第46話 夢のない世界

その日の夜、私は部屋で考え事をしていた。

一人になるといつだって私は何かを考えてしまうので別にそれは普段通りといえばそうなのだが、今回はいつもより浮ついている自分がいる。


それは数時間前のあの告白の余韻が残っているからだ。

私は今まで異性から告白された事など、悲しい事に一度もなかった。

それがまさかあのタイミングで、唐突に、覚悟をする余裕すらもなく自身に降りかかるものだから混乱するのも仕方ないのかもしれない。


今、自分の頭の中を駆け巡るのは来栖君の事と、私が好きになってしまった神君が半々といったところ。

なんて幸せな悩みなのだろうかとわかっているのだけど、こんな事は初めてなので悶々とした気持ちは治まりそうにない。


来栖君の告白を受ければ私たちは晴れてカップルになるのだが、私は来栖君に対して今まで恋愛感情を抱いていなかった。

これから来栖君の事を好きになるのかもしれないけれど、そんな気持ちで付き合うというのも相手に失礼なのではないか。

それとも来栖君の告白を断って神君を追いかける方がいいのだろうか。

私が神君を追いかけても彼が私の想いに応えてくれるかはわからない。

というよりもあまり自信はない。


「あーどうする私ー!どうする私ー!」


ベッドの上で枕を抱き抱えたまま転がっていた私の耳に、ふいにインターホンの音が飛び込んできた。

こんな時間に、と言ってもまだ夜の九時だが、私に用がある人なんているのかと少し警戒をしていたが、インターホンの画面に映った姿にそれは杞憂に終わる。


「グッドイーブニン、せんぱーい」


「ちょっと美沙羅、騒ぎすぎよ」


同級生の女子二人の元気そうな姿を見て、私も思わず口元を緩めてしまった。

インターホン越しに話すのもどうかと思った私はすぐにドアを開ける。


「どうしたの二人とも?」


「えへへー、先輩たちと女子会しに来ましたよぉ」


「女子会?」


「美沙羅がどうしてもって言って聞かないのよ。まぁ少し付き合ってあげて」


「あぁうん、別に暇だからいいよ私は」


一人でいてもベッドの上でゴロゴロと考えを巡らせるだけなので、誰かといた方が気が紛れて私も助かる。


「じゃあ、入る?」


「お邪魔しまーす!」


ミサちゃんが少し食い気味に言葉を被せてきたところから見ても、ウチにお邪魔する気満々だったのだろう。

別に見られて困るような物もないし比較的片付いているので、突然の来客にも私は動揺したりしない。


「那月先輩のお部屋初めて入ったぁ!」


「え、そんなに喜ぶ事でもないと思うけど」


「えへへ、何か隠してあるかなぁ?見られちゃいけないような本とかあるかなぁ?」


「美沙羅、ここは男子生徒の部屋じゃないのよ」


「でもでも~わかんないじゃないですか~?もしかしたらすごいお宝発見出来るかもしれないですよぉ~?」


「ミサちゃん、残念ながらそういうのないから」


「うーん、それは残念」


よく見ると二人ともパジャマ姿である。

まほろちゃんは上下共に紫で統一され、上質そうな生地でスベスベだ。

しかも少しサイズが大きいので、袖から僅かに指が出るくらいの一番カワイイ着こなし。

彼氏の服着てます、みたいな感じが堪らない。


ミサちゃんは全身牛柄で、フードにはツノまでついている。

ミサちゃんのルックスと性格から見ても似合わない訳がない。

案の定その可愛さときたらレッドカード級といえよう。


二人から比べると自分のパジャマの味気無さが恥ずかしく感じる。

これが女子力というやつなのかと痛感させられた。


とりあえず私はみんなの分のお茶を入れて買っておいたお菓子をテーブルに置く。

この辺りは女子力あるんじゃないだろうか。


「女子会だなんて、急にどうしたの?」


「ほら、今日の放課後、アレあったじゃない?」


まほろちゃんの言うアレとはつまり来栖君の告白を意味している。


「美沙羅は寝てて知らなかったみたいなんだけど、誰かから聞いたらしくいてもたってもいられなくなったみたいよ?」


「あー、そういえばミサちゃんそういう話意外と好きだったよね·····」


ゴールデンウィークの温泉でそういう会話になった時も、ミサちゃんは随分盛りあがっていたっけ。


「那月先輩ー!クルちゃんに告られたんでしょ~?どうなんですかぁ?やっぱり年下は興味ないですかぁ?」


「うーん、年齢はあんまり関係ないと思う。私は気にした事ないから」


「て事はつまりつまり、クルちゃんもありって事ですか~?」


「ありとかなしとかは、ちょっとまだよくわからないんだ。私、来栖君を意識した事なんてなかったから」


「ふーん、そうなんだ。まぁ確かに来栖って変な奴だからね。プライド高いし協調性ないし、いつも周りを見下してるとこあるし」


酷い言われようだが、確かに事実なので擁護出来ない。


「クルちゃんの彼氏になると大変かもしれないですねぇ。でもでもきっと多分優しいと思うなぁミサ的には」


