雨の来訪者
第47話 リベレーションゲーム①
―――「例の生徒会長、天知時雨の事、覚えてるだろ?」
「逆に覚えてないとでも思ってるんですか?先輩は私の事甘く見過ぎです!バカにし過ぎです!彼氏が出来ないからと言って記憶力がない訳ではありませんからね!」
「いやいや全然バカにしてないよ。むしろあの二人を捕まえたのはお前の手柄だしな。でもお前抜けてるとこあるから一応念の為聞いておこうと思って」
「やっぱりバカにしてるじゃないですか!私これでも記憶力いいんですけど!」
その日もその交番は朝から賑わっている。
といっても珠奈と龍馬のもはや恒例行事と化している掛け合いが繰り広げられているだけだ。
「まぁそれは置いといて、話を元に戻すぞ?天知時雨の部屋から興味深いものが見つかった」
龍馬はわざとらしく核心を突かずに珠奈の好奇心を煽る。
「興味深い物ですか~?随分もったいぶりますね?」
珠奈は誘導されている事にも気付かず、簡単に龍馬の話に食いついていた。
そんなに簡単に転がせてしまう自分の部下に苦笑し、それが珠奈の短所であり長所でもある事を龍馬はよく理解している。
「これを見ろ。天知時雨の部屋から押収された物だ」
龍馬が机の上に出した二枚の写真からは、押収された物品が透明のビニール袋に入れられているのがわかる。
そしてその写真には錠剤のようなものが三つほど写っていた。
「うーん、これは·····ビタミン剤じゃないですよね?」
「もちろん違う。わかってるだろうがこれはドラッグだ」
「という事は天知時雨は薬物中毒者だったって事ですか?それとももしかして売人だったり?」
「さぁ、それはこれから天知時雨と遠見秀一の取り調べでわかるだろうな。俺たちのような魔術課の管轄じゃない。どちらにせよ天知時雨が薬物と関わっていたという証拠はあるわけだし、言い逃れは出来ないだろ」
「そうなんですねぇ。でもまさかこの八目島の学生が薬物を持っているとは意外ですね。しかも生徒会長だった人物っていうのがポイント高いです」
そこまで食いついた後、急激に興味を失った珠奈は小さな溜め息を吐いて机に突っ伏した。
「·····でもそんなの私達にはどうでもよくないですか?あ、別に麻薬が出回ってるのがどうでもいいって言ってる訳ではなくて、そういうのは麻薬捜査部の仕事ですよね?」
「そうだな」
「じゃあ私達の出番はない訳で。先輩はなんでそんなに興味持ったんですか?一応聞いておきます」
完全に興味を失った珠奈はもはや惰性で話を聞く体勢で、多分この後も興味を持つ事はないだろうと思っていた。
だが彼女が体を起き上がらせるのにさほど時間はかからなかった。
「この麻薬がリベレーションだったからだ」
リベレーションという言葉をもちろん珠奈は知っている。
知らないはずがない、警察じゃない人間だとしても聞いた事がある名前だ。
「リベレーションですか·····それはなかなか笑い事じゃ済まされないやつですね·····」
麻薬には種類があり、その成分によっては効果も持続時間も依存度も大きく異なる。
覚せい剤、大麻、LSD、どれも危険薬物であるが、10年前まではその中でもヘロインが最も危険なドラッグとされていた。
だが10年前、リベレーションの登場によりそのランキングの1位が塗り替えられた。
強い依存度、強力な効果、長い持続時間を持ち、過剰摂取による死亡事故、重度の精神疾患を引き起こす場合もある。
現在、存在する最も凶悪な薬物となっている。
「知っての通りこのリベは凶悪な代物だ。使用中は口では言い表せない程の想像を絶する開放感と幸福感でいっぱいになると聞く。効果が切れた後はその反動が一気に返ってくるんだから、まぁ精神がおかしくなっても仕方ないだろうな」
「私も聞いた事ありますよ、そのすごさは一回やってみないとわからないって。なんでも子供の頃のように戻れるらしいですよ。世界が無限大のように見えていた子供の頃、全ての色彩が輝いてキラキラして、なんでも出来るような力をくれる·····らしいです」
「だから名前は
そのリベレーションがこの島に入ってきているという事に珠奈は一抹の不安を覚えた。
「リベなんですか?見つかったドラッグは?」
