐き出せるけれど

大人になったら泣けなくなる人の方が多いんだ

そうなった時のために

違うことで吐き出す練習もするといいね



桜、感受性って漢字で書けるかい?

感じるの感に、受けとるの受

感受性が高いということは

身の回りで起きるいろんな刺激を受けとる力、感じる力が優れているということだよ

桜は目に、耳に、肌に、とても素敵な才能を持って生まれてきたんだ


たとえ同じ経験をしても

桜から見えるもの、桜に聞こえる音、桜が触れるものは、ばあちゃんよりずっと多くて鮮やかなんだろうねぇ


ただ


受けとる力が強いということは、敏感だということでもあって


諸刃の剣なんだ


気をつけなくてはいけないこともある

風船にずっと空気を入れていったらどうなる?

割れてしまうね

それと同じように

桜の中に溜まった感情を吐き出して表現する練習をしなければ、桜の中の風船も割れてしまうんだ

才能に見合う努力をしなければ桜が壊れてしまうんだよ

強すぎる力は自分を痛めつける凶器にもなるんだ

でも

桜の努力次第で桜の豊かな世界を他の人と分かち合うことが出来る

それって素晴らしいことだと思わないかい?

だから大丈夫

きっとみんな、少なくともばあちゃんは

桜の世界を見てみたいと思っているよ

桜はそれができる子だと信じているよ


むせび泣く姿を嗤う人を

動揺することを咎める人を

恐れる必要はないんだ


感情の暴風雨にとらわれそうになっても

どうか自分であることを諦めないで」


久しぶりにばあちゃんの夢を見た。


あの声で「桜」と呼ばれた。


耳に入った何かががゴロゴロと音を立てている。


起き上がってこぼれたしずくに、自分が泣いていたことを知った。


「泣いたっていいよね、ばあちゃん……」


また視界がにじむ


悲しくて、嬉しくて、愛しい。


しばらく涙は止まらなかった。




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