第48話 71組の秘密①

―――「俺の超嗅覚は正直あんまり役に立たない。常人の四、五倍の嗅覚、嗅ぎたくない匂いまで感じ取っちまうからねぇ。例えば近くに糞が落ちてたらそれこそかなりの苦痛だよ。他の人より悶絶間違いなし」


「それは確かにちょっと嫌だね」


「だろぉ?その点みんなの能力の方が使い道がいっぱいあるからいいよなぁ」


その日は休日、外は雨が降っていてとても出掛ける気にはならなかったので、たまにはみんなでパーティーでもしようと涼平君の提案に乗って私達は寮の一室に集まっていた。

言い出しっぺが部屋を提供するのは当たり前でしょ?というまほろちゃんの言い分に押し切られて涼平君の部屋でパーティーを開く事になった。

ちなみに何のパーティーなのかというのは結局ここにいる誰もわからないが、こうしてみんなでいる事は楽しいのでそれは考えない事にした。


「まほろは魔力波動を正確に感知する能力だろ?それなら使い道あるし、しかも距離は半径10キロくらいで正確な位置まで割り出せるんだからすげーいいよな!」


「何言ってんのよ、全然良くないわ。オンオフのスイッチがないから常時オンなのよ?10キロ圏内で誰かが魔力を使う度に私はそれを感じてしまう。起きてる時も寝てる時も四六時中なの。まぁあんたに言ってもこの苦労はわからないだろうけど」


「いやでも俺の嗅覚よりはマシだろ。あまりに臭すぎたら失神する可能性もあるんだぞ?臭すぎて失神ってもはや爆笑もんだろ」


私達はそんな話をしながら同じ鍋をつつく。

買い物に行かなかったので、それぞれ自分の部屋から食料を集めてとりあえず鍋を作ろうということになった。

そして完成したキムチ鍋は、私が今まで食べてきた鍋の中でも群を抜いて美味しく感じられる。

多分こうしてみんなで一緒に食べるからより美味しく感じてるんだろう。


「僕の聴覚もあんまりいい事ないっすよ!」


「えー?茂明の能力はめっちゃいいだろ!俺その能力が一番欲しい!だってお前、色んな音聞き放題なんだろ?女の子の部屋から漏れる生活音とか、女の子達のあられもない会話とか、女の子の秘密を知れる訳じゃん!最高すぎんだろ!」


「あんたは一度死んだ方がいい。犯罪者になる前にここで死になさいよ」


「いやこれは夢なんだよ。男はみんなそんな夢を心のどこかで描いてるもんなんだよ。俺はただそれを口にしただけだ。なぁ神?お前もそう思ってんだろ?なぁなぁ?」


まほろちゃんの軽蔑の視線と脅迫めいた言葉にも動じない涼平君は男の中の男だとも言える。

涼平君に話を振られても涼し気な顔は全く変わらない神君は、アツアツの豆腐を上手く食べれずに苦戦中。


「神君ってもしかして猫舌?」


「·····いや、俺は熱い物を食べるのが少し下手なだけだ」


「それを猫舌って言うのよ」


まほろちゃんの正確なツッコミに私は思わず吹き出してしまった。

神君はそう指摘されても変わらずに豆腐に挑戦を続けている、その様子がなんだかすごく可愛く思えてしまう。

普段とのギャップにまさに萌え状態だ。


「俺の話は無視かよ!まぁいいや、それより茂明の能力のデメリットってなんだよ?」


「先輩達と一緒っすよ!オフに出来ないんで、聞きたくない会話とかが聞こえてきちゃうんすよ。人の悪口とか、自分への陰口なんかも聞こえちゃうっす」


「あーそれはヤダなぁ。めっちゃ悪口言われてたらブチギレちまいそーだし」


「そんなの私は立ち直れないかもしれないわね。その能力、私にあったら病んでたと思う」


「私もそれは耐えられそうにないな·····」


「余裕っす!慣れるっす!だんだん気にしなくなるっす!」


さすが茂明君と言うべきか、持ち前の明るさが彼自身の心を救っているのかもしれない。

いや、でも多分ここまで来る間に結構苦労したんだろう。

今はこうして明るく振舞ってはいるが、それこそ本当に病んで塞ぎ込んでた時期があったのかもしれない。

そういう点においては、うちのクラスが少人数なのは救いがある。

無駄な音を聞かなくて済むからだ。


「肉肉肉~!肉はミサがいただきますよぉ~!」


「おい上隠、もっと上品に食事をとれ。お前を見てるとこっちまで恥ずかしくなる」


「えへへ~?クルちゃんは細かすぎるんだよ~。小さい事を気にし過ぎると愛想つかされちゃうよ~?」


「ふん、言っておくがこれはマナーだ。常識は守る必要は無いが、マナーを守らない者はだだの愚か者であって、周囲の目も相応に冷ややかな·····て、聞いてるのか上隠!」