「そう、リベだ。イミではなくリベ。興味湧いてきたか?」
「そうですねぇ、そうなってくると私達も傍観してられませんね」
リベレーションと同じ効果を持つ、劣化版のイミテーションと呼ばれる薬物が存在する。
効果も持続時間も大きく劣るが、その分安値で取引されている。
闇社会に広がっているほとんどはこのイミテーションの方である。
「一般生徒がリベを手に入れるなんて簡単な事じゃない。そもそもリベはモルヒネのような薬学研究から生まれた訳じゃないし、誰がいつどこで作り出したのかもわかってない。10年前に突然現れて一気に広まった謎のドラッグだ。
「メサイア、反政府組織ですか。都市伝説の多さは異常ですよね」
「メサイアはこの10年著しい成長を見せている。その資金源がリベレーションなんじゃないかと睨んでるわけだ」
「ってことはリベはメサイアが作ったって事ですか?」
「可能性の一つって話だよ。本当のところはどうかわからんからなぁ。もしかしたらどっかの大学の研究室辺りで学生が奇跡を起こしただけかもな」
「そんなんだったら奇跡というか事件です!世紀の大事件です!」
「そう、大事件だ。イミテーションならどこから入ってきてもおかしくはないが、よりによって入手の難しいリベレーションの方だからな。それが金儲けには向かない学生の手に渡っているというのは、お前はどう思う?」
そう問われて珠奈はいよいよ立ち上がる。
そして腕を組み交番内をウロウロと歩き始めた。
「イミなら学生に売っても多少お金にはなりそうですが、リベは学生に売って徐々に値段を釣り上げても売上的に効率的じゃないですよね?だとすると何か他に理由がある·····って事になる」
「ならリベが学生に渡って得する奴がいるはずだ。そうなった時、得する奴は誰だ?」
「得をする人·····。お金以外の利益を生む可能性·····。うーん·····」
唸り声を上げながら忙しなく歩き続ける珠奈だが、約30秒続けた挙句に頭を抱え始めた。
「ダメだ、全然わからない」
「ま、あくまでこれは懸念だ。学生に渡ったといっても天知時雨以外にリベの所持で誰かが捕まってるわけじゃない。たまたま天知が金持ちだったから狙われただけで、俺の考え過ぎかもしれない。だがもしかしたら水面下で何かが蠢いているかもしれないって話だ」
女の勘は鋭いとよく言うが、この交番内に於いては龍馬の警察官としての勘はそれに近い。
もちろんそれは珠奈もよく理解している。
天知時雨の件に関しても、最初にその違和感を覚えたのは龍馬だった。
実際それが見事に的中し犯人逮捕へと繋がっている。
「·····となると、私に出来るのは·····麻薬捜査官の真似事ですかね」
「おー、いいねそれ。楽しそうじゃん」
「でも経験ないので何をどうすればいいのかって感じですが」
「ま、適当にやればいいだろ。そこまで切羽詰ってる話でもないし、あくまで憶測だからな」
「わかってますよ。でも私はいつだって100%で挑むタイプですので!」
「相変わらずイノシシみたいな奴だな。たまには下がって視野を広げた方がいい。見えなかったものが見えてくるかもしれないぞ」
「私は冷静です。そして視野も広いです。負けませんよ先輩!」
「別に勝負してないが」
餌を前にした犬のように、その目にはやる気が漲っている。
部下のやる気を引き出し、龍馬はもはや恒例行事かのように立ち上がると真剣な面持ちで珠奈の前に立つ。
「では珠奈、これから本件に対しての捜査を始めてくれ」
「公安特区特務魔術課所属、宇佐美珠奈、この件に関しての調査を開始します!なおこれより本件を『リベレーションゲーム』と呼称します!」
「まるで映画のタイトルみたいだな」
「へへ、カッコよくないですか!?ちょっとこれいいんじゃないですか!?映画化しそうじゃないですか!?」
「まぁ名前は好きにしろよ。ただしこれは俺達が勝手に捜査するだけだからな。周りの人間には口外するなよ?」
「了解です!」
満足気な爽やかな笑顔を見せた珠奈。
その顔を見た龍馬も思わず笑みをこぼす。
「さて、何すればいいんでしたっけ?」
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