「あー、それはなんかありそうな気がするわね。気を許した人にだけはやけに優しかったりしそうなタイプね、あーいうのは」


「一途っていうのかな、なんかそんな感じに見えるかな」


「一途っていうと褒めすぎじゃない?融通がきかないって方がしっくりくるわ」


「クルちゃんってすごい有名な名家の跡取りみたいですよぉ~!タッマノコシッ!」


「それは初耳だわ。お金持ちか、それなら来栖も悪くなさそうね」


「残念ながら私はお金で動くような人間じゃないよ。来栖君がお金持ちでもそうじゃなくてもそこは関係ない」


そりゃないよりはあった方がいいが、お金よりも愛を信じていたいと思う私は夢見がちなのだろうか。


「それは私も同意、恋愛はお金ではない。買えないからこそ価値があるし、本気で好きな人なら貧しくても幸せだと思う」


「ロマンチックですねぇ~!ミサもその意見に同意ですぅ~!」


大人からしてみたらきっと世間を知らない夢見がちな子供だと一笑されるかもしれないが、私はそんな夢を見ていたいと思う。

お金だけだなんて、それでは寂しすぎる。


「ちゃんとした恋愛をして、相手の事を好きになって、それで一緒にいたいって思える人と結婚して、それが私の中の夢の一つかなぁ」


「那月は結構現実的なのね。私はちょっと憧れたりするけどね、セレブな生活とか。ま、それは夢ってほどでもないか。どんなものか経験してみたいっていう好奇心って感じかな」


「ほへ~、先輩達色々考えてるんですねぇ~」


「ミサちゃんはないの?理想とか、夢とかさ」


決して意地悪ではない。

私は単純に流れで話を振っただけで、ミサちゃんをからかうつもりなんてなかった。

でもそれは私には普通の会話でも、人によってはあまり触れられたくない事もある。

私がそれに気付いたのはミサちゃんの反応を見た後だった。


「へへ、ミサはそういうの考えない事にしてるんだ。夢は叶いそうもないから」


ミサちゃんの苦笑いが胸を突く。

触れてはいけない場所に触れたというのはわかったが、どういう事なのか理由が私にはわからなかった。


「·····それよりも今は那月と来栖との話よ。これからどうする気なの?」


まほろちゃんは何かに勘づいてる様子で、無理矢理話を元の位置へと戻した。

さすがに私も追求出来ないので先程の話を打ち消すようにわざと大きく反応してみせる。


「その話はもういいってー!まだわからないもん!」


「ダメよ那月。来栖はいつまでもストーカーみたいについてくるような奴だから、断る時は突き放さなきゃダメ」


「あは、クルちゃんストーカー!」


そのまま他愛ない話を二時間ほど続け、少しずつ睡魔が襲ってきた頃に初めての女子会は解散となった。


「おやすみなさいぃ~」


「おやすみミサちゃん、明日も遅刻しないようにね」


大きな欠伸をしながら大きく手を振って自分の部屋へと戻っていったミサちゃんを見送った後、まほろちゃんは少し悲しげに遠くを見つめた。


「·····美沙羅はね、ああ見えてちゃんとわかってるのよ。自分の運命を」


「運命·····?」


外ではまた雨が降り始めていた。

雨粒が建物を叩き音を奏でる。


「あの子の持つ魔術は治癒能力。それは世界中を見てもごく稀な能力でね、とても貴重なの」


「うん·····それは知ってるけど·····」


遠雷が響く。

その音が空気を震わせて私の体を伝う。


「つまり美沙羅は世界中から注目され、そして利用される運命にある」


「え·····」


「学校を卒業しても美沙羅に自由はない。だからあの子は夢を見ない。いえ、見てはいけないと理解している。叶わないと知っているから」


雨が一層強くなった。

もうすぐ天気は荒れてくるだろう。

まるでそれは今の私の心模様のようでもあった。


「そんな·····」


「多分ね、あの子はここにいられる時間が楽しいんだと思う。だからいつも楽しそうに笑ってるし、弱音を吐いたりもしないでしょ?みんなといる時間は楽しい思い出にしたいんだと思うわ」


それが運命だというのか。

それを運命だと受け入れていいのか。

自分の人生を自由に生きられないなんて。


私は何も知らなかった。

自分の事ばかり考えていて周りの人達がどんな悩みを抱え、どんなものを背負っているのかなんて知りもしない。


「だから那月、美沙羅の事も理解してあげて。せめてあの子には71組にいた事を最高の思い出にしてあげたいと私は思う」


「うん·····」


順調にいけば、ミサちゃんがこの学校にいられるのもあと二年半。

長い人生から見るとそれはとても短い時間なのだろう。

私がいるのはあと一年半。

どうせならそれが人生最高の思い出となって欲しい。


私に何が出来るのかわからないが、私に出来る事は出来る限りやろう。


間違いなくその日、ミサちゃんに対する見方が変わった。

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