茂明君もいるのだからこの二人もいないわけが無い。

来栖君と会うのは正直少しだけ気まずいけれど、そんな事を言っていたら永遠に気まずいままなので乗り越える必要があった。

まだ先日の返事をしていないが、特に彼からの催促もなく普段通りの来栖君である。


そんな彼も今日はなんだか楽しそうに見える。

誘っても絶対来ないと思ったのだが、予想に反して彼はすぐにOKの反応を見せた。

例の無人島の時は焼魚を食べる事すら躊躇っていたのに。


「来栖は温度変化を視認出来る能力だけど、それ何か使い道あるのかぁ?」


「ふん、上平先輩には想像も出来ないと思うけれど、使い道は割と多い」


「そうなの?どういうとこで?」


来栖君は自分の事を語る事が好きなのだと私は見てわかるけど、本人はまだそれに気付いていないのではないか?

涼平君に質問されて、さりげなく口元が緩んでしまっている来栖君はのそれは多分無意識なのだろう。


「サーモグラフィー、僕の能力はまさにそれと同じ。しかも僕は切り替えられる。自分の意思で」


「サーモグラフィーか、んでそれがなんで役に立つんだよ?」


「人の体温の変化を見極められる。本人がわからなくても僕は熱を出してる人がわかる。もちろん人に限った事ではないし、熱い物も冷たい物も触らなくても見ればわかるんだ」


「で、それがなんか役に立つのかよ?」


「·····」


体調が悪い人を見極められるという点に於いてはとても有益な能力ではある。

医療関係などではとても重宝しそうな能力と言えるが、普段の生活ではどうなのだろう。


「火傷をしなくて済むだろうし、色んな所で使い道はありそうね。少なくとも涼平の嗅覚よりは」


「それ言われると弱いなぁ。実際その通りだし。あ、でも女の子のいい匂いをより強く嗅ぐ事が出来るってのはある意味いいとこだよな」


「涼平、お前の超嗅覚にもメリットは十分あるだろ」


アツアツの豆腐をゆっくりと征服し終えた神君が珍しく話に切り込んできた。


「女の子の匂いを嗅ぐ以外に?」


「あぁ」


「え〜?レストランとか屋台とかの美味そうな匂いを強く感じられるとこかな?」


「例えばガソリンの臭い、ガスの臭い、物が焼ける臭い、そんな異臭を人より敏感に感じられるなら事故や事件を未然に防げるかもしれない」


「あー確かに!つまり俺がヒーローになるかもって事か!」


「そうかもな、つまりようは使い方ってとこだろ。まほろも茂明も颯馬も、それの使い方次第じゃ英雄になるかもしれないって事だ」


神君の考え方に納得、手にした能力をどうせなら良い使い方で人助けが出来るならそれは素敵な事だ。

私にも何か能力が目覚めているならそれをみんなが笑顔になれるような使い方をしたいと思う。


「いいなぁ~!ミサも能力欲しいですぅ~!サイコキネシスがいいです~!」


「美沙羅、あんたにはもう最初から特別な能力があるじゃない。人には真似出来ないような特殊能力がね」


「え~!でもでも、サイコキネシスが欲しいですよ~!フォースの力みたいなの使いたいです~!」


そんな事を言いながら鍋の肉を頬張るミサちゃんはとても幸せそうな笑顔を見せる。

あの胸の大きさは肉の食べる量に比例しているのかもしれない。

ならば私も沢山食べなくては!


「ところで上隠、お前の魔術は治癒だが、あれは厳密には治癒って訳じゃないよな?」


さらに珍しい事に神君がミサちゃんに質問を投げかけている。

何でも知っているような雰囲気を持つ神君が誰かに質問する事自体激レアだ。


「あは、よくわかってますねぇ先輩は~!すごいすごーい!そうなんです~実はんじゃなくて事にしてるんですよ~」


「やはりそうだったか·····」


「えっと·····その、つまりミサちゃんの魔術って·····」


「時間干渉の魔術だ。禁忌と言える時間遡行魔術」


傷を癒すというのは、人間の自己治癒力を促進して修復を促すもので、言わば時間を加速させるものを指す。

しかし今聞いた話によると、ミサちゃんは時間を巻き戻して怪我をする前の状態にする事が出来るという訳だ。


つまりただの治癒では治療が不可能な、腕や足の欠損、人間以外の物の破損をも巻き戻すことによって元の状態へ戻す事が出来るという事になる。

そうなるとミサちゃんの能力は次元が違いすぎるというのがようやく私にも理解出来た。

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